第5話『仕合 ~戦士よ武器を取れ~』中編


   *


「本当に、ありがとうございます! もう少しで、天国で家族と再会するところでした!」


 髭面の男は満面の笑顔で、感謝の念を述べた。


「ここっていつもあんな感じなんですか? コナンさん大怪我してたのに」


「そりゃまあ仕方ないですよ、誰もが自分の身が一番かわいいんだ。オレだってそうですから」


 薬草を腹の傷口に当てて布でぐるぐる巻きにされたコナンと呼ばれた壮年の戦士は寝台の上で自嘲する。


 ここはロメールの街の中にある宿屋のコナンが泊まっていた部屋だった。


 コナンの全身は傷だらけで、筋骨隆々な肉体は老いてもなお頑健に見えた。


「そういえばコナンさんはどうしてここに?」


「オレはかつてブレイブ王国で勇者と言われた人間でした。大昔……たしか20年前でしたか。ガーニッシュ大陸を支配していたエリーザの前の魔武衆を倒して、たんまりと褒章を王からいただいて当時恋人だった妻と故郷に帰ってそこで、子宝にも恵まれて――」


 しかし、その生活は長く続かなかったという。


 数年後に、エリーザが魔王軍の手先としてグランギアを手中に収めると、すぐさまその手の者がコナンの下へと遣わされたという。

 

「私がちょうど麓の町へ行ってる時でした。たくさんのドラゴンが村を襲って、何も残らなかった」


 妻子を失ったコナンはかつての装備を手に魔物達に立ち向かったが、力及ばず敗走した。


 その後再起を図ってあちこちを放浪する生活を続けていたという。


「そこで、魔武衆に匹敵するしうる武具と来た……そりゃ乗っかりますよ。この大陸の魔武衆を倒したのはかつてのオレなんですから、後始末は手前がしないと……いけませんから」


「コナン、さん……」


 バレンティナは、唇を強くかむ。眼には、涙が少し滲んでいた。


 言葉を続けるコナンの眼には強い責任感と、怨嗟の感情が織り交ぜになっていた。


 だが、その身体の傷は重かった。


 単なる傷ならば治癒魔法を重ね掛けすれば塞ぐことはできるが、どうやら彼を襲撃したものの中に、毒が仕込まれた武器を使った者がいたらしい。


 コナンの腹の傷と中の内臓は毒によってただれ、彼は酷い高熱と激痛に襲われていた。


 こうやって、普通に言葉を交わすのも本来ならばきついはずだ。


 でも、コナンは何とか意識を保ちながら枕元に立つバレンティナとその後ろで俯くヴァーブルと自分自身のことを伝えようとしていた。それくらい、彼は自分の境遇を知ってほしかったのだろう。


「そうだ、そっちの戦士さん」


「……俺かい?」


 ヴァーブルは自分に声をかけられたことに驚きながらコナンの顔色を窺う。コナンは頷いて肯定しながら話しかける。


「どうにも体の調子が悪くって、どうやらオレは大会に出れなさそうなんだけど、君が出てくれないかい?」


「え? いや、それは実際どうなんだ? 大体アレは本当に銀の武装、なのか?」


 ほらっ鉄仮面もあるし、大丈夫だよとおどけるコナンにヴァーブルは戸惑ったように視線をあっちこっちに彷徨わせる。


 あの広場の騒ぎがあって、バレンティナもヴァーブルも大会へのエントリーをすることができず、どうやって商品となっている銀の武装を確かめるか検討はしていたものの、まさか参加できると思っていなかった。


「幸運だね、ヴァーブル。それにしっかりと実力を見せればアンタについていくって戦士も出るんじゃないかな」


 確かに、目的としてはグランギアへの対抗意思を持つ戦士を参集することもあったが、ヴァーブルには一抹の不安があった。


「だが、俺には武器が無いのだが? そういえばバレンティナ、手甲は?」


 ヴァーブルは、バレンティナの体の銀の鎧を指差すジェスチャーをすると、バレンティナは得心いったように頷く。


 そう、今バレンティナは銀の武装を二つ持っていた。アムルゲート本体である脳と、ライオネルスから手に入れた爪。ライオネルスはそれを手を覆う爪付き手甲として使っていた。


「……ねえアムルゲート? 手甲をヴァーブルに貸す?」


 心の中でバレンティナはアムルゲートに問いかける。


『それは断固拒否する。景品とされてる銀の武装の真贋については、我は9割方贋作だと見ている。そのために我が右腕ともいえる手甲を出すなど言語道断だ』


「まあ、そうだよね。それはアンタの体なわけだし」


 バレンティナは両手を肩のあたりで開くと首を左右に振る。


「……そうだ、それならオレのを使えば。その袋の中のは自由に使っていいですよ」

 

 コナンは寝台の横に置かれたボロボロの皮の袋を指し示す。

 

 ヴァーブルがその中を見ると穴がいくつも空いた金属片のようなものが二つ出てくる。


「これはなんだ?」


「大分マニアックな武器だが、武道大会では人死ににはならないから運営の方からは割と好評なんだ。これは、こうやって、こう……使う」


 ヴァーブルの手からそれを取ると、コナンは親指以外の指を通して強く拳を作り、それを目の前で軽く叩くような動作をする。


『そうか、ナックルダスター……所謂メリケンというものか』


「なるほどな……わかった。これならそう簡単には壊れないだろうな」


 ニヤリと笑いながら、コナンからそれを受け取ると懐にしまった。

 

 そのまま枕元に置かれたフルフェイスの鉄仮面を脇に抱えると部屋を出ていき、バレンティナもコナンに一度お辞儀をするとそのあとをついていった。


「それにしても立派になったもんだなヴァーブル様は……こりゃあ、そろそろ巻き返す時って奴かねえ……」


 穏やかな表情でコナンは目を閉じた。


 銀の武装アムルゲート争奪トーナメントの開催は目前まで迫っていた。



   *


「それじゃあ、頑張って。アンタが勝ち上がるのが一番だけど、アタシ達も別口で景品の銀の武装について調べておくから」


『真贋いずれでも、銀の武装についてこう高らかに宣伝するのもおかしい話だ。周辺も確認しておかねばならん。もしかすれば、魔武衆の手の者がこの街に潜んでいるやもしれん』


「じゃあそういう細かいのはバレンティナに任せるぜ。俺は勝ち進んでそれに近づくだけだ」


 フルフェイスマスクを被ったヴァーブルは、面に空いた穴からで周囲に注意を払いながら応える。

 

 彼らがいるのは闘技場内にある大きな控え部屋で、周囲はむわっとした熱気と鼻を突く汗のにおいが充満していた。

 

 ヴァーブルはいつもより狭い視野に戸惑いながら、戦いに向けて精神を高めている。


 一方でバレンティナとアムルゲートは、銀の武装と言われている景品そのものと、この大会を企画した人物等を調べようとしていた。


「コナン・ウロボロス様、そろそろ出番です!」


 一枚布を纏ったのっぽの男の甲高い声が控室に響く。

 

 応、とヴァーブルは答えると周りの参加者たちの怒号や煽るような口笛を背に受けながら控え部屋から暗い通路を進んでいく。


 その先の光に飛び込むと、四方から地を揺るがすような歓声が響き渡る。


 ざらざらとした砂がまかれた闘技場の固い地面がヴァーブルの前方に広がる。


 先の方には、左半身に無数のタトゥーを入れた腰巻きだけの半裸の男が立っている。


「勇者コナン、あれほどの傷を負いながらこうして戻ってくるとはな……それともあの銀の武装欲しさに替え玉を用意したとか?」


「御託はいい。戦えばわかることだ」


 ヴァーブルは相手の言葉を意に介することもせず、両手にナックスダスターをはめる。


 男は自分の問いを無碍にされたことに苛立ちを露わにしながら手に持った金属製の棍棒を頭上に掲げる。


『両者戦闘意思を確認! では、決闘開始!!』


 大きな銅鑼の音が響いたのを合図に、戦士達は雄たけびを上げながら駆け出していった。


「そりゃああああ!」


 棍棒を肩の後ろまで振りかぶりながら、男は大股でヴァーブルに向かって突進してきた。


 それはあまりに直線的で、あまりに隙だらけだった。


 ヴァーブルは右の拳に力を込めると、無防備に晒された男の鳩尾目掛けて流星の如く速さで拳を叩き込んだ。


「ぼぇえ!?」


 拳は寸分たがわず男を捉えた。


 男は口の端から唾を散らしながら後方に吹っ飛んで地面にあおむけに倒れた。


 そのまま目を剥いたまま彼は気を失った。


『しょ……勝者は勇者コナン!!』


 あまりに早い決着に闘技場内は一瞬しんと静まり返ったが、すぐに大きな歓声が巻き起こった。


 ヴァーブルは、響く歓声を受けながら戦いの場を見下ろす観客席を見まわしていると、何やら視線を感じた。


 それは最前列の特等席と思われる場所で座席にふんぞり返った黒いローブを頭から被った人物で、それはヴァーブルの方をじっと見つめていた。


 背筋にぞくり、と冷たいものが走るのを感じながら、ヴァーブルは闘技場を後にした。


   *


 ヴァーブルが闘技場へと向かう背中を見送ると、バレンティナはすぐに部屋を飛び出した。


 バレンティナは少しふらふらと闘技場の中を歩き回り、フロアの端に細い通路を見つけると、そこを進んでいく。


『バレンティナ、どこに行こうとしているんだ?』


「ごめん、実は何にも考えてない! 単にあの空間が蕁麻疹でそうなくらいイヤだっただけ! それに人の眼がつくところにあんまりいたくないし」


 これまで訪れた街の多くで、バレンティナの手配書は出回っていた。


 ロメールは秩序のないならず者たちの吹き溜まりとはいえ、その情報が届いていないとも限らなかった。


『そ、そうか……ならばどうするか』


 バレンティナはその場で立ち止まって、前後の突き当りに見える灯りを見比べながら顎に手を添える。


 通路はバレンティナがようやく通れるほどの幅しかなく、壁は無機質な鋼鉄で冷たかった。


「そうだ、この大会の運営の事務室がどこかにあるよね? さっきそれにコナンさんを襲った人を呼んでた!」


『じゃあそこにまず探りを入れてみるか……おいバレンティナ、何かが来るぞ。これは……人間ではないな』


「え? どうしてここに魔物が」


 言葉は最後まで続かなかった。通路の先に、黒い影が差し込んだからだ。


 ゆっくりと揺れながら、それはバレンティナの眼前に現れる。


「あ、ああああ……」


 それは、白濁した眼から涙を流す大柄な男だ。


 低く唸って、足を引きずりながらバレンティナへと近づく。


 身体が揺れるたびに、糸を引きながら肌がボロボロと崩れていく。


 バレンティナはその男に見覚えがあった。


「あれは、コナンさんを襲った奴だ。にしてもどうしたっていうのこれ……」


『気をつけろ、見た目は人間だが気配は魔物そのものだ!』


 それは、広場でコナンを助けようとするバレンティナを糾弾した戦士達の内の一人だった。


 しかし、今はその姿はどう見ても普通でなかった。バレンティナにははっきり認識できなかったが、気配もすでに人でなく魔物であるようだった。


「なんだかわからないけど戦わないと!」


 片刃の剣を腰の鞘から抜くと、正眼に構える。


 バレンティナの敵意に応えるように、男の白く濁った眼が怪しげな光を放ったかと思うと、胴体が通路いっぱいに肥大化する。


「ゲ、ゲルルルルルルルル……!」


 肥大化した胴体からやかましく幾重にも重なった鳴き声が漏れ聞こえたかと思うと、不意に胴体は炸裂し、肉片をばらまいた。


「きゃっ! 何がどうなってるの?」 


 大小さまざまな肉片がバレンティナの体を掠り、体液が一帯に飛び散り酷い悪臭が漂う。


『そうか、これはとんだ食わせ者みたいだな』


 男が立っていた場所にはとても大きな二足歩行の赤い体色の蛙が立っていた。その体躯は通路が完全にふさがるほど大きく、口からは、バレンティナの腕よりも太い舌がだらりと垂れ下がっていた。


 その足元には戦士の膝から下が無造作に落ちていた。


「蛙の魔物!? しかも人間の体の中からって」


「ゲルルルルル!」


『フロッグイーターか……バレンティナ、来るぞ!』


 フロッグイーターと呼ばれたその大蛙は舌を槍のようにバレンティナ目掛けて勢いよく伸ばした。


 赤黒い線がバレンティナの胸めがけて飛んでくる。


「わかってる!」


 バレンティナは身をかがめてそれを避けると、伸び切った舌目掛けて剣を切り上げる。

 しかし、それは舌の表面の粘膜のような何かによって、弾かれてしまう。


「何ですって!?」


 バレンティナはベタベタとした粘液がこびりついた刀身を見て狼狽する。


『銀の武装の力、ここで使わなくては! 我が右腕の力よ、剣に宿れ!』


 鎧が輝いたかと思うと、剣に輝きの内の一部が移り、刀身はより大きくなり、きらりと鋭い光を放った。


「これは、銀の武装の力……」


『そうだバレンティナ、ライオネルスが使っていた爪の力をその剣に宿らせた! これでもう一度試してみろ』


 その間に蛙は更にバレンティナに接近しながら舌を口元まで戻すと、再び舌を射出する。

 

 狙うはバレンティナの心臓だ。


 バレンティナはそれをまっすぐ見据えると、真正面から舌目掛けて剣を振り下ろす。


「うおおおおおおお!!」


 剣は、勢いのついた舌を真ん中から真っ二つに切断していく。


 切断面から透明の体液が噴き出す。


「ゲギャー!」


 フロッグイーターは痛みに悶えるが、勢いよく射出した舌をすぐに戻すことができない。


 結果、その大半はバレンティナによって完全に切断された。


 フロッグイーターは、全身を痙攣させながら床に溶けていった。


「一体何だったんだか……アムルゲートは今のが誰の部下とかって心当たりある?」


 フロッグイーターがいた場所をつま先でつつきながら、バレンティナは剣を鞘に収める。


『どうだろうなあ……爬虫類と昆虫類に関してはエリーザの領分なんだが、蛙などの水生動物はバリュージャの管轄だ。だがバリュージャは既に倒されているのだ、ヴァーブルに』


 そうだ。バレンティナが会う前に、ヴァーブルは既に二体の魔武衆を倒していた。


 それが牢獄左官ドグマリスと牛鬼騎兵バリュージャ。


「ねえ、もしかしてたらさ」


『なんだ?』


「アタシ達、まんまと敵に釣られちゃったって可能性はないかな?」


 彼女の前後には幾人もの人影が現れて、その身体が四散する。


『ゲルルルルルルルルルルルル!!』


 輪唱と共に無数のフロッグイーターが現れて、バレンティナ目掛けて襲い来る。


 このままじゃバレンティナの力ではどうしようもない。


「アムルゲート! 少し大きさは調整して……行くよ」


『承知した! 行くぞバレンティナ』


勇者よ、我を身に纏えアムルゲーション!!』

魔王よ、我が鎧となれアムルゲーション!!」


 銀色の戦士は両手を剣と巨大な爪に変じさせると、フロッグイーターとの交戦を開始した。


 その様子表の通路から窺う人影が一つ――。


 それは、ポルトギーゼでバレンティナの前に現れた長い獣耳を持つ三つ編みの筋肉質な女性だった。


「フフ―ン……そうか、頭がやられても末端はあれこれするわけだ。まあいいや、まだ私が手を出す段階じゃない」


 女は踵を返すと、そのまま立ち去った。

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