22.白き獣の少女は夢を見る

 目の前の光景を受け入れられず、私はただ項垂れて泣いていた。温かさが失われるムクの手。笑っているのに虚ろな目。もう二度とその声を聴くことが出来ない現実に、私はまた潰されそうになっていた。

 また、失った。最初はお母さんだった。私にとってとても大切で、どんなに貧しくてもずっと一緒にいたかったのに、お母さんは死んでしまった。

 今度こそ失わないと。私は幸せになるんだと、そう願っていたのに、こんな現実って……ない。信じたくない。見たくない。これは私が願った未来じゃない。


 でも、いくら目をそらそうとも、現実は変わらなかった。


「はは、ははははは、違う、違うんだよ。これは夢、きっと夢なんだ。だから目を覚ませば、またムクが……」


 持っていたナイフを握りしめ、私は喉元に突き付けた。きっと夢だから。私もいなくなれば目を覚ます。

 握ったナイフで自分の喉元を切りつけようとしたが、腕をガシッと掴まれてしまう。

 いったい誰、私の邪魔をするのは誰?

 そう思いながら視線を向けると、そこには教官がいた。


「はははは、だいぶ壊れてやがる。いいねいいね。この壊れた状態を脱出できれば、いい戦士になれる」


「やだ、離して。これは、夢なんだから」


「おいおい、いい加減現実を見ろよ。ほら」


 教官は私の頭を掴み、ムクの顔に近づけた。


「よく見ろ、こいつの死に顔を。お前がやったんだ、お前が殺したんだ」


 目に涙が浮かんだ。現実を無理やり見せられて、心がつぶれそうになった。

 そこから私は何が何だか分からなくなった。そしてすべてがどうでもよくなっていた。




 最終試験は、ムクを殺して無事に合格した。それが正しいことだと、私は思えなかった。ムクは大切な、お母さんがいなくなった私にとって唯一の拠り所。本当の家族のようにも思っていた。

 そんなムクを、自分の手で汚したことを、強く後悔し、もう死にたいとすら思っていたのに、ドクターや教官がそれを許してくれない。幸せになれないなら、もうこんな場所にいたくない。


「では、早速始めようか」


 用意されたのは、白く美しい、でも既に朽ち果てて干からびているような、獣の死体だった。アレがきっと、白獣の聖遺物という奴なんだろう。私にとってはどうでもいいことだ。


 研究員の一人が、私の腕に注射を刺した。すると、瞼が重くなった。重くなった瞼に耐えられず、私はそのまま眠りに着いた。




 夢を見た。真っ白な獣が出てくる夢。その獣はまっすぐ私を見ていた。あの白い獣は、さっき見た、アレだろう。

 獣はまっすぐ私を見ていた気がした。この獣を凄く近くで感じた。


 神に産み落とされ、よく分からず世界を漂う神獣の一体、それがこの白き獣だった。何もせず、ずっと何をするべきか考え、迷っていた。そんな恐るべき力を持った獣に、手を差し伸べた人間がいた。


 きっと、これは白き獣の過去の思い出。私の中に入ってくるときに、想いまで流れ込んでいるようだ。


 白き獣の想いは、人とある意味で変わらない。私と一緒。大切ができて、ずっと一緒にいたいと願った。始めて誰かと繋がりを持った。大切な誰かができた。ずっとそばにいたいと思っていた。


 ある意味で、私がお母さんやムクに抱いた気持ちと一緒。だから強く共感できる。もしかしたら、私とこの白き獣は似ているのかもしれない。だから、適合することができた。


 本当に、よく似ている。大切にしたい、一生守ってやりたい、そう思っていたはずなのに、非道な人によってその大切を奪われた。とても平和な国だった。別に特別問題があるわけでもない。一人の、金色をまとった人間が、唐突に、謀反を起こした。しかも、理由は、自分より偉い奴がいるのが嫌だという、くだらなく、我儘で、傲慢な言い分だった。だけど圧倒的な力になすすべもなく、白き獣は大切な人を目の前で奪われ、自身も死に絶えた。


 白き獣は、恨んでいた。憎んでいた。自分の大切な人を無残に殺されて。助けることすらできなかった、自分の愚かさを。


 そんな感情が、私の中に入ってきた。白き獣と肉体だけでなく、心までが混ざり合って、新しい私というものを作っていく、そんな感じがした。

 ただ一つ、私達が共通する願い。それは、大切な人と幸せに、平和に暮らしたい、ただそれだけ。


 白き獣は、私に力を貸してくれていると言っているような、そんな気がした。

 次は、次こそは、絶対に守れるようにと。






 目を覚ますと、真っ白な天井が目に映った。ゆっくりと体を起こす。少し気怠さを感じる。窓から陽の光が差し込んでいた。ゆっくりとベットから這い出て、外を見る。いつも見る、グランツ研究所の朝の光景が写っていた。私はだいぶ寝ていたようだ。

 外を眺めていると、うっすらと自分の姿が窓に映る。


「……ナニコレ?」


 私が私じゃなくなっていた。髪は色が抜けたように真っ白く、眼も奥の血管が見えているかのように深紅の色へと変色していた。

 そこで、私は、最終試験でムクを殺して適合実験を受けたことを思い出す。ぼんやりとしていた頭が一気に覚醒した。

 私自身の体には大きな変化があった。でも、ムクを殺してしまったことには変わりない。その事実を受け入れられなくて、現実と心境の差異がさらに私を苦しめた。

 ただ、最後の言葉はしっかりと覚えている。あんな状況だったけど、しっかりと私には届いていた。


「私の分まで、か。ひどいよムク。そんなこと言われたら、頑張るしかないじゃない」


 ムクが死んだと知った時、私は絶望に飲み込まれて死ぬことを望んだ。でも、ムクがそれをの望んでいないことを知っている。

 そして私の中に生まれたもう一つの気持ち。

 私は、大切な人と、ずっと一緒にいたい、その気持ちが一段と強くなってしまったのだ。

 ある意味で、白獣の気持ちが私の中で溶け合った影響共言える。


 2度、私は失敗した。

 一度目はお母さん、二度目はムク。大切を失って、辛くて、苦しい気持ちになった。

 もう二度と、あんな思いはしたくない。


 実験によって生まれ変わった新しい自分を受け入れ、今度こそ、絶対に大切な人と幸せになってやる、そう胸に刻んだ。

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白き聖獣に選ばれた少女~苦しみと悲しみから始まる幸せまでの軌跡~ 日向 葵 @hintaaoi

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