第8話:調査、そして不穏な気配
(第8話)
* * *
「馬鹿な……」
ムルトが呆然と呟く。
だが、確かにこれらの死体は、カイトが言ったとおりであることを示している。
「そうは言ってもな……それ以外にどう説明する?」
カイトの一言にムルトは考える。
勿論、状況証拠に過ぎないと言うことも出来るだろう。
だが、ムルトとしてはそう言って見逃そうとは思わなかったようである。
「まあ……確かに否定できないね。でも、じゃあ一体誰がそんなことを?」
至極当然の質問だろう。
だが、カイトとしてもそんなことに対する解答は持ち合わせていない。
「いや、分からんが……調べてみるか?」
「そうだね……でも、そろそろギルドから応援が来るかも……まあ、意味ないんだけど」
「ああ、そういえば」
ムルトが言っていたが、可能性としてギルドからの応援が来るのだ。
ムルト自身の無事を伝える上で、ムルトが出て行くならば間違いはない。
「なら、戻るか」
「済まないね、付き合ってもらって」
「偶々だ」
少し照れたのか、ツンケンした話し方のカイト。
それをムルトは見ながら微笑んだ。
「……何か言いたいことでも?」
「いや……君は良い人だな、ってね。お礼はできる範囲でだけど、必ずするよ」
「……ふん」
恐らく何を言ってもドツボにはまりそうなので、鼻を鳴らして話を切り上げる。
そこでふと思いついたので、カイトは1つ頼みごとをすることにした。
「そうだ、お礼はいいから、1つ頼みごとがある」
「おや、なんだい?」
「オーガとゴブリンの集落のことは、ムルトがギルドに報告してくれ」
「……本気かい? 報酬になるのに?」
ムルトは驚いた。
元々自分のパーティーが受けていたように、この手の調査報告というのは報酬が付く。
さらに言うと、オーガ討伐もギルドに対する貢献であり、さらに言うとムルトを助けたことも貢献度に大きな影響になるので、それを、いわば放棄するカイトに怪訝そうな目を向けても仕方がないことである。
だが、カイトは口の端を吊り上げこう言った。
「まあ、色々面倒な予感がするからな。いいんだよ」
「面倒って……」
「ほら、言うとおりにしてくれ。これで今回の事はチャラだ」
「はぁ……全く」
カイトにとってオーガもゴブリンの集落の件も単に
その大らかさというか、ある意味強さらしきものにムルトは一瞬たじろぐ。
だが、すぐに気を取り直すと、カイトに笑顔を向けてこう言った。
「分かった、カイトの言うとおりにしよう。でも、命の恩人なのは確かなんだ。これから先、僕は……いや、クルーズ家が後ろ盾になるよ。こう見えて、実家は貴族家だからね!」
そう言って、カイトの手にメダルを1枚握り込ませた。
「あ、ちょっ……」
「お、ギルドの応援が来たよ。どうする? 一緒に行くかい?」
直ぐにムルトはカイトから距離をとると、笑いながら後ろに下がっていく。
「いや、その前にこれ……」
「もう受け取ったら返却出来ないからね? じゃあ、またフォレスタリアで会おう!」
「あ、おい……」
カイトの呼び止める手が、空中を彷徨う。
なんとも言えない気分になりながら、カイトはもらったメダルをインベントリに入れた。
「はあ……なんでまた貴族……」
《まあ、それも貴方の運命じゃない?》
カイトの溜息交じりの呟き。
今回は聞く相手はいたが……
なんともカイトをやるせない気持ちにさせるリーテの言葉だった。
* * *
ムルトがギルドの応援のメンバーと共に去ってから、カイトは再度ゴブリンの集落を調査する。
本来、このように死体が大量にある場合、疫病やアンデッド化を防ぐために燃やすなり浄化するなり、きちんとした処置をする必要がある。
とはいっても、カイトは火属性の適性を持っていない。
いや、実際に調べてはいないが、適性を見る限り水属性なのは間違いない。
そうなると、相性の悪い火属性を使えるとは思えないのだ。
《ま、それは間違っていないわね》
「いや、人の心を読むなよ」
突然割り込んできたリーテの声にツッコミを入れつつ、調査を続ける。
《あら、不服かしら?》
「いや、話し相手がいるのは構わんが」
《なら、いいじゃない。それより、なんで貴方はここに残ったのかしら?》
「分かっているのに聞くのか?」
《分かっているから聞くのよ》
そんな特に当てもないような会話をしながら、カイトは調査を続ける。
「分かるだろ……多分今回のオーガは、人為的なものだ」
《そうね。きっと……そうだわ》
といっても、何かすぐに見つかるわけではない。
(うーん、そろそろ面倒になってきたな……大体、わざわざゴブリンの集落を襲わせて何の意味があるんだ? そして、オーガがここにいたのは何故だ?)
そんな事を考えながら、1時間ほど経った頃。
《カイト、ちょっと気になる反応があるわ》
「そうなのか?」
《ええ、こっちよ》
リーテが何かの反応を見つけたと言ったため、カイトはリーテの示す方向に進む。
どうやら、リーテの望む方向や気分というのは、カイトに対してしっかりと伝わるらしい。
(これも魂の武器だからか……さらには俺の魂と結びついているとも言われていたしな)
カイトは少し納得しつつ、リーテの示す場所にやってきた。
そこは、集落でも大きめの小屋――恐らくゴブリンの群れのボスのものだったのだろう――だった。
「ここか?」
《ええ、何かの魔法の形跡を感じるわ》
カイトが中に入ると、ゴブリンのボスらしき死体があった。
ゴブリンにしては立派な躯体で、革の鎧らしきものを着ている。
だが、特に死体からは何も感じない。
「本当にここなのか?」
《ええ、間違いないわ。というか、貴方も【魔法探査】くらい出来るようになりなさい?》
「おいおい、流石に……」
《言い訳しない。脳筋っていうあだ名にするわよ?》
「おいっ!」
カイトは自分自身を頭脳系だと思っていた。
それなのに、リーテからの「脳筋」といういわれのないあだ名を付けられる。
それだけは勘弁したかった。
《ほら、いいから集中なさい?》
「……おう」
リーテが魔法の形跡を見分ける方法を教えてくれたので、試してみる。
感覚としては【探査】と似ているが、対象を魔力や魔法に変える必要がある。
【探査】は波に当たった存在を探知するものだが、魔法を見分けるとなると、また違った感覚のようだ。
なんというか、見た目平らな板のわずかな突起やへこみを見つける作業に似ている。
魔力を薄く広げるだけでなく、魔法が使われたと思わしき場所を撫でていくような繊細さが求められるのだ。
(結構、魔力のコントロールが必要になってくるな……)
《あら、中々やるじゃない》
リーテはそんなカイトの様子を見ながら満更でもなさそうである。
さて、カイトが【魔法探査】をしていると、ふと感じるものがあった。
「なんか……あるな。これは何の術だ?」
《どれどれ……あら、拡大してくれたのね? 流石だわ》
カイトの目の前に、魔法陣と、その中に書かれた文字が並ぶ。
実際に見つけたものは小さなものだったが、それを見やすいように大きくしていた。
実は、カイトは探査した際、術全体を型取り複製するようにしたのである。
そうすることで、細かな点を見ることが出来るのではないかと思ったわけだが、それは正解だったようだ。
《ふーん、なるほどね……》
「どんな内容なんだ?」
《知りたい?》
悪戯っ子のような物言いをするリーテ。
一体誰の影響なんだ……と思いながらも、カイトは素直に知りたいと告げる。
《いいわよ。これはね………》
そう言ってリーテが術式を解説する。
魔法陣の読み方、魔法文字の読み方、意味を教えてもらう。
「おいおい、こいつは……」
《ええ、これはいわゆる召喚と洗脳魔法の術ね。恐らくこれを施した人物は、食事ではなく殺戮をさせるよう召喚対象を洗脳し、それを実行した》
「そして、召喚されたのが……オーガという訳か」
といっても、これが普通の召喚術なら問題はない。
この術の問題となるのが……
《この術が、このゴブリンに描かれていたということが問題よね。そして召喚のために生命力を奪う……これでは簡単に探査できないわ》
「ああ、多分見つけられたのは発動した後だからだろう。発動前となれば……」
《そうね。見つけることは困難……いいえ、ほぼ不可能よ。そして1度発動すれば……》
「その人物は死に至る……か」
誰がこの術を施したのか。
わざわざゴブリンを使ったのは何故か。
カイトとリーテは、お互い推測を立てながらその場所を後にした。
* * *
フォレスタリア領主邸。
1人の文官が、息を切らせながら通路を小走りに歩いている。
手には何枚かの紙を持っているので、恐らく何か報告に出向いているのだろう。
そのすぐ斜め後ろには、いわゆるスケイルメイルを着用した兵士が歩いている。
大柄で、顎髭を蓄えた40代くらいの兵士は、息を切らせている文官をちらと見ながら、すぐに視線を戻して目的の扉を見据える。
文官が先導役なのだろうが、目的の場所まで迷ったり文官を見ることなく進んでいくことから、その兵士が領主邸に慣れていることが分かる。
それもそのはず。この兵士はフォレスタリア内の治安を守る、警備隊の隊長なのだ。
2人は、非常に重厚感のある鏡張りの扉の前まで来た。
使われている木材もかなりの高級品だろう。その扉の向こうにいる存在が高位の存在なのは明らかである。
軽く兵士がその扉をノックすると、奥の方から「入れ」という声が聞こえてきた。
「失礼いたします。お呼びでしょうか、サウル閣下?」
「よく来たなダヴィート……そして相変わらず体力がないな、ハイノ」
「は、はい……すみません……」
扉を開け中に入ると、その部屋の主が執務机に着いたまま兵士と文官の名を呼ぶ。
文官は疲れているのか、肩で息をしながら部屋の主に返事をした。
さて、書類を書いていたその男は恐らく30代くらいで、髭を綺麗に剃った人物。
深い緑色の髪をオールバックにしており、眼鏡を掛けているのが、顔を上げたため見えるようになる。
眼鏡の奥で光る灰色の瞳は、まるで見透かすように鋭い。
だが、その声は優しげで、息を切らせている文官に呆れつつも慰めるような色を含んだものだった。
彼の名は、サウル・リヒトファース。
このフォレスタリアの領主だ。
彼は手元の書類の最後の1枚を横の箱に入れると、ダヴィートと呼ばれた警備隊長に向き直る。
「ハイノから話を聞いたが、事実か?」
「はっ。間違いないようです。しかし……オーガが東の森に出るとは……」
ダヴィートは苦い顔をしながら呟く。
警備隊は門衛の仕事も含むため、「疾風の剣」が報告した内容は、纏め役がすぐにダヴィートまで報告に来ていたのである。
ダヴィートの様子を見ながら、サウルも溜息をつき、口を開く。
「既にギルドは動いたか?」
「ええ、報告後すぐに動いたようです。どうやらBクラスパーティーが出たようですな」
Bクラスパーティー。
それは、フォレスタリアで2番目に強い実力を持つ冒険者パーティーが出撃したということである。
ギルドの行動の速さに少し安堵しつつ、サウルはさらにダヴィートから話を聞く。
「それで、被害は?」
「はっ……それが……」
「どうした? 何か問題になるレベルなのか?」
どうもダヴィートの歯切れが悪い。
何か隠しているのではないか、そう思い強めの口調で詰め寄る。
すると、観念したのかダヴィートが重い口を開いた。
「実は、被害を受けたのが……」
「どうした。早く答えろ」
サウルがダヴィートの言葉を促す。
それに促されて、被害を受けたのが誰かを答えるダヴィート。
サウルにとって、基本的に冒険者たちも自分の民とはいえ全て知っているわけではないし、被害というのもある程度割り切っている部分がある。
しかしこういう時には何故か嫌な予感がするものだ。
そしてそれは、サウルにとって聞きたくなかったもので。
「それが……『疾風の剣』なのです」
「……何だと?」
サウルが耐えかねたかのように椅子から立ち上がる。
一瞬、ダヴィートの背筋に冷たい汗が流れた。ハイノにいたっては、腰を抜かしたのか床にへたり込んでいた。
その瞬間のサウルの表情は、怒気を含んだ凄まじいものだったのである。
(くっ……この反応が分かってたからあまり報告したくなかったんだ……だが、嘘を言うとそれはそれで……)
そう心の中で呟くダヴィートだが、サウルはそれ以上何も言うことなく椅子に戻る。
そして目を軽く瞑ると、冷静な声で命令を下した。
「ハイノ」
「ひっ……は、はい!」
「騎士団の1個中隊を出し、捜索に当たらせろ」
「なっ……お待ちください! 流石にそれは――」
そう言ってダヴィートが止めようとするが、被せるかのようにしてサウルが口を開く。
「私は命令した。すぐに――」
取りかかれ。
そう言おうとしたサウルだったが、その言葉は扉を叩く大きな音で妨げられた。
「……なんだ?」
少し苛ついたかのような声で扉の向こうを誰何する。
すると焦ったような様子の補佐官が入ってきた。
「閣下にご報告いたします! オーガの討伐を確認、また、ムルト・クルーズの生存を確認したとの事です!」
「そうか」
「はっ! 間違いございません、ご本人より一筆頂いております!」
そう言って補佐官が、1つの手紙にしては簡素な紙をサウルに手渡す。
それを見て、大きく息を1つ吐くと椅子の背もたれに体を預けて目を瞑る。
目を開けると、微笑みながらこう告げた。
「それは良かった。ギルドには礼を。ダヴィート、ハイノ……先の命令は取り下げる。すまなかったな」
「いえ、とんでもない。ご無事で何よりでしたな……それでは」
「ああ」
2人が退出し、補佐官と2人だけが部屋に残る。
ホッとしたような微笑みを見せていたサウルだったが、しばらくすると真面目な顔で補佐官から話を聞き始めた。
「結局、誰が討伐を? 応援のパーティーか?」
「いえ、到着の段階で既にオーガはおらず……ムルト殿からの報告では『気を失っていたので誰が討伐したのか不明』との事でした。実際、周囲を探索したそうですが、特には出現しなかったと」
既に冒険者たちが森に入った段階ではオーガはいなかった。
残されていたのは、ムルトが気を失っていたと供述した場所の、大量の血痕。
それで手負いかも知れないので、と調査をしたが見つからなかったようだ。
「ふむ……」
サウルは頬杖をついて考える。
オーガは一般の冒険者が手こずるとはいえ、それでもCクラスなのだ。
Bクラスパーティーが見付けられないとは考えにくい。
オーガが頭がいいとはいえ、あくまで「それなり」なのだ。
だが、ふと補佐官の一言で気になるものがあったため、サウルは顔を上げた。
「さっき、ムルトはなんと報告したと言った?」
「え? ムルト殿ですか? 『気を失っていた』と」
「違う、その後だ」
「『誰が討伐したか不明』と……」
それを聞き、サウルはニヤリと笑った。
それを見た補佐官が、引きつった表情をする。
「あの、サウル様?」
「ムルトを呼べ。私の名でな。いいな?」
「は? はっ!」
そういって補佐官は命令を受けて、慌てて部屋を出て行く。
その様子を見ながら、サウルは溜息をついた。
「全く……危うくムルトに笑われるところだったな。やれやれ……」
そう。
ムルトは「見ていない」と言いつつも「討伐」と口にしたのだ。
見ていなければ、討伐なのか撃退なのか分からないはず。
もちろんギルドも不思議に思うかもしれないが、報告時の言葉の綾と取られてもおかしくはない。
なにせムルトはDクラス。一人前とはいえ、死線の縁に立たされた訳だ。
興奮のための問題と取られてもおかしくはない。
とはいえ、サウルはムルトを「よく知っている」。
性格も報告の仕方も。
危ないところで気付くことが出来た。
そう思い何度目か分からない溜息をつきながら、背もたれに身体を預ける。
しばらく眉間を解すと、身体を起こして書類の決裁に戻ったのだった。
* * *
カイトはフォレスタリアに戻り、ギルドに報告したが、特に何か聞かれることもなくゴブリンの討伐依頼を達成することが出来た。
結局カイトが討伐したのは70体のゴブリン。
報酬は120ディナル。合わせて、魔石の買取などをしてもらい、280ディナルほどとなったので、結果カイトは400ディナルの報酬を得ることが出来たのである。
ギルドから出て、宿への道を進む。
そろそろ第5鐘時が近いため、夕食に間に合うように戻るつもりである。
もうすぐで大樹の恵み亭に着くかという頃。
ふとカイトは立ち止まり、ちょうど対面側、建物の間の路地に目を向ける。
「……」
特に何を言うでもなく、ただ路地を見据える。
邪魔なのだろう、通りを歩く幾人かは、カイトにぶつかりかけて避けていくという様子が見られている。
結局カイトは、しばらく路地を見ていたがそのまま踵を返して宿に向かう。
《放置するのかしら?》
『今はまだいい。どうせすぐ動くだろ』
《そうね》
カイトは何を感じたのだろうか。
反応からするに、恐らく良いものではないのだろう。
しかし、リーテも特にそれに反対することはなく。
そのままリーテと話しながら、カイトは大樹の恵み亭に入っていく。
受付に帰ったことと、夕食を部屋に持ってくるように頼んでから部屋に戻る。
服を片付け、しばらくするとユリアが夕食を持ってきてくれた。
「早かったですね、カイト様」
「そうか?」
「ええ、もう少しゆっくりお戻りになるかと」
何故そう思ったのかは分からないが、ユリアとしては意外だったようだ。
とはいえ、すぐに夕食を準備してくれるユリアはやはり優秀なのだろう。
いつも通りに食事を楽しみ、食後の紅茶も楽しむ。
だが、どういうわけかカイトは違和感に似た何かを感じていた。
(何というか……これまで以上にユリアが甲斐甲斐しいというか……)
普段……といっても数日程度の付き合いではあるが、それもユリアがどのように動くかという点は分かってきていた。
そのこれまでと比べ、なんとなくこれまで以上の気配りを感じるのだ。
極めつけはカイトが風呂に入ろうとした時である。
普段カイトが入浴中は部屋にいないユリアが部屋に残っていたのだ。
挙げ句の果てに「入浴のお手伝いをします」とまで言い出すのである。
(流石に理性が飛びかねん……!)
そう思いカイトは断ったが、結局入浴中の間ユリアは脱衣所で待機していたようだ。
カイトが「出るぞ」と声を掛けると、渋々脱衣所を出て行ったくらいである。
風呂から上がり、寝るための準備をする。
髪を乾かし、洗面台で歯を磨いたりしてさて寝ようかと思う頃。
未だにユリアは部屋にいた。
既に第6鐘時を過ぎており、夜中に入ろうとしている。
普段であれば、とっくにいないはずの彼女がいるのだ。
(一体どうしたんだ? なにか気になることが?)
何故この時間までいる必要があるのか。
ユリアの行動の理由がいまいち分からないカイトであった。
だが、ふとカイトの感覚が数個の気配を捕捉する。
どうやら、連中が近付いてきているようだ。
カイトはこちらの世界に来てから、自分の気配探知がかなり敏感な事に気付いた。
しかも、それは寝ていても感じる。なんとなくだが、動いているものが分かるのだ。
勿論、寝ることは出来ているのだが、もし悪意を持った者が動けばすぐにでもカイトは飛び起きるだろう。
更に言えば、リーテがいる以上、確実に敵を探知できる。
(対面の通りと、この宿の裏手に幾つか反応がある……この様子では、今日すぐ来るな。しかしユリアをどうするか……)
そんな事を考えつつ、ユリアに下がってもらおうと思ったカイト。
流石に一般人とも言える彼女を巻き込むつもりはない。
恐らく自分を狙っているであろう連中が飛び込んできた時、カイトは手加減するつもりはない。
勿論カイトの実力であればユリアを守りつつ戦うことも不可能ではないだろう。
だが、カイトは必要であれば相手を殺すだろう。
そんな状況を見せるつもりは毛頭なかった。
「ユリア、そろそろ下がって――」
そう思い、ユリアに下がるように言おうとしたところ。
その瞬間にユリアの指がカイトの唇に触れる。
「カイト様」
「ちょっ……」
「カイト様、本日は褥を共にさせていただきたく思います」
(いや、それ意味が……流石に駄目でしょ)
もうしばらくすれば起きるであろう戦闘のことを考えていたカイトにとって、これは完全に不意打ちであった。
はっきり言って、カイトはDTである。
少なからず興味はあったものの、実は前世では全く女性関係が無かった。
そのため、ユリアのような美女にそう言われると、流石に顔のほてりを感じる。
その様子を見ながら、ユリアは「くすっ」と笑うと、
「……カイト様、何を想像されているのです?」
そう、少しジト目でカイトを見た。
「い、いや! 何って……流石に言い方ってものが……!」
カイト、しどろもどろの巻である。
だが、ユリアはどういうわけか部屋を出て行こうとしない。
どうにかして巻き込まないようにとカイトは考えていたが、埒があかないため、やむを得ずカイトは広いベッドの端のほうで寝ることにしたのだった。
…………
結論から言うと、カイトは寝られなかった。
1つは明らかにユリアが原因である。
だが、どうもカイトが思うに、この身体は簡単には疲れるということがなく、数日の徹夜をしたとしても平気なのではないかと考えていた。
(打って出るか、引き付けてから嵌めるか……)
カイトはこれから起きるであろうことと、自分の取るべき行動を色々考えつつ、ふと本当に自分を狙っているのか、と思った。
(あれ? なんで俺は自分が狙われていると思ったんだ?実際には俺よりも……)
カイトの頭に浮かんだのはセレスティーヌだった。
(そうだ。本来公爵令嬢ともあろう人物が、あんな少人数で動くはずがない。そして、実際に彼女たちは森で狙われて……)
まさか。
徐々に連中が近付いてくるのが分かる。
だがもし、彼らが狙っているのがセレスティーヌやアリシアたちであればどうなるか。
アリシアは問題ないだろう。
だが、もしセレスティーヌならば?
彼女はカイトが見る限り、戦闘能力を持つとは思えなかった。
そうカイトが考えている間にも、接近してくるのが分かる。
どうやって侵入したのだろうか。明らかに普通に階段を上がってきている。
寝ているユリアを起こさぬよう、注意しつつ窓から離れた場所にあるソファーに彼女を寝かせ、カイトは自らの戦闘のスイッチを入れた。
感覚が鋭くなり、これまでよりも気配を感じる。
どうも連中は2階にいるようだ。
ここは3階なので、もうすぐやってくるだろう。
さて、カイトの部屋は3階の奥の方であり、そこの通路は割と広い。
そして、意外と奥のセレスティーヌの部屋とは距離がある。
3階の廊下を思い出しながら、自分の部屋に来た場合とセレスティーヌの部屋に連中が近付いた場合とで動きを考える。
その上で、ドアの側の壁に身体を押しつけ少しだけドアを開けたまま様子を窺う。
そのままカイトは、気配を消しながら連中が上がってくるのを待った。
* * *
「おい、準備はいいか?」
「おうよ」
狭い路地に、小声で話す男の声がする。
暗闇の中、男たちが身を潜ませていた。
遂に依頼主から、依頼を実行するようにと言われ、夕方頃から人目に付かないように注意しつつ集合し、潜んでいた。
そのターゲットは、目の前に見える宿に泊まっている人物。
「遂に……あのガキにお礼が出来るぜ……持ち物全部剥ぎ取ってやらあ……!」
その中で、リーダーと思わしき先頭の男が、憎悪を込めて吐き捨てるように呟いた。
彼の名はダリル。
数日前に突然現れた新人に、武器など持ち物を奪われた挙げ句、その目に余る行動からギルドより「警告」を受けた男である。
彼は、とにかくプライドが高かった。
Dクラスに所属しているが、戦闘力の高さはCクラス並と言われていたため、自分に勝てるやつはいないとまで思っていたのだ。
同じようなタイプの数人でパーティーを組んでおり、ギルドでは割と問題児扱いだったのだが。
それでも、実力的な面からギルドは注意程度に留めていた。
しかし流石に冒険者登録したばかりの新人に絡み、しかも返り討ちに遭うという始末。
しかも最近は依頼達成状況も悪く、流石にこれ以上は見過ごせないと考えたギルドがこれ幸いと「警告」を出したのである。
完全に自業自得なのだが、その引き金となったカイトをひたすらに恨むという、簡単に言うと自己中な人物である。
さて、「警告」のせいで宿を追い出され、スラムに身を潜めていた彼らに依頼を持ちかけた男がいた。
それは、ある人物の誘拐。
命は奪っていけないが、多少傷が付く位は問題ないといわれていた。
そして、周囲の者に対しては好きにしてよいとも。
『君達が恨んでいるあの冒険者も、ついでに処理して構わない。あれも今後邪魔になりそうだからね』
そう男が言ったことが決定打となり、ダリルたちは依頼を受けることにしたのだった。
既に真夜中。
誰も起きている者がいない時間に彼らは動き出す。
狙うは目の前の宿、「大樹の恵み亭」。
侵入については心配するなと言われていたとおり、門も扉も開けられており、すぐに入る事が出来た。
「(こっちか?)」
「(いや、3階らしい。進むぞ)」
彼らはそのまま3階に上がる。
ここは値段が高いスウィートであるので部屋数は少ない。
しかも彼らが聞いた情報では、ターゲットしか3階には宿泊していないのだ。
簡単な仕事だ……と思いつつ、彼らは廊下を歩く。
「(確か突き当たりだったな)」
「(ああ、そうだ……おいおい、そっちの部屋、ロックしてないぜ?)」
「(閉め忘れたのか? まあいい、先に仕事を済ませるぞ……)」
そう言いつつ、彼らは突き当たりの最も高級な部屋のドアに手を掛けた。
「おいおい、そこは立入禁止だぞ?」
突然後ろから投げかけられた声。
彼らが一斉に振り返ると、廊下の真ん中に1人の青年が立っていた。
蒼い瞳に黒髪。
手には特徴的な形の剣を握っている。
「さて、色々聞かせてもらおうか。ああ心配するな、逃がしはせん」
そう言ってニヤリと笑うカイト。
左手の人差し指を曲げ、掛かってこいとジェスチャーする。
「さあ、掛かってこい」
Anchor of Spirit 〜魂の錨 栢瀬千秋 @kaseki_yatai
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