第7話:覚醒(後)
(第7話)
* * *
――力が必要ですか?
カイトの脳内に響く声。
それは落ち着いた女性の声のようだ。
「誰だ……?」
カイトは周囲を見る。
だが、特に変わったものはなく、気配もない。
あるものといえば木々と、対するオーガくらいのものだ。
――未だに気付かないのですか? 私はここにいます。
「ここ?」
こことはどこだろう?
この声はどうやら自分にしか聞こえていないらしい。
そう思いながらカイトはオーガを警戒しつつ、次の言葉を待つ。
――私は貴方。貴方は私。これまでも貴方を呼び続け、遂に気付いてくれたと思ったのに。
「…………」
女性の声でありながら、「私は貴方」と告げてくる声を聞きながら、その声に対して驚きはしたものの警戒の念を持たなかった自分に対して、カイトは不思議に思った。
まるで自分をずっと見守っていたかのような口ぶり。
――この世界に来てから、
「ずっと……? まさか!?」
その言葉でカイトは理解した。
自分に呼びかけているものが
『レベルの高い「魂の武器」っていうのは、武器自身が名前を持っていやがる。それを使い手が知らねぇと、その力を十全には使えないんだ。実際に会話出来る……というか念話出来る奴もあるらしいからな』
ふと、武器屋のハンスの言葉が脳裏に蘇った。
自分自身の持つ「魂の武器」。
それが高レベルのものである、ということ。
そして意思をもつ、ということ。
――気付いたようですね。
「……ああ、待たせたな」
そう呟きながら、カイトは自分の手にある大剣を見る。
その大剣には深い青色の魔力が纏わり付き、淡く光っている。
――そろそろ敵を倒しましょう? 助けなければいけない者もいますからね。
「ああ、そうだな……すぐに終わらせてやろう」
カイトは立ち上がり、大剣を正眼に構える。
同時に、大剣に魔力をさらに込めてゆくと、再度声が聞こえてきた。
――では、私の名を。今回は仮名でいいでしょうから……
「……今回は、か……ああ、征こうか――」
真名ではなく仮名で良いと言われたことに少し苦笑しながら、大剣からの声に応える。
――ええ。さあ、呼んで。私の名は――
「《リーテ》」
大剣から伝えられた仮名。
それをカイトが声をそろえて呼んだと同時に、大剣から莫大な魔力が噴き上がり、一瞬、周囲を青く輝かせる。
それはまるで大海原のように。
絶対的な、母なる海の色に染め上げた。
だがすぐに光は収束し、カイトのもつ大剣だけを輝かせる。
《さあ、私の使い方は分かるはず。後はカイト、貴方次第よ》
「ああ、助かるよ……さて」
最初とは異なり、砕けた感じでカイトに話しかける大剣「リーテ」。
先ほどよりも鮮明に、脳内に語りかけられているのが分かる。
これは、仮名を呼んだことでカイトとリーテに繋がりが出来たことが影響しているようだ。
ちなみに影響はこれだけではない。
リーテの持つスキルや、様々な水属性の魔法も繋がりによって知識としてカイトは取り入れることが出来たのである。
それを知覚しながら、カイトはオーガに向き直った。
オーガも、一瞬立ち上った莫大な魔力を恐れ、近付くことも攻撃することもせずに様子見をしていたようだ。
だが、カイトが意識を向けると同時に、オーガが再度カイトを攻撃するために動いてきた。
オーガは棍棒と、投げるための岩と言っても良いような石を持ってカイトに近付いてくる。
「なるほど、直線的ではなく回り込むようにしてきたか……ま、手間が省けるな」
カイトはそう呟きつつ、スキルを放つために意識を集中させる。
「グルオオオオオオオッ!! オオオッ!」
それを見たオーガは、危険を感じたのか片手に持っていた岩を投げつけ、さらに大ぶりな木の枝や切り株を投げつけてきた。
だが、それを見ながらもカイトの心は落ち着いていた。
自らがリーテによって与えられたスキル。
その、強力な一撃を思い描きながら集中力を高めていく。
「グオオッ! ガアッ!」
オーガが遂に、動かないカイトに対して業を煮やしたのか両手で巨大な岩を持ち上げ、真っ直ぐに投げつけてきた。
カイトは正眼に構えたまま。
このままでは確実にカイトに直撃し、赤い染みを作り出しかねない。
もう数十センチでカイトに当たる、その時。
「終わりだ――【
カイトがスキル名を唱え、リーテを振り下ろした瞬間。
岩が割れた。
そして正中線に沿って、オーガが割れた。
* * *
カイトが1体目のオーガを倒した頃。
3人の冒険者が街道を駆けている。
「早く……早くギルドに……!」
「はあはあ……馬車があればっ」
「そんな、こと、言っても今は、どうしようもっ」
息を切らせながらも、スピードを緩めようとはしない。
彼らは一刻も早くギルドに報告するために、東の森からほぼ止まらずに駆けていたのだ。
彼らは「疾風の剣」という名のDクラスパーティーである。
Dクラスは、いわゆる一人前と認められた冒険者であることを意味する。
彼らは本来、ギルドで偵察・調査任務を受けていた。
内容は「ゴブリンの群れの調査」。
最近、東の森で多く見られるゴブリンの発生理由を探り、群れがあるならばそれを報告することである。
ゴブリンの群れは厄介だ。
1匹の戦闘力はたかが知れているが、集団になるとクラスが跳ね上がる。
その小さな体躯と、個体数の多さで追い詰めてくるのだ。
中堅と呼ばれるクラスでも、迂闊なことをすると全滅しかねないのである。
とはいえ、そこまで急いで報告する必要は無い。
多くの人型モンスターは群れを作る場合、集落を作るので移動をほとんどしない。
しかも、東の森はフォレスタリアからほど近いため、報告に時間が多くかかるわけでもない。
ではなぜ彼らは急いでいるのか。
「なんで、あんなところに、オーガが!」
「今、気にする事じゃ! とにかく、報告を!」
東の森でのオーガの出現。
本来、Eクラス下位のゴブリン程度しかいない東の森に、Cクラス上位のオーガが発生しているという事案を報告するためである。
「ムルト……頼む、生きていてくれ……!」
「無茶言うな……あいつは……」
「うっ……分かってんだ、分かってんだよ! だがな……」
実は彼らは4人パーティーである。
だが、走っているのは3人。
そう、仲間の1人であるムルトはオーガと遭遇した際に重傷を負い、その場に残り、殿を務めた。
彼はパーティーリーダーだった。
リーダーとして、パーティーが全滅しかねないと判断した彼は、重傷の自分を置いて逃げろと、報告を優先しろと指示したのである。
それはパーティーリーダーとして最善の判断だっただろう。
確かに他のメンバーはこうやって逃げ出すことが出来たのだ。
だが、そうやって逃がされたメンバーにとって、それは苦渋の決断だった。
「あいつは……俺たちの幼馴染みなのに! それを俺たちは……」
「それ以上言わないでよ! ムルトは『生きろ』って! 私たちに……」
「……くっ……」
悔しさと情けなさを滲ませて叫ぶ青年。
それに対して涙声で窘める少女。
無言で、だが歯を食いしばって耐えるシーフの少女。
「疾風の剣」は幼馴染みで組まれたパーティーだった。
いつも一緒にいて、一緒に笑い合えると思っていた。
冒険者登録して約1年。
実績を積んでGクラスからDクラスに上がってきた彼らは、将来有望なパーティーとして知られていたし、クラス昇格も早かったことでも有名だった。
そんな彼らの、今の思いは如何ばかりか。
話している間にフォレスタリアの門が見えてきて、彼らは急いで駆ける。
「そういえば、あのすれ違った冒険者……」
「ああ、それも報告しねぇと……」
街に入るための手続きのため、門の前では警備隊の兵士が数人立っている。
その内の1人が、彼らに気付き声を掛けてきた。
「おい、そんなに走ってきてどうした? それに……」
兵士は「疾風の剣」を知っていた。それは彼が門衛の纏め役だからという理由もあるだろう。
何度か声を掛けたり、話したりしたことがある程度ではあったが、それでもメンバーの顔は覚えている。
だが、今は1人足りない。
その事に気付き、兵士は言い淀んでしまった。
だが、続きを口に出す前に青年が口を挟んだ。
「実は……東の森でオーガに遭遇した……それで……」
「な、何だって!? オーガだと!?」
「あ、ああ……それで、あいつは……」
そういって地面に膝を突く青年。
それを見て兵士は、彼らが街に入る手続きをするためにすぐ動いた。
一刻でも速く、報告させるために。
念のため、他の兵士を呼んで、先にギルドに一報入れるように手配する。
「オーガだと……あんなのが東の森に出るなんて……」
早めに上司に報告しなければ。
最悪、領主の耳にも入れて騎士団を動かせるようにしてもらわなければいけない。
「疾風の剣」の手続きを終えると、すぐに報告のための書類を書くためにそばの詰め所に入った。
* * *
「ふう……中々の威力だったな。感謝するよ、リーテ」
《ふふっ、良かったわ。でも、私は貴方。貴方自身の力なんだけどね》
オーガを真っ二つにして倒してしまったカイト。
死体をインベントリに片付けながら、今は指輪型に変形したリーテに声を掛ける。
リーテも、声からすると笑っているようだ。少し苦笑交じりだったが。
ちなみに、指輪型にした理由はリーテから勧められたからである。
どうも、インベントリに入れていると念話がしづらいらしい。
ペンダントにしなかったのは、変形させた際に手元に引き寄せる時間が必要だからである。
戦闘する上で、直ぐに手元に持てるというのは重要だからだ。
「さて、と」
そう呟くと、カイトは倒れている魔法使いに近付く。
後で分かったことだが、【探査】の場合、どうやら死体には反応しないらしい。
いや、反応はあるのだが、生きているものとは異なるのだ。
つまり倒れていた魔法使いは、まだ生きていたのである。
『水よ、汝が司るは命の流れ。故に循環し、励起し、癒しとなれ――【回流玄源】』
カイトが放ったのは水属性の回復魔法。
特に、治癒力や生命力の活性化に効果が高いものだ。
「うう……」
効果があったのだろう。
魔法使いが呻き声をあげながら身を震わせる。
カイトが【探査】してみると、先程よりも強い反応が彼から感じる。
少なくとも瀕死状態からは回復したようだ。
(早いところ帰りたいが、流石に放置すると危ないだろうな……)
流石に魔法使いを放置できないので、彼が意識を取り戻すまで何をするか考える。
(折角だから、リーテから色々聞いてみるか)
そう思い、リーテに話し掛ける。
『リーテ』
《どうかした?》
『いや、話し相手になってもらおうかと思ってな』
《ふふっ、いいわ。何話そうかしら?》
『うーん……』
改めて何を話すかと聞かれると、難しいものである。
だが、とにかく
『リーテは形状を変更できるけど、どの状態が一番良いんだ?』
《これといってないわ。貴方が使いやすい形が一番良いのよ》
『なるほどな』
特に指定の形状があるわけではないらしい。
使いたいように使え、とのこと。
『最初試したとき、何個も出せたけど、あれは何なんだ?』
《あれもスキルの1つよ。【
『……なんとなく出来たからな』
《はぁ……》
少し呆れを含んだ声が聞こえてきた。
スキルと知らないまま使っていたカイトにどうやら呆れたらしい。
《ほんっ……とに規格外ね、貴方》
『そうなのか? どこが?』
《……本当にとんでもないわね、呆れたわ》
もし、彼女の姿が見えたら相当ジト目だっただろう。
呆れていた彼女だったが、カイトが頼むと答えてくれた。
カイトが規格外である点。
まずは魔力が桁違い過ぎ、一般的に一流と呼ばれる魔法使いの軽く10倍の魔力を持つこと。
身体能力の高さ。
治癒力や回復力などのいわば生命力の高さ。
リーテは知識は勿論のこと、フォレスタリアの人々の様子を観察し、分析していたようである。
『凄いな、そんな事まで理解しているのか』
《本当は貴方も分かるはずよ。ただ、引き出しがあっても開けたことがなくて中身を知らない……っていう状態かしら》
『ふーん……それは追々かな。……そういえば』
ふとカイトは聞きたいことを思いだした。
《なにかしら?》
『リーテは仮名なんだろ? 真名は?』
リーテと名乗った「魂の武器」。
だが、彼女は自分の仮名だといっていた。
その真名を知れるならば、よりカイトの力が強力になるのは確かだろう。
そのために聞いたカイトだったが、リーテの反応はあっさりしたものだった。
《まだ全てのスキルも理解出来ていない、しっかり使えていない貴方に、私の真名を教えられると思う?》
『……やっぱりか』
あっさりと断られてしまう。
だが、カイトとしてはこの反応は予想していたものでもあった。
(真名を知るということは、彼女に認められなければいけない。まだ仮名を知ったばかりの段階ではな……)
お決まりというヤツである。
そのためカイトとしては、残念には思ったものの納得はしており、特にそれ以上リーテに迫ることはしなかった。
それに対してリーテが口を開く。
《あら、意外にあっさりと引くのね》
『そりゃな。なんとなくそんな予感はしていたさ。ま、これからよろしくな』
《……ふふっ。ええ、そうねカイト。……あら、そろそろその子が起きそうよ》
「ん?」
リーテはすぐに引いたカイトが意外だったようだ。
だがそれを悪く思っておらず、逆に好ましく感じているのだろう、彼女の口調には笑みが含まれていた。
さて、リーテの声に促されて見ると、意識を失っていた魔法使いが起きようとしていた。
カイトは魔法使いの顔の前で指を3本立てて声を掛ける。
「お、目が覚めたみたいだな……これは何本だ?」
「……う、ん……? あ……3本……だな」
意識がはっきりしてきたらしい魔法使い。
特に目も問題ないようで、カイトの出した指の本数を正確に答えていた。
「……すまん、状況を教えてくれないか。君は?」
起き上がった魔法使いの青年は頭を振りながらカイトに尋ねた。
彼は魔法使いらしいローブを着ており、金属質の杖を彼は持っていた。
その杖を支えにしながら、彼は立ち上がる。
頭を振ったことでフードが落ち、彼の顔がはっきりと見えるようになると、中々顔立ちがよく、優しげな雰囲気は万人受けしそうであった。
勿論、とてつもない美男子とか、強烈なイケメンではないが、肩くらいの長さに揃えた茶髪も、榛色の瞳と合っている。
カイトは、先ほどまで重傷だった彼がすぐに立ち上がったことに一瞬驚きながらも、先ほどの質問に答える。
「いや、森に討伐に来ていたらオーガ2体に出くわしてな。片付けて周囲を見たらあんたが倒れていたんだ。それで少し治療をした程度だから、何かしたというわけじゃないぞ」
カイトの言ったことは全てが本当というわけではない。
だが、カイトとしては面倒に巻き込まれるのは嫌なので、偶々見つけたことにしたのである。
(大体、オーガはあくまで俺の力の確認のために戦ったんだからな。こいつを助けようと動いたわけじゃないし)
一体誰に言い訳をしているのか分からないが、カイトは心の中でそんな事を思いながら彼と話す。
「なっ……! あのオーガを倒したのかい!? 君は強いな! ……あ、それはそうと聞きたいんだが」
「ん? なんだ?」
「ここに君が来る途中で、3人くらい冒険者に会わなかったかい? 無事逃げられたならいいんだが……」
興奮したようにカイトに語りかけていた彼だったが、すぐ真剣な顔になるとカイトに尋ねてきた。
どうやら彼は、カイトが出会った撤退中の冒険者のパーティーメンバーらしい。
ふと、彼らが悲壮な顔で逃げていたのを思い出す。
(そういえば、戦士の青年が名前を叫んでいたな……やっぱりこいつのことだったか)
あの冒険者たちは逃げたくないと思いながらも逃げざるを得なかったのだろう。
すれ違った時の様子を思い起こしつつ、カイトは彼に答えた。
「少なくとも俺とすれ違った時は無事だったよ。といっても、俺はすぐにオーガと出会ったし、それ以降は知らないが……」
「そうか! 彼らは無事だったか……よかった……」
安心したのか、彼の目から涙が零れる。
このような反応を示すほど仲間を大切にするパーティー。
それだけ絆が強いということだろう。
(多分、あの3人にとってもこいつは大切な仲間なんだろうな。そりゃあ撤退も嫌がるわけだ)
そんな事を考えつつ、カイトは立ち上がり歩き出す。
「さて、動けるならもう帰れるだろ? またな」
「あ、ちょっと待ってくれ! 君、一緒に戻らないか? お礼をしたいんだ」
そう言って彼はカイトの後についてくる。
「なあ、君の名前を教えてくれないか?」
「……カイトだ。あんたは?」
「あ、そうだった。僕はムルト。ムルト・クルーズだ。よろしく」
彼はどうやら名字持ちらしい。
つまりは貴族か、あるいは国に対して相応の働きをした名家ということだ。
そんな彼がカイトに対して手を差し出してきたためカイトは一瞬悩んだが、まあいいかと思い、握り返す。
「……よろしく。さて、これからだがどうする? 森を出るか?」
「そうだね……でも、多分ギルドに報告がいってるから、オーガ討伐のために上位クラスの冒険者がやってくるだろうし……」
ムルトの言ったとおり、ギルドは危機管理という点では意外と早く動く。
それこそ新人が動くような東の森でのオーガ出現に対して、手をこまねいていることはない。
そうなれば、経過時間を考えてもギルドへの報告は終わっているだろう。
もしかしたら、既に出発した可能性もある。
「仕方ないな……少しこの辺りのゴブリン潰しておくか」
「そうだね……あと、念のため集落がないかも見ておいた方がいいかな」
オーガと戦闘したところを中心として、周囲の探索に出かけることにした2人。
「うーん、何もいないね」
「確かにな。オーガがいたからか?」
「あ、そうかもしれないな」
お互いあまり喋りはしないが、必要なことを話しつつ探索を続ける。
カイトは【探査】を発動したまま移動する。
「……ん? 反応が……」
「え!? 【探査】を使えるのかい? 羨ましいな!」
「そうなのか? 意外だな……」
カイトにとって【探査】は難しくはなかった。
レーダーをイメージしつつ使ったら、あっさりと習得できたのである。
「おいおい、【探査】を使えるのは稀だ。それこそ国から声がかかるレベルだよ?」
「へー……向こうだな」
カイトは、ムルトの言葉に対して適当な返事を返しつつ、反応のある方向に歩く。
ムルトもカイトから離されないように少し早足になりつつ追いかける。
しばらくいくと、ふと森が開けた。
そこには、小屋のようなものが幾つもあり、中央には何か焚き火をしていたのか、黒くなった枝や灰が散らばっている。
「おいおい……」
「なっ……こんな」
ムルトが、言葉に詰まったような表情をしている。
その表情のまま、ムルトは固まってすらいた。
カイトは、特に固まってはいないが、怪訝な、あるいはしかめた表情をしていた。
少しばかりの嫌悪感を滲ませながら、目の前の光景を見つめる。
そこには、何体もの死体が折り重なっていた。
その死体は――大量のゴブリンだった。
* * *
ムルトは、自分の見ている光景に衝撃を受けていた。
「一体……誰がこんな……」
敵――モンスターとはいえ、生物が屍をさらしている状況。
これまで死体を見たことがないわけではない。
それこそ、人だって手に掛けたことはあるのだ。
それでも、凄まじい力で潰されたり、引きちぎられた骸を見るというのは、意外と精神にダメージを与えるものだった。
「かなりのパワーだな……」
カイトはそう呟くと辺りを見渡した。
恐らくここは、ゴブリンの集落だったのだろう。
だが、そこには何の生体反応もなく、ただ大量の死体があるだけ。
集落に入ると、至る所に破壊の跡が見られる。
何か叩きつけたかのような陥没した地面。
なぎ倒された小屋など、1つ1つ見ていく。
(足跡からすると、多分大型のモンスター。歩幅からすると、人間で考えれば5メートル前後か……さっきのオーガか?)
推理小説も好きだったカイトは、歩幅からの身長の導出を思い出しながら考える。
とはいっても、相手は恐らくモンスターなので当てはまらないかも知れないのだが。
「ムルト」
「うぅ……ん? どうした?」
少し顔を青くしているムルトだったが、カイトの呼びかけに答えられるだけの回復はしたようだ。
「オーガって、ゴブリンを襲ったり、食べたりするか?」
「まあ……空腹時ならそうだな。オーガは特に何でも食べるし。ゴブリンも大概だが、オーガの雑食性は有名だぞ」
「そうか……」
ムルトの答えを聞き、カイトはますます眉間に皺を寄せて考える。
「何を悩んでいるんだ?」
「いや……オーガが雑食性なら、この状況は説明出来ないな、と思ってな」
「ん……? あ……まさか」
ムルトはしばらく考えていたが、ふと何かを理解したのか、顔を上げてカイトを見た。
それに対してカイトも、頷きながら口を開く。
「そう……この場のゴブリンは喰われていない。ただ殺されただけなんだ」
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