最終話 クチナシのせい


 ~ 六月二十八日(金) 立ってるの ~


 クチナシの花言葉 私は幸せ者



 高校生になると。

 誰もが気づくことがあって。


 三年生の先輩たちは。

 どうしてあんなにも大人なのか。


 もちろん、中学生になった時。

 三年生の先輩との差を感じたのだけど。


 今、言いたいのは齢の差の話ではなくて。

 「学生」であるか。

 「大人」であるか。

 そういうことなわけで。



 一年生のころは、漠然と。

 大人な先輩たちに目を奪われて。


 そして二年生になると。

 ようやく見えてくるものがあって。


 それは、大人な彼らと子供な僕ら。

 まるで隔てるように横たわる大河。


 目にも激しいその流れが。

 先輩たちとの決定的な違いを浮き彫りにしていたのです。


 いつか俺も。

 あんな大人になるのでしょうか。


 ただ漠然と。

 未来を予想していたのですが。



 今や。

 俺も三年生。


 流れがあって。

 その向こう岸で。

 みんなはそれぞれの山に登る準備中。


 笑顔と希望を持って。

 後ろなど振り返らずに。


 そんな中。

 君はとっくに川を渡った後で。

 登山の準備にまごついているのを。

 俺が声をかけてあげて。


 でも、みんなは気づいているのです。

 穂咲の心配よりも。

 まずお前が泳いで来いと。


 自分を誤魔化して。

 背伸びをして。


 今まで過ごしてきましたけれど。


 ようやく。

 漠然とですが。


 俺にも。

 登ってみたい山が見えて来た気がします。


「すぐ、追いつくのです。ちょっとだけ、そこで待っていてください」


 言葉だけじゃなく。

 今の俺なら。

 すぐに行動に移せます。


 まず。

 最初の一歩目。


 この川を泳いで渡るために。

 みんなと、肩を並べるために。


 最初の一歩目を、今……。


「もう。ちゃんと、道久君、渡ってるの」




 え?




 首を左右に振りながら。

 なんにも知らない、バカな奴だと言わんばかりの目を俺に向けて。


 こいつは再び言うのです。


「道久君、渡ってるの」



 がーーーーーん!!!!!



 ……それは。

 まだ、同じラインに立てると思うなという事でしょうか。

 あるいはこっちへ来るなという事なのでしょうか。


 でも、あんまりなのです。

 酷い一言が、頭の中で何度もリフレインします。



『道久君は、立ってるの』



 頭を抱えて。

 心ごと暗闇へ突き落とされて。


 そんな俺を見ながら。

 こいつは、大きなため息一つ。


「……まさか。また聞き違いしたの?」

「え?」

「立ってるのなんて言ってないの。もう、渡ってるのって言ったの」


 ああ。

 なるほど。


 同音異義語ではなく。

 今日のは、ぎなた言葉でしたか。


「ほんと。そそっかしい道久君なの」

「そそっかしい選手権の西日本チャンピオンに言われたくないのです」

「そんなことないの。道久君、聞き違えてばっかりで。最近心配してたの」


 がーーーーーん!!!!!


 最近の、同音異義語。

 君がそそっかしく言い間違えていたわけではなく。

 俺が聞き間違えていたという事なのですか!?


 なんだか。

 夢も希望も失ってしまった気がします。


「言われた通り、せいぜい、ちゃんと立っていますよ」


 俺は椅子から立ち上がり。

 寂しい気持ちでうな垂れます。


 でも、そんな俺に。

 こいつはぽつりと言うのです。


「そんなにへこむ必要なんか無いの。道久君、ちゃんと夢を見つけたの」


 ……でも。


「せっかく見つけたんだから。顔上げてないと、また見つからなくなっちゃうの」


 ……うん。


「今日はお祝いしなきゃなの。そんで、すぐにでも歩き出すと良いの」


 そう。


 こいつはどうしようもない子で。

 みんなから心配されるようなやつなのに。


 どういう訳か、むかしから。

 俺を励ます名人なのです。


「そうですね。……顔、あげていないと」


 ここがスタートライン。

 胸を張って、君の隣に並んで。

 俺が見つけた夢に向かって。



 歩き出す。



 そう誓った瞬間。

 朝から空を覆っていた雨雲がふとひらいて。


 天使の階段が、真っすぐに。

 俺たちの元へ辿り着いたのです。



 きらきらと輝くゆるふわロング髪。

 そこに挿された、純白のクチナシ。


 眩しいほどの。

 最後の夏が。



 今。


 始まりました。



 もう、離されないからね。

 そんな思いが伝わったのか。

 穂咲は、にっこりと笑ってくれたのでした。




「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 22冊目👫

おしま……


「秋山。そんなとこに突っ立っていたら、後ろの者が黒板を見れんだろう」

「……でも」

「でももへちまもない。邪魔だから廊下へ行け」


 心が上がって、落とされて。

 救われて。

 そして最後には地獄の最奥へ。


 まるでジェットコースターのような俺の人生ですが。

 果たしてこのコースター。

 どこへたどり着くのでしょうかね?



「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 22冊目👫

おし


「こら! ぐずぐずしないでさっさと廊下へ行け!」

「ジェットコースター、まさかの落雷エンドなのです」

「落雷?」

「いえ、何でもないです、雷様」

「…………お前は廊下で逆立ちしていろ」



「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 22冊目👫



「無理ですって! なに言っているのです!? 冗談も大概にし」


おしまい!




 ……

 …………

 ………………




 こんな姿勢でも。

 耳から入って来る言葉は。

 不思議とひっくり返らないのですね。


 そんな当たり前のことを改めて考えながら。

 耳をすませば。


 先生の授業を邪魔するように。

 聞き慣れた声が届きます。


「先生。なんで黒板は緑なのに黒板なの?」

「黒地に白い文字は目に悪いから、緑になったらしい。それより授業の邪魔をするな」

「じゃあ、黄色のチョークで書くの」

「ん? その方が、目にいいのか?」


 そしてかっかっと。

 チョークの音がしばらく続いたかと思うと。


「……やっぱ、ちょっと違うの、緑の中に黄色があるのに、綺麗じゃないの」

「綺麗かどうかは関係ないだろう。目にいいとお前が言うからやってみたのだが?」

「そんなこと言ってないの。緑の中に黄色いもん、探してるだけなの」

「………………」

「あと、ちっと読みづらいの。白いチョークで書き直すの」

「立っとれ」



 そして扉が開いて。

 しょんぼり顔が、逆立ちをしている俺に並ぶなり。


 繰り返すのです。


「綺麗なの」

「……さいですか」

「でも、緑の中に黄色って、何のこと?」

「知りません」


 壁に両足をかけたまま。

 逆立ちをする俺を見下ろして。

 急に膨れた穂咲がくるりと俺に向き直ります。


「綺麗なの!」

「ですから知りませんって」

「黄色が綺麗なの!」

「そうですか? 紺色の中の黄色というものを最近見かけましたが、大して綺麗じゃないのです」


 こういう言い回しに関しては。

 こいつはにぶかろう。


 などとたかをくくっていたのですが。

 甘かったようで。


 穂咲はスカートを両手で押さえ付けながら。

 悲鳴と共に。

 俺の顔を目掛けて足を振り上げました。



 ……また見えましたが。

 たいして綺麗じゃなかったのでごふっ。




 またもや妙なことを言い始めた穂咲!

 今度もおじさんとの記憶なのか、はたまた別の思い出か!

 期末テストと夏休みの始まり。

 慌ただしいこの時期に、容赦なく無理難題をぶっこむ小悪魔の探し物を見つける事はできるのか!?


「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 23冊目💡

 2019年7月1日(月)より開始!


 どうぞ皆様も、「緑色の中に黄色」を探しながらお待ちください!

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「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 22冊目👫 如月 仁成 @hitomi_aki

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