ローダンセのせい
~ 六月二十七日(木) つめたいひと ~
ローダンセの花言葉 永遠の愛
約束通り、葉月ちゃんを伴って。
おばあちゃんに連れられて、今日は老人ホームへ来ています。
「おばあちゃん、急に介護の現場を見たいと言ったりしてすいません」
「いえ、こちらの道に進みたいとお考えになるなど見上げたものです。介護はご想像より遥かに力仕事ですので、腰を痛めぬよう十分な注意を……」
「あ、いえ。介護に進みたいのは葉月ちゃん。俺は全然興味ないのです」
そんな返事に、一瞬だけ般若のお面をかぶったおばあちゃんですが。
葉月ちゃんの慇懃なお礼を耳に入れたその瞬間。
細面の恵比寿様へと早変わり。
「……今の世におきまして、斯様にご丁寧なお嬢様がいらっしゃるなど想像だにしておりませんでした」
そして慌てる葉月ちゃんをよそに。
深々とお辞儀などされながら。
「しかも介護の道へ進もうと思われるとは、何と見どころのある方なのでしょう。あなたはとても温かな方ですね」
さすがに真っ赤になって。
顔を伏せてしまった葉月ちゃんですが。
そのお隣りで、冷ややかな視線を俺に投げつけてくるのは
「そんな目で俺を見て。どうしました?」
「あたしは来たくないって言ったの」
「まだ言いますか。見たいドラマでもあったのですか?」
「冷たい人なの」
「そんなの、人が勝つに決まっています」
「なに言ってるの?」
「え? そんなに強い? 爪」
軽い色に染めたゆるふわロング髪を。
現場が現場ですので、シンプルに後ろに一つ結んで。
お花も活けていない穂咲が。
眉根を寄せて俺をにらみます。
「…………爪vs人じゃないの。同音異義語なの」
ああ、なるほど。
ドラマの話を振ったのに。
君はしつこく、俺に文句を言い続けていたのですね。
「葉月ちゃんを見習って、君も今日は一生懸命やりなさい、おじいちゃんおばあちゃんは好きでしょうが」
「それとこれとは話が違うの」
ああ、めんどくさい。
バスケットボールよりまん丸に膨れていますけど。
そんな穂咲を見てため息をついたおばあちゃん。
やれやれと首を振りながら。
「こまった人ですね。孫がそのようでは、おいそれと病気も出来ませんね」
「うう……、そんなこと言わないで欲しいの。具合が悪くなったら、一生懸命看病するの」
「今のあなたに看病されても、気が休まることなど無いでしょう。先日、旦那様も生死の境をさまよったことですし。私もより一層気を張らねばなりません」
おばあちゃんに意地悪を言われて。
穂咲が、ようやく頑張る気になったのはいいのですけれど。
ダイヤモンドのごとき硬さを誇るおばあちゃんが。
それ以上気を張って硬くなったら。
ウルツァイト窒化ホウ素になっちゃいます。
――そんな騒ぎを、根気よく聞いて下さっていた職員さん。
優しい笑顔を絶やさない男性に案内されて、見学させていただきました。
葉月ちゃんは、積極的に質問して。
興味本位では無い真剣さが、手に取るように伝わってきます。
「さて、これで一通り見ていただいたのですけどね。実は近々、素敵なイベントが行われることになっていましてね」
職員さんがそこまで話すと。
丁度良いタイミングだと呟きながら。
車の停まった音がした、玄関の外へ首を巡らせます。
「ちわー!
そしてそこから現れたのは。
二十歳くらいでしょうか、元気な栗色の髪のお姉さんなのでした。
胸にかけたデニム生地のエプロン。
出入りのお花やさんかと思いながら眺めていたのですが。
「……実はですね? 今度、このホームで結婚式が行われるのですよ」
「え? ここで?」
「はい。ここで出会ったお二人の結婚式。その会場を作るために、知人が紹介してくれたのが彼女なんですね」
会場をお花で飾るわけですか。
なるほど、そういったお仕事もあるのですね。
でも、その打ち合わせにしては。
こちらの元気な女性。
お花の入ったバスケット以外。
なにも持っていないのですけど。
「どーもどーも! おや? お客さんですか?」
「そうです。ホームの見学をされていましてね。そこで、古谷さんのお仕事も見学していただきたいと思いましてね」
「そうなんですか? いやー! そりゃ照れくさいな~!」
そんなことを言われて。
栗色の髪を恥ずかしそうに掻くお花やさんでしたが。
笑顔のまま、急に姿勢を正すと。
「見学するのはいいけど、ただ、気を付けて欲しいことがあるのよ」
俺たちに。
注意事項を伝えてきます。
「新郎新婦の後ろ、離れた辺りにいてちょうだい。そこで、しゃべらないでお絵かきでもしながら見てて?」
ん? どういうことでしょう?
お花の入ったバスケットに目隠しなどかぶせながら。
お姉さんは、さらに続けます。
「誰だって、下手に格好を付けようとすると本当に欲しいものは正直に言えないのよ。でも、それを聞きだせなくちゃお花屋さんは務まらんのよ」
ええと。
意味がまったく伝わってこないのですが。
それに、そんな話、初めて聞きました。
花屋に必要? 欲しい物を聞きだす?
キツネにつままれた心地ではありましたが。
俺たちは条件を承諾して。
打ち合わせ用の小部屋へお邪魔すると。
そこには楽しそうにおしゃべりを続ける。
おじいさんとおばあさんが腰かけていたのです。
先ほど言われた通り。
俺たち四人の邪魔者は、部屋の隅に陣取って。
職員さんに手渡されたスケッチブックに。
クレヨンで落書きなど始めたのですが。
離れた辺りで打ち合わせが始まると。
耳だけ、そちらへ向けました。
「こんにちは! それじゃ早速、教えて欲しいことがあるのよ! 二人は、お散歩に行ったのよね?」
は?
本題とは関係なさそう。
なんでそんな質問をしたのです?
思わず穂咲と葉月ちゃんと。
お互いに視線を交わしてしまったのですが。
でも、おばあちゃんがスケッチブックに。
そのような反射行動も慎みなさいと書いてくれたので。
俺たちは再びクレヨンを握りながら。
リアクションしないように気を張りました。
「お散歩? ええ、ええ。今日もお庭を歩いてきたわ?」
「二人で?」
「どうじゃったかのう……」
「いやですよ。行ったじゃありませんか」
「ああ、そうじゃ。行ったのう」
そして楽しそうに。
今日のお散歩で見たものを話すお二人なのですが。
そこへ、お花やさんが。
また、急な質問を投げかけるのです。
「お二人は、どうして結婚しようと思ったの?」
するとおじいさんとおばあさんは。
照れくさそうに笑いながら。
「楽しくてねえ、お話していると」
「わしは、あれじゃ。庭に散歩に行くとな、楽しいのじゃ」
「あら? それならそう言ってくれたら。いつでもお散歩しましょ? 骨も筋肉も丈夫になるっていうし」
「それはどうじゃろ……。いつも出掛けたら、骨が折れちまう」
ぷっ
……こら穂咲。
お年寄りジョークに吹き出すんじゃありません。
俺はクレヨンで、笑っちゃだめよとメッセージを書くと。
OKOKと、手サインが返ってきました。
「じゃあ、二人でお散歩していた時にプロポーズしたの?」
そしてお花やさんが楽しそうに質問すると。
おばあちゃんは、ふふふと照れくさそうに笑うばかり。
するとおじいちゃんが。
一見、繋がりの無さそうなお話を始めたのです。
「あれじゃ。咲いとったのじゃよ」
「お花?」
「そう。わしはな、綺麗だと思っておって。学生の頃、一度見かけたのじゃ」
「あらあら。お花屋で見かけたお花の話ですか?」
くすくすと微笑むおばあちゃんに頷くと。
おじいちゃんは、かつて見たお花の話を一生懸命始めます。
特徴を聞いている限り、スミレの話か。
曖昧な花の記憶をしきりに説明するおじいちゃん。
「綺麗な花じゃった。……女性へ渡すには、あんな花がよかろうと、胸に留めたままついに叶わんだ……」
「まあまあ。それでずっとお一人だったのですね」
ん?
おばあちゃん、初めて聞いた話なのかな?
でもさっき、このお話を聞いたことがあるように言ってなかったっけ?
さすがに首をひねると。
俺の様子に気付いてくれた職員さんが。
合点のいく説明をしてくれたのです。
「……古谷さんはね。二週間、毎日ここへ訪ねて来て、そして毎日同じやり取りをしているんだ」
「え? 毎日繰り返しているんですか?」
「そう。お年寄りは、同じ話を繰り返すのが当たり前。そして何度聞いたって、初めて聞く話として受け取るんだね」
「なるほど。そういうものなのですね」
「でもね? 何度も思い出しながら話すうちに、ちょっとずつ記憶がよみがえって行って……」
すると職員さんの言葉を継ぐように。
おじいさんが、はたと何かに気付いた声を上げたのです。
「おお。あれはきっとキクの花じゃ」
「お? 待ってましたよその言葉!」
「あらあら。紫のキクなんて無いでしょうに」
「いえ! それが似たようなのがあるんだな~! おじいちゃん、これじゃない?」
そして目隠しをしていたバスケットから。
お姉さんが取り出したその花は。
スミレの色に、スミレのようにとがった花弁。
でもそれがキクのように黄色い雄しべと雌しべからたくさん生えている。
おじいさんの言葉をすべて含んだ。
その花の名は。
「……ローダンセ」
永遠の愛を誓約するお花を目にしたおじいちゃん。
しきりに頷きながら、震える手でお姉さんから受け取ると。
「これを……、差し上げたかったのじゃ……」
「まあまあ、可愛らしいお花。有難く受け取るわ」
お顔に、これでもかと皺を寄せたおばあちゃんに涙を拭かれながら。
長年、胸に抱き続けて来た夢を。
プロポーズを。
今、この場で叶えたのです。
「じゃあ、お式の時はこのお花をたくさん飾りましょうか!」
「あら、いいわね! それを全部私に下さる?」
おばあちゃんが、可愛らしくおじいちゃんに微笑みかけると。
「ああ、全部じゃ。全部あげよう。……でも、困ったのう」
「何がです?」
「全部あげて手元に残らなんだら、また何の花をあげたのか思い出せなくなる」
ぷっ
……今度は、穂咲ばかりでなく。
俺たちみんな、揃っておじいちゃんのジョークに噴き出したのですが。
お姉さんは、もう大丈夫だからと。
一緒にお祝いして欲しいと言ってくれたので。
安心して。
幸せなお二人に。
心からの拍手を送った俺たちなのでした。
なるほど。
誰かの夢に寄り添って。
それを叶えてあげる。
俺の夢。
ようやく見つけたかもしれません。
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