ペンタスのせい
~ 六月二十六日(水) ようじょ ~
ペンタスの花言葉 願い事
空の涙 気付かぬペンタス 舞い踊り
「……穂咲も来るそうです」
「ありがとうございます……。嬉しいです……」
「ほら、元気を出すのです」
「でも、おにい、東京に行っちゃうって……」
「そうですね。寂しいですね」
ショッピングセンターの入り口で。
雨をはじくピンクのペンタスをじっと見つめたまま。
鼻をすするのは六本木瑞希ちゃん。
先日、あっけらかんと東京の大学へ行くと話していたバカアニキは。
たった一人の妹が、こんなに悲しんでいることなど知らないのでしょう。
バイト中も元気が無くて。
励ましてあげるために、葉月ちゃんと三人で早上がりして。
この間、足を運んだ。
中華レストランへ連れて来てあげました。
それにしても。
生まれて来てから今まで。
そばにいるのが当たり前だった家族との別れに対して。
俺は。
どう励ませばよいのでしょうか。
揺れるペンタスは五つの花びらを雨に弾かれて。
無責任にも、お前ならできるよと一斉に頷いていますけど。
ちょっと自信ないですね……。
「え、ええと、秋山先輩。中華ファミレスですか?」
葉月ちゃんが心配顔で聞いてきますけど。
きっと、店内の雰囲気が心配なのでしょうね。
でも大丈夫。
「ちょっと静かな大人の雰囲気で、落ち着いた場所なのです」
「そうですか……。良かったです」
さすが、友達想いの葉月ちゃん。
ほっと胸を撫で下ろしているのです。
が。
「たまには先輩らしいところを見せたいので、お二人にご馳走しますよ」
「マジですか!? いやっほう! やっぱセンパイ、かっこいいです!」
……ねえ、瑞希ちゃん。
いままで花壇の前にしゃがみ込んでいたくせに。
おごりと聞いた途端、傘を投げ捨てて。
昇龍拳からのダブルシェイクハンドとか。
げんきん。
まあ、元気になって良かったですけど。
開いた口は、このまま塞がずにいていいですか?
「やれやれ、おごりがいのある子です。葉月ちゃんも好きなもの食べてください」
「は、はい……」
ショッピングセンターの喧騒を掻き分けて。
建物の中を奥まで進むと。
赤い扉が、待ち時間もなく俺たちを迎え入れてくれました。
そして、四人掛けのテーブルへ通されて。
お冷やが並んで、メニューを開いたタイミングで。
入り口から響く。
店員さんの叫び声。
「お客様! そのまんま入らないで下さい!」
嫌な未来予想図を頭に描きながら首を巡らせれば。
飛び込んできたのは、ピンク色したポンチョ風の雨がっぱ。
この、ショッピングセンター内を水浸しにして来たであろうおバカさんの名前は
今日はバイトが無かったので。
家に帰るなり。
髪をほどいてお花も抜いてしまったのでしょう。
ぼっさぼさでペッタンコに潰れた髪を。
脱いだカッパの中から出しながら。
俺たちの元へ、のこのこと歩いてくるのですが。
「カッパを何とかしなさいな」
「でもこれ、傘用のビニールに押し込めないと思うの」
「……まあ、そうなのですけど」
やれやれ、呆れた。
子供並みに面倒なヤツなのです。
「……君、ポンチョが世界一似合いますね」
「子供みたいってこと? 妖艶な大人のレディーをつかまえて失礼なの」
そんな突っ込む気も失せる発言と共に。
俺の隣に腰かけて。
ちょっと妖しげな雰囲気を出したいのでしょうか。
レースのベールを、頭にふわりとかけたりしていますけど。
……それ、テーブルクロス。
「妖女なの」
「幼女です」
「……うまいこと言うの」
そしていつもの同音異義語に。
大した感慨も無かったのでしょうか。
そっけなく返事をして、メニューとにらめっこを始めたのですけど。
でも、淡白な穂咲に対して。
この二人は。
目をキラキラと輝かせ始めたのです。
「それ、面白いですね!」
「歌、そろそろパターン化してきたから他の遊びを探していたんです……」
げ。
面倒なことを。
面倒な二人に教えてしまいました。
「区長の口調~♪」
「現金は厳禁~♪」
「飢饉用基金~♪」
「携帯の形態~♪」
「おやめなさい! 歌、禁止!」
なんてうるさい。
そして、周りからの視線の痛いことと言ったら。
「いいから、食べるもの決めてください」
強引にメニューを開いて鼻先へ押し付けて。
なんとか黙らせることに成功しました。
「美味しそう! センパイ、素敵なお店知ってるんですね!」
「家族で一度来ただけなのですけどね。量が少なめなので、二つくらい頼むと良い感じなのです」
「なるほど……。ドリンクバーもあるんですね」
「今日はそんなに時間もないし、飲み物を頼みたかったら単品で頼んで下さい」
俺の説明に。
素直に頷く瑞希ちゃんでしたが。
葉月ちゃんは。
ちょっと驚きの声を上げたのです。
「珍しいですね、ドリンクバーがあるのに単品ドリンクもあるなんて」
「支配人さん曰く、単品の方がちょっと美味しい物らしいのです」
ちょっぴり高級感のあるお店ですし。
こういった提供も必要なのでしょう。
「あと、デザートには杏仁豆腐がお勧めなのです。是非食べて欲しいのです」
「良いんですか!? やった!」
そして大はしゃぎの瑞希ちゃんが。
食べたい品を指差すと。
葉月ちゃんも、おずおずと。
二つの品を口にしたのです。
俺は入店前から食べたいものが決まっていたので。
店員さんをボタンで呼び出したのですが。
「……穂咲は決まらないのですか?」
「決まってるんだけど、食べ方で悩んでるの」
「意味が分かりません。人間の言葉で説明しなさい」
「ジャージャーご飯とハーフラーメンを食べたいんだけど、ラーメンを後に食べたいの」
「はあ。そうすればいいじゃないですか」
「でも、同時に持って来られたらのびちゃうの」
なるほど意外にも。
理に適ったお話でした。
でしたら。
「後に持って来てもらえばいいのです」
「なるほど、天才なの。そうするの」
ちょうどそんなタイミングで。
店員さんがテーブルの横に立ったので。
それぞれ、注文を始めました。
「エビチリとチャーハン下さい!」
「棒棒鶏と、春雨スープ……」
「俺は豚しゃぶサラダと餃子と、食後にホットコーヒー」
「ジャージャーご飯下さいなの。あと、食後にハーフラーメン」
「ぷっ!」
……いや、店員さん。
今のは悪くないので。
俺からメニューを奪って、笑い顔を隠さなくていいのです。
あと、瑞希ちゃんと葉月ちゃんも悪くないから。
肩を揺すって我慢してないで。
このおバカさんを指差して笑えばいいのです。
「くくっ……、ご、ご注文を繰り返し……、くふふっ! ……ゴホン! ……ご、ごちゅ……、ぷふふふふっ!」
「いいです、無理しないで。この際、注文と違ってても文句言わないからバックヤードで爆笑して来ると良いのです。あと食後に、杏仁豆腐四つ下さい」
まったく。
なんて恥ずかしい。
逃げるように店員さんが厨房に駆け込むと。
盛大な笑い声が、ちょっぴり高級な店内の雰囲気を台無しにしました。
「……君のせいです」
「何がなの?」
ご飯を食べている間も。
至る所から、店員さんの思い出し笑いが聞こえてきて。
ずっと針の筵に座る心地なのでした。
でも、俺のおすすめ。
滑らか食感の杏仁豆腐がテーブルに並ぶ頃には。
さすがに笑い声も治まって。
俺たちも、ようやくリラックスしながら。
世間話などで楽しむことが出来ました。
「はあ、楽しかった! でもやっぱり、家に帰っておにいの顔を見たら寂しくなっちゃうだろな……」
「そうですね……。それ、ちゃんと言うといいのです。そしたら六本木君、瑞希ちゃんとの時間、きっと増やしてくれますよ」
「ほんとですか?」
俺は、もちろんと優しく頷いたのですけど。
ちょっぴり心配なので。
後で六本木君にメッセージを送っておきましょう。
「さあ、楽しい気分のまま、おすすめの杏仁豆腐を味わってほしいのです」
「そうするの。杏仁豆腐は、胸がおっきくなるって言うの」
「え!? 知らなかったけど、確かに分かる気がする! いっぱい食べなきゃ!」
「わ、私も……」
「………………ウソなの」
「「えええええ!?」」
いや、そんな意地悪しなさんな。
あとね?
羨ましそうな顔しながら瑞希ちゃんの胸を見なさんな。
穂咲の呆れた冗談で。
また、ひとしきり笑ったところで。
「すべっすべなので、スプーンから落とさないように気を付けるのです」
俺が忠告すると。
素直に頷いた葉月ちゃんが、慎重に一口食べて。
「ほんと! すべっすべです!」
「ね! この触感がたまらないのです!」
「はい!」
大層喜んでくれたので。
俺も嬉しい気持ちでスプーンを口へ運びます。
すると調子に乗った二人が。
ひとの忠告も聞かずに、慌ててすくうものだから。
口に入れる直前。
二人同時に、ぽとりと零したのですが。
……ねえ、君ら。
突っ込みづらい。
なんで瑞希ちゃんの杏仁豆腐は胸に落ちて。
穂咲のはお腹の辺りに落ちますか。
どうフォローしたらいいか悩んでいたら。
後輩コンビが顔を見合わせて。
明るく楽しく歌い始めました。
「驚異の胸囲~♪」
……ちょっと。
やめなさいって。
どうして君たちは歌い出すと。
そう情け容赦ないの?
予想通りと申しますか。
ぎゃーぎゃーと騒ぎ出す、驚異の胸囲ちゃん。
再び針の筵に座らされた俺は。
痛さに耐え切れず立ち上がって。
周囲の皆様にぺこぺこと謝り続けたのでした。
やはり。
いらん遊びを教えてしまいました。
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