ヒルガオのせい


 ~ 六月二十五日(火) みちひさ ~


 ヒルガオの花言葉 友達のよしみ



 アサガオは有名人。

 ユウガオは、器を作ったり食品にされたりと大人気。


 だというのに。


「君はまったく相手にされないばかりか雑草扱い。可哀そうなやつなのです」

「失礼だね、ロード君! この人気者をつかまえて何を言うのだね!」


 そう。

 こいつは町中で一番の人気者、藍川あいかわ穂咲ほさき


 でも、植木鉢の方は人気があるのですが。

 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、垣根の形に立てて。

 そこに咲かせているヒルガオの方は人気が無いのです。


 友達はみんな人気者なのに。

 自分だけは、ぱっとしないなんて。


 まるで。

 自分自身を見ているようなのです。


 そんな思いで。

 薄紅のまあるいお花を。

 寂しく見つめていたら。


「さあ出来上がり! 大量のかんぴょう巻きなのだよ、ロード君!」

「やっぱりユウガオばっかりもてはやして! ヒルガオと俺に謝って!」

「む? 何が気に入らないのだね?」

「人気のない俺をないがしろにされている気がするのです」


 俺が口を尖らせると。

 教授は愛用のフライパンに油を敷き始めながら。


「別にロード君をないがしろになどしていないし、君は人気があるだろう、ロードクラッシャー君として」

「それは悪名です」

「そんなことねえぞ? 『道壊し久』」

「そうよ。人気者の『道壊し久』」

「それが悪口以外のなんだというのです?」


 六本木君と渡さんが。

 とぼけた顔で否定しますけど。


 昨日、床を踏み抜いたくらいで。

 すっかり変なあだ名が定着したものです。


「しかし、小学校以来だな、かんぴょう巻きなんて」

「あら、私はよく食べるけど?」


 そんなやり取りをするお二人の前に。

 程よいサイズに切られたかんぴょう巻きが並べられるのですが。


「なぜ、俺にはまるっと一本なのです、教授」

「ロード君は、それを一本もぐもぐ行くのが好きじゃなかったかね?」

「それは恵方巻なのです」


 違いが分からんと言いながら。

 かんぴょう巻きに、目玉焼きを乗せる教授なのですが。


 まあ、節約週間ということで。

 文句はこれくらいにしておきましょう。


「たくさん作ったから、いいんちょとレイワちゃんにもおすそ分けなの」

「レイワちゃんって呼ぶんじゃないよ」

「あはははは……」


 教授に声をかけられて。

 宇佐美さんと神尾さんも。

 椅子ごと寄ってきて。


 みんなで手を合わせて。

 有難くいただきます。



 ふむ。

 かんぴょうの、程よい甘じょっぱさ。


 でも、すし飯じゃないから醤油が欲しいかな?


「藍川。昨日と言い今日と言い、ちょっと手抜き料理じゃねえのか?」

「だって節約中なの。道久君の会社見学に付き合ったら、いらん散財させられたの」

「なんだそりゃ? 何買わされたんだよ?」

「プロが使うと藍川渓谷になるのに、あたしが使うと穂咲平野になる物」


 さっぱりわからんと首をひねる六本木君でしたが。

 それ以上聞いたら。

 渡さんにカーフブランディングされるのでやめといた方がいいのです。


 仕方ない。

 ここは、違う話題で誤魔化してあげましょう。


「そう言えば、宇佐美さんは大学を目指しているのですよね」

「ああ、そうだな」

「なにかやりたい仕事が決まっているのですか?」

「立体アートに興味があるんだけど、まだなりたい職が決まってないから。大学に行ってからゆっくり探すよ」


 なるほど。

 立体アートを専門にやる大学などあるのですね。


 そして、大学へ行ってから道を目指すのですか。

 そういう考え方もあるのですね。


「なるほど……。六本木君もそうやって受験校を選ぶのですか?」


 あっという間にかんぴょう巻きを平らげて。

 渡さんのお皿をじっと見つめていた六本木君に訊ねると。


「いや? 俺はこれでも見栄っ張りだからな。東京の、有名な大学に入りてえ。学部は何でもいい」

「は?」


 そんな馬鹿な。


「そんないいかげんな事じゃダメでしょう。渡さんからも言ってやってください」

「そうね。有名なんて曖昧だから、早慶上智のどこかの学部に引っかかりなさい。私も同じとこ行くから」

「まさかのいいかげんカップル!」


 これには、開いた口が塞がりません。

 一番しっかりしてそうなのに。


「ちゃらんぽらんな二人なのです」

「そうかしら?」

「はい」

「なんだよ偉そうに。お前は進路すら決まってねえだろうが」

「う」


 ごもっともなのですけど。


「ほんとなの。道久君は、もっとちゃらんぽらんなの。ちゃら久君なの」

「チャラ男みたいで嫌な言い方ですね」

「でも、安心するの。道久君の可能性は未知数なの。未知久君なの」


 ん?


「はっ!? 同音異義語なの!」

「いや、それより。今のは褒め言葉なのですか? バカにされたのですか?」

「どっちでもいいじゃねえか、未知久」

「絶対今の、未知の方で言いましたよね?」

「さあ、どっちだと思う? 未知久」

「百パー、未知の方です」


 けたけたと笑う六本木君をにらみつつ。

 俺も食べ終えたので手を合わせて。


 てもちぶさたになったので。

 かんぴょうを詰めて来たパックに使われていた幅広の巨大な輪ゴムを。

 みょんみょんさせて遊んでいると。


「……バカになんかしてないの」


 教授が。

 急にしょんぼりとしながら呟くのです。


「すいません。褒めてくれたのに、お礼も言わずに」


 そんな言葉をかけてあげても。

 こいつは首をふるふるとさせるばかり。


「そんなことないの。大切なことも忘れちゃうあたしから見たら、大したものなの」

「……何か忘れちゃったの?」


 渡さんに聞かれても。

 俯いたまま、首をふるふる。


「なんだか分かんねえけど、まずは道久が謝れ」

「おかしいだろ」

「いや、おかしくない。秋山が謝れ」

「おかしいのです」


 六本木君と宇佐美さんという強力な秋山いじめコンビの攻撃を無視して。

 教授に、思い当たることを聞いてみます。


「あれか? 緑の中に黄色が入ってると綺麗とか言っていたやつ?」

「それも思い出せないの。多分、パパと見た気がするんだけど……」


 それも思い出せないということは。

 他に、忘れてしまっていたことがあるわけで。


「何を忘れたの? 怒らないから言うのです」


 できるだけ優しく言ってあげると。

 教授はようやく顔を上げて。


「………………それ」

「は? これ?」


 俺がいじっていた。

 幅のある輪ゴムを指差しました。


「これを? どう忘れたと言うのです?」

「ロシアンにしようとしてたの。入れ忘れてたの」

「……どれを?」

「それを」

「どこに?」

「道久君のかんぴょう巻きにいたっ!」


 言い終わるが早いか。

 親指にかけて、輪ゴムを発射。


 教授のおでこに一発食らわせてやったら。

 クラス中の女子が寄ってたかって罵声を浴びせて来たので。



 ひとまず。

 いつもの場所へ逃げました。



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