第42話 聖騎士と『氷雪のカナ』
――ああ、面倒なことになった。
僕は思わず溜め息を吐く。深海よりも深い、溜め息を。今、僕が居るこの地上を軽々と貫通してしまいそうな溜め息を。いや流石に物騒すぎるわ。
一度戦ったクロネさんならまだしも、同じ四天王の『氷雪のカナ』と戦うことになるとは。
今日の運はとても良いと思っていた僕でもこれは講義したくなる。と言っても何処に講義すればいいのかなんてわからないけれども。
「受けていただけますか?」
新聞記者が僕に問いかける。
ノーなんて答えられない。ノーって答えてしまうと僕は、一生弱虫の烙印を押されてしまう。
それはちょっといやかなって思う。
そんなことを数分間考え、僕は結論を出す。僕が考えている間も新聞記者はまってくれていた。
「……受けます」
それが僕の出した結論。
不安8、期待2くらいの比率だと思う。
僕の言葉を聞いた新聞記者は後ろを振り返り、
「だってよ、『氷雪のカナ』さん」
と言った。
振り返った場所には、新聞記者に紛れて、一人だけフードとマントで体を隠している人間が居た。あの人が『氷雪』か……
フードの人は僕の方に歩み寄ってきて、フードを外した。
――美しい。
そう感じた。思ったのではない。感じたのだ。
「始めまして。私はカナ」
『氷雪のカナ』はあっけにとられている僕にそう言って短く自己紹介した。
「……僕はアラン。アラン・フォードだよ」
僕はなんとか声を絞り出し名前を名乗ることができた。
第一印象は美人。
そして次に感じたのが殺気。何故なのかは僕には皆目見当がつかない。
まだ出会って本の一、二分。たったこれだけの時間だと、相手の名前を知ることで精一杯だ。
「どのゲームで僕と勝負するんですか?」
僕は声が震えてしまわないようにしっかりと声を出した。
『氷雪のカナ』は僕を一瞬見てこう言った。
「あなたが決めて」
僕が決めていいんだ。
あのカードゲームはちょっとなぁ……
クロネさんに負けてからまだ引きずってる自分が情けない。
僕は数分間考え、答えた。
「僕とクロネさんがやったゲームをしましょう」
そう言って僕はカードゲームを提案する。結局それしか思いつかなかった。ポーカーやブラックジャックもありかと思ったが、相手は四天王の『氷雪』だ。勝てるわけがない。それに、ルールもまともに知らないのだ。今から覚えるとしても時間が足りない。そしてやっぱり、絶対に勝てない。
「いいですね」
『氷雪』はそう言って小さく笑う。
笑顔は素敵だけど、目が笑っていない。僕本当に何もしてないよね?
自分のことが信じられなくなってきた僕は思考を停止する。
そして、
「追加ルールいいですか?」
僕は『氷雪』に勝つための布石を敷くためにそう質問した。
「いいわよ」
『氷雪』が即答する。よほど自信があったのだろう。
「カードを伏せるのは止めてください」
僕がそう言うと、『氷雪』は驚いたように、
「それだけ?」
と聞いてくる。もう一ついいのかと思った僕は、
「じゃあターンの始めのドローもなしで――」
――お願いします。と言おうとした僕の言葉は遮られる。『氷雪』によって。
「馬鹿なの?」
少し暖かかった周囲の温度は一気に氷点下と落ちていく。
視線が怖い。人が殺せてしまうんじゃないかってほどに。
こんな空気になったのは僕のせいだ。それは理解している。僕が調子に乗らなければ周囲の温度は氷点下まで一気に下がることはなかったんだ。
『氷雪』の返事の仕方も悪かったとは思うけどね!!
「すいませんちょうしにのりました」
僕は素直に頭を下げて謝る。
『氷雪』は言葉には出していないけど許してくれた。そんな気がした。だって『氷雪』の視線が優しくなった気がしたから。
「何処で――」
試合をしますか?
その言葉は僕の口から発せられることはなかった。
『氷雪のカナ』が無言で歩き始めたからだ。
そのまま端の方へ歩き、ポツンと置かれている、置かれていることにも気づかないだろう。それほどに存在感がなかった。
その薄すぎる存在感のせいか、机と椅子はホコリをかぶってしまっている。
『氷雪』が目の前の机と椅子を指差す。
ここでやろうっていうのか。
「
初級浄化魔法で僕は机と椅子のホコリを浄化し、綺麗にする。
『氷雪』が僕の浄化した椅子に腰掛ける。
僕も『氷雪』の向かいの椅子に座る。
「さあやりましょうか」
そう言って僕は『氷雪に自分のデッキを手渡す。『氷雪』も僕にデッキを私、受け取った僕はそのデッキをシャッフルする。
やがてシャッフルを終えた僕達はお互いにカードを返した。
「よろしくお願いします」「よろしく」
こうして僕、アラン・フォードVS『氷雪のカナ』の試合が始まった。
10分後。
「降参します」
僕は言った。
「そ」
『氷雪のカナ』が1文字で返事をする。
結果はみてわかるとおり僕の負け。
僕はカードすら引かせてもらえず、綺麗に負けた。いや、負けに綺麗も汚いもないと思うんだけどね。負けは負けだし。
僕の敷いた布石は試合を有利にすすめるどころか、僕の足を引っ張ることになってしまった。
僕の取材に着ていた新聞記者たちは、
「残念だ」
といって、僕には目もくれずに去っていった。清々しいまでの手のひら返しだったよ。負けた僕が全部悪いんだけども。
クロネさんに貸してもらった金貨をベットしようなんてアホな考えに至らなくてよかった、と僕は思った。
ベットしてもしなくても負けるのは確実。しかも、今の勝負には、僕に分があるはずだった。なんて情けない。この調子で金貨を八枚以上なんて稼げるのだろうか。
「――あなた、カードの使い方が雑」
ネガティブな思考回路を築き上げかけた僕に、『氷雪』の声が耳に届く。
「……え?」
僕は築き上げたネガティブな思考回路を崩しさり、なんとか返事をする。
カードの使い方が雑、とはどういう意味なんだろう。
「試合中。あなた、すぐにカードを使ってしまうでしょう。止めたほうがいい」
そう言って『氷雪』は僕の目を見て、
「目線で何をするかわかる。顔だけ取り繕っても、口、目、足、手、いろんなとこから読まれるよ。気をつけて」
優しくそういった。
優しいのは言葉だけで、表情はまさしく氷のようで、殺気を放っている。怖い。
でも、なんでアドバイスなんてしてくれたんだろう。
「ありがとう……ございます」
なんとか声を出し、そう言って、
「なんで教えてくれたんですか?」
と質問する。
『氷雪』は、
「何だっていいでしょ」
と言ってカジノを出ていってしまう。
――ああ、面倒が終わった。
僕は溜め息を吐きカジノを出て、ショードル医院へと足を進めた。
ただの女子でも英雄になれます。 あいれ @wahhuru
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