第17話 第一章エピローグ

 周辺の地形ごと黒天達を消し飛ばせる火球を生み出した蒼炎が、空から降ってきた大量の水に飲み込まれて消火された。


「……はぁ?」


 あまりにも予想外の展開に、一か八か火球を発勁で打ち消そうと構えていた黒天が間抜けな声を上げる。

 今なお轟々と音を立てて天から降り続ける大量の水は、蒼炎を飲み込むとパリンパリンと連続して能力を打ち消す音を発生させており、あの水が心歪能力であることを証明している。

 しかし能力者の姿はどこにもなく、只管ひたすらに蒼炎は水責めを受け続けていた。


「……」

「えっと……大丈夫かい?」


 長かった水責めが唐突に終わると、そこには燃え尽きた蒼炎が立っていた。燃え上がっていた炎は全て消え、ツンツンだった頭がへんにゃりと萎れている姿は、さっきまで敵だったルクスをしてあまりの惨めさに心配の声をかけるほどである。


「……これが大丈夫に見えんなら、病院を進めるぜぇ。目じゃなくて頭のなぁ……」

「嫌味にも覇気がなくなってんなあ」


 顔の前へと垂れていた髪を後ろにかきあげる蒼炎だが、それだけで大量の水がびちゃびちゃと飛ぶ。

 見るからにテンションが下がっている蒼炎に、攻撃すべきかどうか視線で相談する黒天とルクス。

 それを見た蒼炎が重々しくため息をついて手をプラプラと振った。


「やめだやめだぁ。んな状態で楽しくやり合えるわきゃねぇだろうがぁ。今日の所は引いてやるよぉ。だがなぁ……」


 やる気が無くなっていた瞳をもう一度鋭くして黒天達を見据えた蒼炎に、二人は思わず身構える。

 戦闘態勢をとった黒天とルクスを、蒼炎は順番に指差しながら牙を向いた。


「末幸 黒天と……あー」

「……ルクスだよ。ルクス・クレマチス」

「ルクス・クレマチス。てめぇらの顔は覚えたからなぁ。次にあった時がてめぇらの命日だぁ!楽しみに待っとけやぁ!あばよぉ!」


 言いたいことだけ言い捨てると、蒼炎は大きくて跳躍し背後の建物の屋根の上に着地。足場にした建物を次々に破壊しながら撤退していった。


「なんとか生き残れたな……」

「僕達の勝ち……だね」


 蒼炎が移動している破砕音が聞こえなくなるほど遠く離れてから、ようやく黒天とルクスの二人は体から力を抜く。

 蒼炎との勝負に勝てたとはとても言えないが、二人とも生き残った時点で、試合には勝てたと言っていいだろう。


「っと……悪いな……」

「ううん。黒天くんが助けに入ってくれなかったら、僕はどうなってたか分からなかったからね。君には大きな借りが出来てしまったよ」


 死の危機が遠ざかった事で黒天の能力が解除され、ふらついた体をルクスが支えた。


「なら……一つ頼んでもいいか……?」

「うん。僕に出来ることならなんでも言って」


 女の子ならば九割がキュンときそうな、貴公子の笑みを浮かべるルクスを見た黒天は……それを最後に瞳を閉じた。


「俺はちょっと寝るから……後は任せた……」

「え?黒天くん?黒天くん!?しっかりして!君にはまだ―――」


 緊張の糸がプッツリと切れた黒天は、全身を炎で焼き切られ燃やされた衝撃が一気に襲ってきて意識を失った。


(なんか俺って、戦う度にボコボコにされて気絶してる気がする……)


 黒天が最後に思ったことはきっと間違いではない。


  ◆◆◆


「大変良くやってくれました。私の主人も満足しています」

「……嫌味かよ。最後マジになっちまったのは悪かったよぉ」


 郊外にある路地裏。そこで蒼炎は一人の女性と会っていた。

 彼女が「今回の報酬です」と渡した札束を受け取ると、一枚一枚数を数えていく。


「いいえ、それも含めて大変良い結果だとの事です。これであの子達は外に居る強敵の存在を知り、更に強くなる事でしょう」

「融和派ってのは大変だなぁ。襲われるってんだからよぉ」

「いいえ。これは必要な事です。あなたがあの子達の命はなかったでしょう。その様な相手が存在することを、あの子達は学ばなければならない」

「ハッ!俺様ぁキッチリ報酬が貰えりゃ、理由なんざどうでも良いがなぁ。……ん? 」

「はい。あなたがそう言う考え方だからこそ、私達もあなたに仕事を依頼するのです」


 札束を数えながら女性と会話していた蒼炎だったが、数えていた指を途中で止めてもう一度最初から数え直す。再び同じところで指が止まった蒼炎は、目の前の女性をじろりと睨みつけた。


「……契約と金額が違うんだがよぉ。こいつぁどう言う了見だぁ?あぁ?」

「はい。私の主人はあなたの仕事に大変満足しております。そのため特別報酬をと」

「必要ねぇ」

「はい?」

「契約は、約束ってのはなぁ。事前に結んだ通りにやらなきゃ意味がねぇんだよぉ。てめぇわざとやってんのかぁ?喧嘩なら買うぜぇ?」

「いいえ。今はあなたと敵対する予定はありません。こちらは主人に返しておきます」


 顔に怒りを浮かべて睨みつける蒼炎だが、女性の方は一切気にする様子もなく、追加された分のお金を受け取ると鞄へとしまい込んだ。


「チッ。ほんとに張り合いのねぇ女だ。『ここに契約は果たされた』俺様はもう行くぜぇ」

「いいえ。最後に一つだけ。あの子達と戦ってみて、何か気づいた事はありますか?」

「気づいた事だぁ?んなもん……あ〜」

「はい。何かありますか?」

「……いや、ねぇよ。あばよ」


 何かを言いかけた蒼炎だったが、結局何も言わずに背中を向けてヒラヒラと手を振りながら去っていく。


(契約中はともかく、契約が終わった後まで協力してやる義理はねぇからなぁ)


 アジトへと足を進めながらも、蒼炎が思い出すのは黒天の姿だ。久々にプライドを傷つけられた憎い相手ではあるが、それだけではなく黒天の容姿が蒼炎の意識に引っかかっていた。


(一番最初に変身した時。アイツの全身を闇の粒が覆ってやがった。しかも瞳が赤くなるなんざぁ、どう見てもじゃねぇかぁ)


 動物系のトラウマを持つ心歪能力者が、その動物に似た姿になる能力を得ることはある。だが、世歪生物に似る事だけはありえない。何故なら、世歪生物は心歪能力者にならなければ見えないからだ。

 世歪生物に似た姿になる能力を得るためには、心歪能力者になる前に世歪生物を見なければならないが、世歪生物は心歪能力者にならなければ見ることは出来ない。これではアベコベ。矛盾である。


(……いや?有り得るのかぁ?アイツの潜在エネルギーがバカみてぇに高いのもそれなら説明が……)


「あ゛ぁ!やめだやめ!なんで俺様がアイツの能力を真剣に考察しなきゃなんねぇんだぁれせっかく金が手に入ったんだぁ。美味いもん喰って寝るかぁ!」


 何かを掴みかけた蒼炎であったが、黒天の為に頭を使うのがバカバカしくなって思考をぶん投げた。


  ◆◆◆


「なるほどのぅ。黒髪の小僧はそれなりに使えそうじゃったか」

『はい。暴走することもなく戦闘を行えていましたし、戦闘力はこれからも伸び続けるでしょう。ただ、自身の生存が第一であるが故に、最善だと判断すれば仲間や自身が危機に陥るのを厭わない危うさは感じました』

「―――誰よりも死を恐れるが故に、誰よりも死地へと踏み込む、か。カカッ。心歪能力者らしい歪んだ能力じゃな」


 もはや黒天専用っぽくなってきた医務室のベッドに黒天が搬送されてからしばらく後。時香は自室で今日の戦闘の報告を受けていた。


『ルクス・クレマチスも今回の戦闘で学ぶ所は多かったようです』

「うむ。成長には経験が一番じゃからな!良きかな良きかな」

『はい。戦闘の報告は以上ですが、もう一つ報告したい事が』

「ん?なんじゃ?」

『三本爪の狼についてです』

「……ほぅ」


 行儀悪く足をバタバタさせていた時香が、ピタリと足を揃えて話を聞く姿勢になる。

 黒天が暴走状態の時にとった姿である三本爪の狼。その正体が気になった時香は、この女性に調査を依頼していたのだ。


『三本爪の狼は、一部の地域で信仰されている土着神のようです。『天喰らう大神』とも呼ばれ、三本の爪は陸海空を等しく引き裂き、その牙は月を喰らうと伝えられています』

「ちょっと待つのじゃ。三本爪の狼は動物ではなく神なのか?では、もしも世歪生物として三本爪の狼が現れたとするなら……」

『はい。その分類は《獣形じゅうけい》ではなく《幻形げんけい》となるでしょう。危険度の差は比べ物にもなりません』

「なんということじゃ……」


 時香は度重なる黒天との特訓でその能力を大体把握していた。

 黒天は自分で見た動きを学習し、模倣する事ができる。つまり、黒天は時香と出会う前に《幻形》と出会い、その戦い方を模倣できるほどに戦う姿を見ていた事になる。

 《幻形》と言えば世歪生物の中でも最高位の存在であり、時香ですらも相性によっては勝てない相手だ。

 そんな相手が戦う姿を見続けるとは一体どんな経験をしたのか非常に気になるところであるが、どうにも黒天にはその時の記憶が無いようなので聞き出すことはできないだろう。あの姿も暴走している時限定であり、能力が制御出来ている間は三本の爪を再現する事もできなかった。


「……ん?待つのじゃ。もし、もしもじゃぞ?相手の能力を模倣できる能力者が、三本爪の狼の能力を完璧に模倣したとしたら……」

『はい。《幻形》の能力を取り込んだ能力者となれば、現状の能力者の中でもトップクラスの実力と言えるでしょう』


 その言葉を否定出来ない時香は、ベッドで眠り続ける黒天の姿を思い描く。

 今はまだまだ子犬の様に力の弱い黒天だが、時間が経てば経つほどその力は増していく事だろう。


「ゆくゆくは何に化けるかのう。犬か狼か、果ては神にまで至るかもしれんのう」


 楽しみじゃ。と呟く時香は、穢れを知らぬ童女のような笑顔でニコニコと笑い続けた。


◆◆◆


『心歪能力者は狂い舞う』第一章 学園入学編

 これにて完結とさせて貰います。

 第二章から第五章まではクラスメイト四人と四つの敵対陣営に、一組ずつピックアップしてストーリーを進めていく予定です。

 二章を書き終えたら再び連日更新しますが、しばらくリアルの仕事の方が忙しく更新は遅れます。

 なので、少しでもこの作品を気に入ってくれた方。続きが気になると思ってくれた方がおられましたら、『ブックマーク登録』と『更新通知』をよろしくお願いします。いやマジで。二章書こうとして読者全く居ないとか心折れかねんもん。

 最後に一章終了時点で判明している黒天のプロフィールを乗せておきます。それではまた二章で会いましょう!


◆◆◆


★末幸 黒天 (まつゆき こくてん)

所属 融和派

禁忌 死

能力タイプ 変身型

能力特徴 死にかけていると感じると能力が発動する。死の実感が強いほど能力の出力が上がり、制御限界を超えると暴走する。

出力10% 両手に篭手を装着する。

出力15% 両手の篭手+武器。

出力20% 両手の篭手+マント。マントを出した場合武器は出せない。

出力20%~ 不明

名前の由来 待雪草まつゆきそう(スノードロップ)

花言葉 『慰め』『希望』『死(諸説あり)』

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心歪能力者は狂い舞う @tetometo

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