第16話 美しくあれ
「『発勁』!!」
「ゴバァッ!?!?」
(すごい……)
黒天が蒼炎を吹き飛ばす姿を、ルクスは地に伏せたまま見ていた。
ほんの十数日前の戦う術を一切持たない黒天を知っているだけに、ルクスの驚愕は大きい。この短期間にあそこまで戦闘力を上げることは、少なくともルクスには不可能である。
(それでも、僕は……)
だが黒天の急成長を理解しても、黒天の存在を認める事はルクスには出来なかった。それは偏にルクスの
美しくないものを認める訳にはいかない。認めてしまえば、ルクスの存在そのものを否定してしまうことになるのだから。
◆◆◆
ルクスが初めて黒天を見たのは、クラスメイトの女子三人+時香と世歪生物を退治に行った時であった。
ふと、気配を感じたルクスが背後を振り返ると、ビルの上から落ちてくる人影が目に入った。
世歪生物に落とされたならともかく、ビルからうっかり落ちて死んでしまった場合は世界も復活させてはくれない。
慌てて助けに行こうとしたルクスだが、直後に身を襲ったおぞましい気配に身を竦ませた。
(なんだ……この禍々しい気配は……!)
それは美醜に拘り光を操るルクスだからこそ強く感じた違和感。闇を纏い死を否定する獣がビルを駆け上がり天へと登っていく姿は、ルクスに冒涜的な嫌悪を抱かせた。
◆◆◆
(その次にあった君はビルに頭から埋まっていて、決闘では再び暴走して嫌な気配をまた放っていた……)
これで、黒天に好意的な感情を抱けと言う方が無茶である。
黒天が黒天である限り。ルクスがルクスである限り。二人の道が交わる事は無いとルクスは思っていた。
(だけど現状はどうだい?僕は敵にやられて地に伏せ、彼が僕を守って敵を倒してくれた。ハハハ……なんて無様なんだ)
パリンと音を立てて、ルクスの顔に入った罅が大きくなる。
額から順番に裂けている割れ目は既にルクスの口元まで伸びており、この割れ目が顎まで到達してしまえばもう後戻りは出来ないとルクスは直感的に悟っていた。
「おい、イケメン野郎。お前何がしたいんだ?」
このまま進めば破滅しかないと分かっていながらも、一人では立ち止まることも出来ないルクスに頭上から声がかかった。
気が付くと黒天がルクスを見下ろしており、その顔には不機嫌そうな表情が張り付いている。
(何がしたい……か。本当に僕はこんな所で何がしたいんだろうね……)
黒天に返事をしようとして、裂け目のせいで口が上手く動かなかったルクスは黙って俯くことしかできない。
「あー。聞き方が悪かったか。俺が聞きたいのは、お前が何を望んでいるのかってことだ。
理事長に聞いたんだが、心歪能力はトラウマを克服する為に発現するんだろ?なら、お前は何を願って能力を得たんだ?その能力は何をするために発現させたんだ?」
ぼんやりと霞んできた思考の中に黒天の言葉が滑り込んでくる。
考えるでもなく、条件反射のようにルクスはその声に答えていた。
(僕の……望み……?願い……?そんなのは決まっている……ボクは……ワタシは……)
「美しく……なりたい……」
醜いことは罪だから。美しくないものに存在価値などないから。
綺麗なことは義務だから。美しければ認められるから。
「なら、そんな所で寝てんなよ。せっかく得た綺麗な顔も、誰にも見せなきゃもったいねえだろ?」
美しくない現状を打破するために能力を得た。それなのに、再びルクスはこうして地に伏せる現状に甘んじている。おかしなことだ。現状を打破するための
「顔を上げろイケメン野郎。お前は美しいぞ」
ルクスが美しいなら、美しくないのは現状だ。周囲の状況だ。ならばやる事は単純にして明快。そんな現状は否定すればいい。
「いつまでも地に伏せたままなのは……『美しくない』よね」
パリンと音が響きルクスの否定能力が発動する。伏せていた体は強制的に浮き上がり、服に付いていた泥汚れも全て消え去り新品同然の美しさを取り戻す。
倒れる事が美しくないのなら、立ち上がればいい。それ以前に倒れなければもっといい。倒れないことが美しい事ならば……何度刻まれようと屈しずに立ち続けた黒天を、『美しくない』とはとても言えないだろう。
「君には礼を―――」
暴走一歩手前から立ち直り、完璧なイケメンフェイスに戻ったルクスが、黒天に笑顔でお礼を言おうとして―――直後に表情が凍りつく。
ルクスへと向き合う黒天の背後。壁に激突して気絶していた蒼炎が、両手に炎の双剣を持って文字通り黒天に飛んで来ていたのだから。
「まつゆきこくてぇぇぇぇぇん!!」
青い炎を勢い良く噴射し、その反動で弾丸の様に空中をぶっ飛んでくる蒼炎が、無防備な黒天の背へと右手に持った短刀を袈裟斬りに振り下ろす。
なんとかしなければと気ばかりが逸るルクスだが、立ち直ったばかりで能力が不安定なルクスにはどうする事もできない。
何者にも阻まれずに蒼炎は短刀を振り下ろし……
「読んでたさ。お前があの程度で死なないことはな!」
その一撃は空を斬った。
姿勢を低くしながら右足を軸に回転した黒天は、斜めに振り下ろされる刃を回避し、カウンターの裏拳を蒼炎の頬に叩き込む。
回転のエネルギーが乗った一撃は、蒼炎の頬を強かに打ち付け……なんの抵抗もなく貫通した。
「なっ!?」
「読んでたぜぇ?てめぇがこの程度読んでることはなぁ!」
黒天の拳がぶち抜いた蒼炎の頭は、青い炎が陽炎の様に揺らめくだけで物質を殴った感触は全くしなかった。
頭から始まった蒼炎の陽炎化現象は瞬く間に全身へと広がり、青い人型の炎となった蒼炎はそのまま黒天へと突っ込む。
「ぐっ!あっつ!」
咄嗟に両手で頭を庇った黒天だが、篭手に守られた頭部以外の体の前面の広範囲に酷い火傷を負った。
最初に当たったのが篭手であったが故に、能力同士が打ち消しあって多少火力が下がっていたが、その程度何の慰めにもならない。間を置かずに治癒能力が発動して少しずつ火傷が治っていくが、動ける様になるまでに多少の時間はかかるだろう。
「灰も残さず消しとべやぁぁぁぁ!!」
「黒天くん!!」
その多少の時間を黙って見ているつもりは蒼炎にはなかった。
先程の意趣返しか、右の拳に圧縮させた炎を握りこんだ蒼炎が黒天の背へと拳を振るう。
ルクスが悲鳴じみた叫びを上げるが、それで止まる蒼炎ではない。黒天の背中を全力でぶん殴った蒼炎の拳が爆発し、黒天は弾丸の様に吹き飛んで正面の建物へとぶち当たった。
「そんな……黒天くん……」
「……チッ」
常識的に考えて、爆発で挽肉になった上に壁の染みになっていても何もおかしくない一撃である。
絶望に顔を歪ませるルクスだが、蒼炎はそう思っていないらしく、忌々しそうに土埃の先を睨みつけている。
「ピンチになる度に新しい能力に目覚めるってかぁ?ふざけんのも大概にしろやてめぇ!」
蒼炎が掌の上に生み出した青い炎の球を土埃の中へ撃ち込むと、パリンと音がして弾かれた炎弾が天へと上っていき破裂した。
「心歪能力者はカッコつけてなんぼなんだろ?どうよこのマント。かっこよくね?」
「黒天くん……!」
砂埃が晴れた後には、足首までの長い漆黒のマントを身につけた黒天が立っていた。
蒼炎の爆裂パンチが当たる直前に発生したこのマントが、蒼炎の炎を殆ど遮断したお陰で黒天は命を繋ぐ事ができたのだ。
「殺す。もう殺す。灰も残らず焼き尽くしてぇー一ー」
「『光よ』!」
「ッ!チィッ!」
両手に炎を集めて黒天ごと周囲を焼き尽くそうとした蒼炎だが、背後からルクスに光の矢を撃ち込まれ、身を翻して距離を取る。
「よう、
「正直言うと今すぐ夢の世界に旅立ってしまいたいけどね。先に火の始末をしてしまわないと心配で眠れない
「能力制御時間の自己ベストを現在進行形で更新中だからな。嬉しくてテンション上がってんじゃねえか?」
現在の黒天の出力は二十パーセント。制御出来る限界値であり、少しでも気を抜くと暴走してしまいそうである。次に死にかけたならば、正気を保つのは不可能だろう。
「もし俺が暴走したら……お前が止めてくれよ?」
「ふっ。考えておこう」
「そこは即答しろよ!じゃねぇと……意地でも暴走できねえじゃねえか」
初めて共闘の意志を結んだ黒天とルクスが蒼炎を見据える。
治癒能力がないルクスは胸元をバッサリ斬られたままで、暴走しかけた事により扱える力の殆どを失っている。
黒天は体中に無数の切り傷が刻まれ、体の前面の殆どを火傷している。治癒能力で少しずつ治ってはいるが、立って構えているだけで奇跡的な重症だ。能力も暴走一歩手前であり、余裕は皆無と言えるだろう。
「今生の別れは済んだかぁ?てめぇらは灰も残さず消し飛ばしてやるから、墓はねぇぞぉ?」
「なんだ?話が終わるまで待っててくれたのか?悪党の鑑だな。いや、噛ませ犬の鑑かあ?」
「……それが最後の言葉で後悔ねぇんだなぁ!!」
蒼炎が牙を剥いて獰猛に笑うと同時に、その全身から青い炎が吹き出す。
一人だろうと二人だろうと、地形ごと消し炭にするのに十分な火力が蒼炎の周りに集っていた。
「辺り一帯ごと、纏めて消し飛ばしてやらぁ!!」
無秩序に暴れ回っていた炎が一点に収束され、超高温の火球爆弾となる。
大きくて振りかぶった蒼炎が、火球を黒天達に投げつける構えを取り……直後に空から降ってきた大量の水に飲み込まれて消火された。
「……はぁ?」
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