第15話 黒天VS蒼炎②
「灰になりなぁ!」
「グッ……」
戦闘の状況としては先程とあまり変わらない。蒼炎が烈火の炎の様に苛烈に黒天を攻め立て、黒天は両手の篭手でその攻撃を凌ぐ。短刀と篭手がぶつかる度にガラスが割れた音が響き、両方の保有エネルギーが削れていく。物理武器での戦いと違うのはここだ。攻め側も受け側もぶつかる度に消耗していく。故に、攻め側が一方的に相手を削れる訳ではないが……今は攻め手である蒼炎の方が優勢だった。
先程までの、蒼炎の炎がしっかりと武器の形をしていた時は、その炎の熱は刀身の極近距離にしか届いていなかった。しかし、今の蒼炎の短刀からは激しく炎が燃え上がっており、激突の度に刀身から溢れた炎が篭手に守られていない黒天の体を焼いていく。
一撃で致命傷になりうる短刀の直撃は何とか防ぎ切っているものの、この余波だけでも黒天の治癒力を上回るダメージを与え続けている。
ジワジワと体力を削られ続ける黒天だが、追い詰めているはずの蒼炎も予想外の黒天の粘りに舌を巻いていた。
(火力を上げた俺様とこれだけ打ち合っておきながら、能力の底が全く見えねぇ。奴の
「おらおらぁ!気ぃ抜いてっと灰も残んねぇぞぉ!」
「チッ!クソっ!」
連撃の途中で蒼炎の動きが変わる。力に任せて叩きつけるだけだった攻撃にフェイントが混ざり始めた。
自由に跳ね回る炎の動きにようやく対応出来始めたばかりの黒天は、このフェイントに面白い様に嵌ってしまう。武器を持った相手との対人戦の経験がほぼ皆無な黒天にはフェイントを見破れるだけの経験がなく、炎の短刀が切り裂いた焼け爛れた後が体中に増えていく。
一秒ごとにボロ雑巾に近づいていく黒天だが、それを行っている蒼炎には全く余裕がない。
(おいおいおいおい、なんなんだよコイツはよぉ!コイツは対人戦に慣れてねぇ。フェイントの尽くに引っかかる事から間違いねぇ。ならなんで、同じフェイントが二度と通じねぇんだぁ!?)
そうしている間にもまた一つ。黒天が蒼炎のフェイントを学習して弾いた。
蒼炎にも切ってないカードはまだまだあるし、今すぐ手詰まりになる訳ではない。それでも、確実に取れる手は減り続けている。
(戦いの中で成長してるとでも言いてぇのかぁ!?少年マンガの主人公じゃねぇんだぞぉ!ガチモンの勇者にでもなったつもりかぁ!)
時が経つほどに不利になるのであれば、短期決戦で決めようとするのは当然だろう。だが、蒼炎は黒天を攻めきる事が出来ずにいた。
「っとぉ!あぶねぇ!」
「チッ!てめぇ脇腹に目でも付いてやがんのかぁ!」
「そんな変な場所には付いてねぇよ!」
チャンスは何度でもあった。避けられないタイミング。認識できない死角からの一撃。しかし、黒天に致命傷を与える筈だった一撃は、尽く黒天の篭手に阻まれていた。軽傷なら通るが致命傷程通らないため、イマイチ決め手にかけている。
(ここまで全部弾かれるとなりゃ、運でも勘でも無く能力だろうなぁ。発動条件からして、徹底的に死ににくくなってんのかぁ?めんどくせぇ!)
黒天がフェイントの一つ一つではなく、蒼炎の動き自体を学習しだし、初見のフェイントにもかかりづらくなってきた。勝負を決めるのであれば、完全に対応される前。すなわち今しかない。
黒天の挑発ではないが、切るべきタイミングで手札を惜しんで負けるようでは意味がないのだから。
「プッ!」
「うえっ!?きたなアッツ!」
蒼炎が黒天の顔へ向けて唾を吐き出し、嫌な顔をした黒天は直後に頬を襲った熱さに驚いて左手の甲で唾を拭う。
口の中で炎を燃やした蒼炎が、熱した唾を黒天に吐きかけたのだ。目に入れば最高だったが、頬であろうと片手で拭えば隙ができる。例え脇腹に目が付いていても、次の一撃は防げない。
「っ!しまっ!」
「これで終いだぁ!灰になれやぁ!」
蒼炎が右手で握った短刀が黒天の左脇腹に迫る。防御も回避も間に合わない。次の瞬間には確実に黒天の腹を切り裂く。
蒼炎が幻視したその光景は、ガラスが割れる音と共に阻まれた。
「今のはガチで死ぬかと思ったぞ、マジで!」
「んなら、そのまま死んどけやぁ!」
蒼炎の青い炎で作られた短刀を防いだのは、漆黒の炎で作られた槍だ。
黒天の防御が間に合わず、短刀が脇腹を切り裂く寸前。黒天の手中へと集まった漆黒が長い槍となって地面を貫き、ギリギリで短刀の一撃を防いでいた。
(能力を使った……いや、増えたかぁ?感じる能力の出力自体が上がってやがる。禁忌で出力が上がるタイプの能力者か……本気でめんどくせぇぞおぃ!)
「次はこっちから行くぞ!」
予想外の事態に一瞬動きが止まった蒼炎から距離をとった黒天は、引き抜いた槍を体の周りでクルクルと回す。
見覚えのあるその動きは、先程蒼炎が行ったものと寸分違わず同じものだ。注意して見てみれば、槍の長さも構えの癖も蒼炎のものに非常に良く似ている。
「はんっ!何をするかと思えば、俺様の猿真似かぁ?んな付け焼き刃が通用するほど甘かねぇぞぉ!」
体の回転と槍の回転を活かしたトップスピードでの振り下ろし。
蒼炎のお気に入りの技を模倣して放たれた一撃は、槍自体が伸長することも相まって非常に避けにくい。しかし、自分の技の弱点の把握を怠るほど、蒼炎は間が抜けてはいない。
(最も威力が出るのは槍の先端。懐に飛び込んじまえば回転力はほぼ生かせねぇ……!)
致死の一撃の内側にあえて飛び込む判断を一瞬で下した蒼炎は、黒天が槍を振り下ろす前に肉薄することに成功する。
頭上でクロスさせた短刀で漆黒の槍の一撃を受け止め、死に体となった黒天をX字に切り裂くつもりだ。
(カカカ。お仲間と同じ傷ができんだ。さぞ嬉しいだろうなぁ!)
勢いが乗った槍はもう止められない。蒼炎は今度こそ自分の手で黒天を切り裂く未来を見て……あまりの手応えの無さにたたらを踏んだ。
「なっ?ん!?」
「俺の槍さばきが付け焼き刃だって?その通り。付け焼き刃さ。俺の本領は……」
驚愕に目を見開いた蒼炎が見たのは、拳を引き絞る黒天の姿。
渾身の力で振り下ろされた筈の漆黒の槍は、黒天の手をすっぽ抜けて蒼炎の背後に落ちていく。
「
完全に不意を突いた黒天の拳は、一本の矢の様に蒼炎の腹部目掛けて発射された。
(迎撃。間に合わねぇ。防御しろぉ!)
蒼炎が腹筋に力を込めると、鍛え上げられた肉体は鋼の如く固くなる。更に蒼炎の意思に従って蠢いた炎が蒼炎の腹部へと纏わりつき、即席の防具となった。
「ッ!……あ゛?」
訪れるであろう衝撃にそなえ歯を食いしばっていた蒼炎は、予想外に衝撃が来なかった事に困惑した。
蒼炎の腹部を撃ち抜くために放たれた筈の黒天の拳は、何故か蒼炎に命中する直前で失速したのだ。それどころか、黒天は握りこんでいた拳すら解き、蒼炎の腹筋へと優しく掌を添える始末である。
『殺し合いの最中に殴りかかってきた相手が腹筋を撫でてきた』
何を言ってるか分からないと思うが、蒼炎も何をされているのか分からなかった。蒼炎の常識には無い黒天の行動に、次の一手を一瞬迷う。黒天が次の手を打つにはその一瞬で十分だった。
「『発勁』!!」
「ゴバァッ!?!?」
蒼炎に触れている黒天の掌から、炎の鎧も鋼の肉体も等しく吹き飛ばす衝撃が放たれ、黒天の足元のコンクリートが蜘蛛の巣状にひび割れる。
予想外のタイミングで圧倒的衝撃を叩き込まれた蒼炎は、口から血を吐き散らしながら背後の建物へと激突して……意識を失った。
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