7章:ジャックVS清明 そして月

 孔雀霧生は赤々と燃える火の中で一瞬驚いていた。


 彼は決して素人ではなく、戦闘特化・隠密特化のリバース。『切り裂きジャック』の使い手として、確かな腕を持っていた。


 予想外の事柄などおよそ予想の範疇。


 例え丸腰がいきなり重武装に変わった所で驚きはしない。


 しかし、


 目の前の素人がリバースを、ここまでの規模で使えるとは思わなかった。


 『陰陽術で焼き尽くす』


 アレはハッタリだった。


 しかし、今まさに自分を焼いている火は紛れもない自分を焼き尽くせる威力ではあった。




 が、




 「舐めるな。素人がまぐれで出した火ぐらいで……………………………………………………傷一つ付くか。」


 炎の中から人影が消えた。




 サバイバルナイフに人を消す力等無い。


 しかし、彼のリバース、『切り裂きジャック』は殺人鬼、切り裂きジャックの能力を有している。


 彼の伝説。それは殺すこと、そして捕まらない事。


 言わば透明化の能力であった。
















 「え?消えた?」


 轟轟と燃え盛っていた火柱に映っていた人の影が消えた。


 陽炎のように。


 実際周囲に陽炎は起こっていただろうが、だからと言って人が消える訳は無い。


 リバースの能力だろうか?透明人間?


 しかし、それならそれで


 「やり様はある!」


 さっきの炎。


その前に「焼き尽くす」と口にした後だったからなのか、頭に火柱が浮かんだ状態でリバースを使おうと意識したら出てきた。


 何となく使い方が解った。


 そして、陰陽師、と言ったら「木火土金水」


 次に使うのはこれだ。


 「水出ろ!」


 自分を中心に水が湧くイメージを頭に浮かべる。


 それに呼応し、札が水色に光ると同時に自分中心に水が何処からともなく湧いて来た。


 それは決して人を溺れさせるような、激流ではない。


 満足に動けない刃が居る。そんなこと出来ない。


 それ以上に、この水量で十分だ。


 グチャグチャグチャ


 水でぬかるんだ地面を歩く独特の音が聞こえる。


 例え姿を消せても足跡までは消せない。


 「木よ生えろ!」


 札が淡く緑色に光る。


 ぬかるみ、抉れたばかりの地面。その足元が割れ、幾つも芽が出てくる。


 芽は凄まじい速度で成長し、太く、大きな木へと、小さな、局所的な森に変貌を遂げた。


 その森の中心は何かを避けるかのように空洞があった。


 ぼんやりと空洞に色が付き始める。


 そこには消えた暗殺者が居た。


 「久しぶり。そしてさようなら。」


 札が赤く光る。


 またしても暗殺者の足元が光り出し、またしても炎上する。しかし、今度の火は先程の比ではない。


 「あ、あ、あ、あ、あ……………………………………………………………………………………………………。」


 今度は逃げられない。火の中で静かに悶えている。


 木生火。


 火は木によって強まる。


 しかも先程と違って樹木が拘束していて逃げられない。


  「あ、あ、あ、あ、あ……………………………………………………………………………………………………………………                         」


 意識が飛んだ。














 「さぁて、と。大丈夫か、刃?」


 燃えた木の中の暗殺者を放って刃の元へ行く。


 「あぁ、まぁ、な………。」


 苦痛に顔が歪みながらも僕の手を取りながら立ち上がる。


 とりあえずは大丈夫そうだ。


 「で、どうするんだ?あいつ。放置していたら又追って来るぞ?」


 そう言って苦痛に歪んだ顔で立ちながら気絶している暗殺者を見る。


 確かに、あの男が又来るのは厄介だ。が、かと言ってどうしろと?僕はあの男のように殺すことに迷いが無い男ではない。


 劇的な人生=殺戮 というのは違う。僕の求める者じゃない。


 じゃぁどうしようか?


 そんな風に考えている内に体が勝手に動いた。その足が向く方向は気絶している暗殺者の方。


自分の身体が自分とは全く別の意志で動いたかのように、札を掴み、相手の頭にそれを掲げる。


「忘れるんだ。」


自分の声。しかし、勝手に口が動いている。自分の声で、それでいて別の声。


この行動の意味が解らない。これは僕の意志ではない。


しかし、この行動が一体なんなのか、解ってしまう。




「さぁ、刃、君の傷の手当だ。」


 勝手に手足が動く、札を手放す。札が刃の傷に吸い込まれるように貼りついた。


 剥がれて札が手に戻ってくる時には刃の服にだけ、穴が空いていた。




































 孔雀霧生は目を覚ました。


 月が綺麗だ。


 いや、そうじゃない。




「俺は…………………………………………………………………………………………………何をしていた?」


 自分が何処に居るのかが解らない。


 象の滑り台がある。ここは……………公園だろう。


が、ここに如何やって来たか、どうしてここに来たか、解らない。


 どうして俺はここに居る?


 自分の元居た場所は解る。


 自分の名前も解る。


 何の為に来たかが解らない。


 何をしに来たかが解らない。


 忘れた。とか、思い出せない。とかではなく、解らない。




「まぁ……………………………………………………………………………………………………………………いいか。」




 その程度の事だろう。大したことではない。


 「あれで、本当に良いのか?」


 僕に体重を預けて歩く刃は辛そうな声でそう言った。


 「あぁ……。多分。あれで、大丈夫だ。」


 確証は無い。が、不思議と自信があった。


 あの人はもう僕の事を、僕達の事を忘れてしまった………と。


 「………で、どうするんだ?お前の事を今回のヤツが忘れても、他の奴等が又来るぞ?家に戻るのか?」


 心配そうで、苦しそうで、辛そうで、そんな顔をしていた。


 彼はリバースとして長かったのだろう。


 だからこそ、僕がこれから死ぬ迄負う力、責任、運命、十字架、栄光、名誉、そして、闘争、逃走………………………それら未来に起こり得る出来事を知っているのだろう。


 それを思って心配してくれているのだろう。


僕の、『安倍晴明』のリバースホルダーとなった、なってしまった男の、未来を案じてくれているのだろう。




 が、




 「もう、なってしまったんだ。そしたらもう、諦めよう。」


 平和な凡人生活を、なんでもない億把一絡げの人間の人生を。


 「その代わり、これからの人生を楽しもう!なぁに、人生生きていれば楽しい事は有るさ。」


 明るく考えよう。




 このリバースは僕の元から相変わらず離れてくれない。


 このリバースを狙って来る奴等は他にも沢山やって来る。


 死者蘇生の力を持ったリバースの適合者である限りどうせ逃げられない。






 もう、逃げられない。




 ならば、楽しもう。






 このリバースを。


 狙って来る奴等のリバースを。


 追って来る奴等との鬼ごっこを。








 まぁ、何とかなるだろう。


 空を見上げるとそこには月が輝いていた。


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