6章:安倍晴明(あべのはるあき)というたった一人の男の劇的な物語の始まり
身に覚えがあった。
今日、もう昨日か。
僕はリバースホルダー同士の争いから女の子を救って死ぬという夢を見た。
いや、夢だと思い込ませた。が正しいのだろう。
あの時の感覚は現実だと思った。死の感覚であった。
しかし、その後僕は目覚めて家に帰り、暗殺者に狙われてここまで来ている。
生きていた。
だから、僕は日中の出来事は夢だと思っていた。
しかし、今聞いた死者蘇生の話。
荒唐無稽だが、もし、夢だと思っていた昼の出来事が現実だったなら………
血だまりや火傷が消えて無くなった理由が、
死の感覚を体感しながら生きて鼓動を感じられるこの状況が、
何処からともなく現れた不思議なお札が
なんの変哲も無い僕を狙うリバースホルダーの目的が
簡単に説明できる。
血だまりや火傷をリバースが治した。
死者蘇生が起こり、死んだ後、僕は生き返った。
適合者たる僕の元に一人歩きしてリバースがやって来た。
死者蘇生という人間の悲願を叶えられる僕を手に入れる為。
「……………、これは………捨てられないのか?」
劇的な人生は楽しいかもしれない。が、苦労も多いだろう。
毎日あんな暗殺者と大立ち回りをするなんて僕は御免だ。
何処にでも居る青年で構わない。そんな生きるか死ぬかをやっていたくはない。
しかし、刃の表情は浮かないものだった。
「………、残念ながら。無理だろう。お前はゴミ箱に捨てたのにそうやって懐に来たところを見ると、どうもお前とそのリバースには強い絆が出来ているようだ。捨てられないだろう。何より………………………」
そう言って何かを言おうとした次の瞬間、刃が倒れた。
「レアなリバースとその適合者を逃がす訳が無い………………………………………………だろ?」
刃の背中には赤い大輪の花が、今まさに咲こうとしていた。
その花を咲かせたのは大振りのサバイバルナイフ。
先程まで僕の命を付け狙っていたものであった。
衝撃的な事実に打ちのめされて僕は背後からの暗殺者に気付かなかった。
その顔は月明かりと公園の街頭に照らされているにも関わらず、どんな顔をしているかが全く分からなかった。
「お前がリバース、『安倍晴明』のホルダーか?もしそうなら、俺と一緒に…………………来い。」
サバイバルナイフを街頭と月明かりに煌めかせていた。
表情は解らないが、冷徹さは見て取れた。
「お前を連れて来い。という命令だ。死体だと駄目だそうだからこちらとしては大人しく捕まってくれると有難い。だから……………………………………………………………………来い。」
象の腹の中から追い出され、僕と暗殺者は対峙する。
刃は象の中で倒れている。息は有るようだが、立てないようだ。
「清明、逃げろ!そいつプロだ。」
息も絶え絶え、這いつくばって象から出てくる。その表情は苦痛に歪んでいて先程の一刺しが如何に酷いものだったかは察するに余りある。
「逃げられない。お前が逃げればそいつは殺す。逃げたらそいつを殺してお前を捕まえる。抵抗すれば力尽くでお前を半殺しにして連れて行く。その時はコイツもついでに殺す。………悪いようにはしないから諦めて従え。」
顔が解らない男は淡々とそんな言葉を口にする。
殺す。その動作に特別な重みなど無いように、「呼吸をする」と同様の重さしかないように淡々と、言ってのける。そして、それと同じような感覚で服従するように命令をする。
「逃げろ。清明、お前、死者蘇生の効果を持つリバースを欲しがる奴がどんなのだか解ってるのか?マフィア、軍、テロリスト………。如何考えたって殺しと隣り合わせの奴等ばっかりだ。そんなところで『悪いようにはしない』って言葉は意味を持たない。お前は『道具として』丁寧に、丁重に、慎重に扱われる。壊れないように、従順な、意志の無い道具として………………」
息をするのも辛い筈なのに、刃は俺を逃がそうとする。
そんなことは解っている。
サバイバルナイフで窓ガラスを割って不法侵入してくる奴を使いにする組織がホワイト企業だとは思っていない。
そんな所に行きたいとは思わない。
従うのは最善手ではない。
しかし、逃げるのも最善手ではない。
何故なら
「刃、俺が逃げたら捕まる。かといって従ったらお前の言う通りになるだろう。何より、逃げたらお前が死ぬ。かといって従ってもお前は死ぬ。」
この男は、わざわざ選んだ選択肢に対してどういうアクションで応えるかを教えてくれた。
それによると、僕が従おうと逃げようと僕は捕まえるそうだ。
僕が従おうと逃げようと刃は殺すそうだ。
ならば最善手は自ずと見えてくる。
「この男を俺が倒して君も僕も助かる。これが最善手だ。」
ポケットの中の札を人差し指と中指で挟んで持ち、顔の前にそれをかざす。
ハッタリなんて無駄だと思いつつも格好だけはそれっぽく振る舞う。
それが相手を警戒させる事さえ出来なかったとしても、こちらの心を奮い立たせるくらいは出来そうだ。
「さぁ、掛かって来い。僕の陰陽術で焼き尽くしてやろう。」
余裕綽々を演出して目の前のサバイバルナイフに札をちらつかせる。
「そんな嘘、誰も信じない。もし、お前がそれを使えたなら逃げる意味なんて無かった。でもお前はさっき迄無様に逃げていた。つまり、お前がさっき俺を吹き飛ばしたのはまぐれ。お前はそのリバースを使うことが出来ない。………………………………………………………恐るるに足らない。」
だろうね。僕もそう思う。
しかし、助かる方法はこれしか無い。
リバース。逃げる頭があるくらいなら僕に力を貸せ!
僕の何処にでも居そうな人間の平和な日常はどうせ終わるんだ。ならばいっそ………………………
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劇的な人生を送らせろ!
先ずは派手にこの男を、死なない程度に焼いてしまえ!
最早ヤケクソ以外の何物でもない。この時の自分は未だに理解できない。
しかし、その理解できない自分に対してリバースは
応えたのだ。
手の中の札が淡く、赤く、光り出した。
サバイバルナイフを構えて最短距離を詰めて来る男の足元がそれと同様に淡く、赤く光り、
ゴォ!
火柱が上がった
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