ジョシコーセーはホットケーキの粉が欲しい。

石動なつめ

ジョシコーセーはホットケーキの粉が欲しい。

 最近、冒険者ギルドに変な奴が出入りをし始めたらしい。

 剣士のブルーは、そんな噂話を聞きながら、カウンターの上に依頼の品を置いた。

 レッドフィッシュを三尾。釣ったあとに、霜柱の魔法で凍らせてあるので、腐ってはいない。

 それを確認したギルドの受付嬢が、ふわり、と微笑んだ。


「ありがとうございます、やっぱりブルーさんにお願いすると早いですね。では、これが報酬です」

「はーい、ありがと。それで、変わった奴って、どんなの? 性格?」

「どちらかと言うと、変わった服装をした女性なんです」


 何でも、その変わった服装の変な奴は女の子らしい。

 職業はジョシコーセーというらしいが、ブルーは聞いた事がなかった。

 だが、世の中にはブルーの知らない職業など、山ほどある。だから知らない職業であっても「ああ、そうなのか」くらいの印象しか受けなかった。

 ついでに言うと、何となく語感が似ているので狂戦士バーサーカーの親戚か、とも思った。


「へー、噂になるくらいだから、服装だけって事はないよな。そいつ、強いの?」


 ブルーがそう行くと、受付嬢は大きく頷いた。


「先日、レッドドラゴンを仕留めて来て下さいました」

「ぶっは!」


 ブルーは思わず噴いた。唐突に竜殺しドラゴンスレイヤーの話題になったからである。

 レッドドラゴンとは、その名の通りドラゴンだ。

 赤い鱗を纏い、口からは灼熱の息吹ブレスを吐く魔物で、一人で遭遇なんてした時には生きては帰る事は出来ないだろう。

 ドラゴンとは、複数人で対峙する相手なのだ。

 だが、とブルーは思う。

 今の受付嬢の口ぶりからすると、複数人という印象を受けないのだが、気のせいだろうかと。

 なのでブルーは聞いてみた。


「……ちなみに何人パーティ?」

「一人です」

「一人」


 ブルーは真顔になった。

 そのジョシコーセーは、一人でレッドドラゴンを仕留めてきたらしい。

 怖くなってブルーはもう一度聞いた。


「武器は何かすごいものでも?」

「いえ、素手だったらしいですよ」

「素手」


 化け物だとブルーは思った。

 どこの世界に、ドラゴンキラーなどの対ドラゴン装備をつけずに、ドラゴンを倒す人間がいるのだ。

 そんな人間がいたら化け物に違いないと。

 しかも女だという。ブルーの脳裏には今、筋骨隆々の女性の姿が浮かんだ。完全に狂戦士バーサーカーのそれである。

 やはりジョシコーセーという職業は、狂戦士バーサーカーの親戚に違いない。

 想像してブルーが青ざめていると、


「あ、帰って来た。ほら、あの方ですよ。お帰りなさい、ミラノさん」


 などと、受付嬢が笑顔で手を振り出した。

 どうやらドラゴンを仕留めたジョシコーセーが、依頼から帰って来たらしい。

 見てみたいとブルーは思った。だが同時に、見たくないとも思った。

 そんな葛藤をしていると、トコトコと、軽い足音が近づいてきた。ブルーが想像していたよりも、足音は小さかった。


「やー、ただいまー。今日はさー、何かすっげー変なものいてさー、何てゆーの、タコ? でっかいタコ! タコ焼きめっちゃ作れる感じのー」

「タコヤキ?」


 ジョシコーセーは受付嬢とにこやかに話している。

 その声も、ブルーが想像したよりずっと高くて、女性らしい声だった。

 ブルーは怖いもの見たさで、ジョシコーセーの方を振り向いた。


 そこには、日焼けした肌にパンダのような化粧をした女の子が立っていた。

 ジョシコーセーはブルーと目が合うと、


「どーもどーも」


 と、軽い調子で挨拶してくれた。これにはブルーも「あ、どうも」と返す。

 ブルーはしばらく目を瞬いていた。想像と違い過ぎたからだ。

 筋骨隆々とは正反対のその身体は、ごくごく普通の女の子である。

 そしてなるほど、確かに見慣れない服装をしている。水兵が着ている制服と少し似ている気もしたが、彼女は水兵ではなくジョシコーセーだ。

 ブルーが呆気にとられている中、ジョシコーセーはカウンターに依頼の品を置いた。


「これーそのタコの頭に生えていたー何かサンゴ? みたいなの!」

「サンゴ?」


 何となくそれを見て、ブルーは仰天した。

 ジョシコーセーの言う、タコの頭に生えていたサンゴとは、万病に効くとされるエリキシル剤の材料の一つだ。

 これ一つで五年は豪遊できるレアアイテムである。

 海の悪魔と呼ばれる、凶悪なモンスターの頭部に生えているもので、手に入れるにはそいつを倒さなければならないのだが……どうやらジョシコーセーはそれを倒してきたらしい。

 しかもそんな相手と戦ってきたにも関わらず、怪我の一つもしていないようだ。

 正真正銘の化け物だとブルーは思った。


「で! で! あれ見つかったー?」

「はい、火吹き茸の胞子ですね。こちらに。……でも、本当に依頼の報酬がこれで良いのですか?」

「オッケーオッケー! ぜんぜんいーよ! アンナさんにはお世話になってるからー、お金はギルドで使っちゃって!」


 あのレアアイテムの報酬が、火吹き茸の胞子と聞いて、ブルーは目眩がした。

 火吹き茸の胞子とは主に爆弾の材料になる素材だ。旅をする時に火をつける時にも便利だ。

 採取するのは少し手間がかかるが、火吹き茸自体は火山などに行けば、そこそこの確率でお目にかかる事が出来る代物である。

 そんな火吹き茸の胞子の価値は、あのレアアイテムと比べれば、道端の石ころと国宝くらい違うのだ。

 それをあのジョシコーセーは「それで良いよ」と言っているのだ。しかも本来の報酬をギルドで使えとまで行っている。

 化け物ではなく、聖母のようなお人好しっぷりだ。

 ジョシコーセーは火吹き茸の胞子が入った袋を受け取ると、


「ひゃっほーい! これでホットケーキ作るー!」


 なんてスキップしながらギルドを出て行った。

 ホットケーキとは、何だろうか。あのレアアイテムよりも良いものなのだろうか。そんな風にブルーは思った。

 

 あまりに気になったので、ブルーは後日、ジョシコーセーがギルドにやって来た時に聞いてみた。

 どうやらジョシコーセーは、火吹き茸の胞子を料理して食べようとしたらしい。


「死ぬ気か」


 相手が化け物なのか聖母なのか良く分からなかったが、ブルーはうっかりそうツッコミを入れてしまった。

 ジョシコーセーは、噂に違わず変な奴だとブルーは思った。







『ミラノの白い粉図鑑#1 火吹き茸の胞子』


ホットケーキの粉かと思ったら茸の胞子だった。

火が点きやすいから、旅をする時とかに火をつけたり、爆弾の材料としても使われるんだって。

食べられるか聞いてみたら、死ぬ気かって聞き返された。

まぁ、ホットケーキ焼く時に使えるかな?

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ジョシコーセーはホットケーキの粉が欲しい。 石動なつめ @natsume_isurugi

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