第8話 今日は風邪で休み?ほんとかよ?



 ■ 怠惰な天魔。略して惰天魔 ■



「は、はっくしょん!?」


「おいおい。うつすなよ?」


「誰のせいだと思ってんだよ!?」


 ティアマトとの戦いから2日後の早朝。

 俺は風邪特有の肌寒さを感じながら、重たい身体を無理矢理起こし二階の自室を出た。

 一階の食卓には既に朝食を食べ終えた覇刃鬼とエンリルが各々リビングで寛いでいた。

 台所にはミラ(ミラルージュ)が裸エプロン(もう慣れた)で食器を洗っている姿を覗かせている。

 朝食~夕飯は俺とミラの交代制でやっているが、俺が風邪で寝込んでいる間はミラが代わりに担当してくれていたようだ。

 ミラの作る飯は思いのほかうまい。

 その味は客を満足させるために確かな技術を用いたうえで提供されるレストランの『美味』とは違い、ミラは手間暇かけたり高級な食材を使ったり“今どき”などといった流行に則った料理は作りはしないがその味は『うまい』。

 大きな違いはないかもしれないが『美味』と『うまい』の相違点があるとすればそれは『熱量』だろう。

 外食の際に訪れるレストランなどで提供されるのは“客を満足させる”ためのものだ。

 そのために彼らは試行錯誤しながら他店と差別化していき、自店オリジナルの皿を完成させている。

 その過程の中に客に満足してもらおうという熱意はあるに違いないが、それは攻撃的な方向性の熱量だ。

 しかし、俺たちの我が家では『満足』も『目新しさ』も『オリジナル』も求めてはいない。

 俺たちが求めているのは守備的、腹を満たすために新しさよりも懐かしさを優先して作ろうという家庭料理の温かさなのだろう。

 激しい炎よりも緩やかで胸をホッとさせてくれる柔の炎が俺たちの舌にあっている。

 外食で求めるものと家で求める料理の本質はやはり異なるようだ。


「パク」


 風邪の俺専用に作られた『お粥』をスプーンですくい口に運ぶ。


 ……うまい。


 極東で作られる病院食らしく、柔らかいライスと魚の出汁がいい感じに組み合わさって食べやすい。

 ビッチのくせに家庭的とはこれ如何に。

 チン〇を掴む前にまずは胃袋を掴む魂胆か。

 まぁ、俺のエクスカリバーはたとえ百戦錬磨のビッチといえども抜けないだろうがな。

 なんせ年代物ものですから。


「あんた、もう平気なの?」


 俺はおかわりをもらうべく台所のミラのもとへ行く。

 木のうつわ に盛られたお粥を食べ終え、昨夜から空腹だったせいか器一杯じゃたりない。

 今度は梅干しつきのようだ。ラッキー。


「そーだな……」


 俺は器をテーブルに置き、肩を回したり軽く飛んだりして自分の体調を確認する。

 土砂降りの中放置された日と翌日に比べれば回復の傾向にあるかもしれないが、万全だった頃と比べてしまうとどこかぎこちない。

 今日あたりまで安静にしとくべき、か。


「まだ身体が重たい。それと肌寒いかな」


「そう。なら今日は身体を労わって、大人しく寝てることね」


「ビッチが童貞に優しいだ……と!?」


「おいこの童貞野郎。私が親切に優しく接することがそんなに驚くことか~?」


「まぁビッチだしな」


「回復したら覚えとけよ」


「残念だな俺はもう忘れた」


「子供か!?」


 ミラと談話をしながら最後に器に残ったお粥を口に含む。

 食べ終えた食器を台所に運び、少し頭がボーとしたのでソファーに腰掛ける。

 人生で初めて体験する風邪に最初はこれが病気か、と戸惑いを覚えたが修行後の自分の惨憺たる姿を思い返すと今の体調の方が楽だな。

 少し身体が重い程度で修行をさぼれるならお釣りが来る。


「おう、体調悪そうじゃねぇか」


 給水の水をコップに注いでいるとリビング中央で寝そべっている覇刃鬼が首だけをこちらに向けながら言う。

 覇刃鬼は昼間の中年オヤジを連想させる怠惰な態勢を披露している。

 今更だがこの中年オヤジが本当に天魔でいいのだろうか。

 そのだらだらっぷりは怠惰な天魔──惰天魔を彷彿とさせる。


「にゃろー。元々はお前らのせいだろうが。戦闘が終了した時点で迎えを寄越してくれていれば風邪をふひかずに済んだのに」


「クク。毎度毎度オレ様の邪魔をした罰だな!」


「だとしたらその罰を下した神様を裁判所に訴えてやる」


「おうおう。この秩序の番人の前で神殺し発言ったーいい度胸じゃねぇか」


「神殺しと言うよりかは神に罰を下す、神罰だけどな」


「どっちも似たようなもんだろ。神と敵対するんだからな」


「俺の持論だけど、神は越えるべきもだと思うが」


「っはー!人間がいっちょ前に吠えるんじゃねぇーよ」


「俺からしてみれば気まぐれな神様よりもを歩くトラブルメイカーのアインの方が怖いけどな」


「う~ん、それには賛成」


「あれ、覇刃鬼ってアインのこと知ってたか?」


 そこまで話して疑問を持つ。

 アインについて愚痴として話したことがあるが、アインついて詳細な情報を話した覚えがない。

 しかし覇刃鬼はまるで見てきたかのように賛同の意を示している。


「あ?言わなかったか?」


 そう言って覇刃鬼は身体ごと俺の方へ向く。


「フォームチェンジをすればその当人の記憶を曖昧だがその属性の天魔は垣間見ることができるんだぜ」


「は!?ふざんけんなよ!?なに俺の記憶を勝手に盗み見てんだよ!!この怠惰な天魔、惰天魔が!」


 それかなり重要な情報だぞ!

 個人情報の流出の大問題だろそれ!

 このぐうたらは脳みその方もぐうたらだったか……!?


「あ!?誰が惰天魔だとこの野郎!そんな風にいつもいつもオレ様を敬いませずに罵詈雑言を浴びせやがって!」


「それはお前がだらだらだらだらしてばっかの穀潰しだからだろうが!?」


「それはオレ様のせいじゃねぇ!だとしても最高にかっこよくて最高にクールなオレ様を受け入れない世界の方が悪いんだよ!」


「意味分かんねぇこと言ってんじゃねぇよ!!」


「は?何で理解できないんだよこのバカリが!」


「バカリってなんだよ!?」


「馬鹿なアカリでバカリだよ!」


「変な言葉遊び使うんじゃね!」


「うるせい!表出ろや!」


「上等だ!」


 俺と覇刃鬼は取っ組み合いながら庭へと出る。

 すると花に水をやっていたエンリルが俺達を発見する。


「なんだいこんな朝早くからそんな鬼のような形相をして?片方は童貞で片方は赤ダルマだけど!ハハハ」


「「ギロ」」


「ハハ……へぇ?え、どうして近づいて来るの?主、風邪気味なんだからカータヴァルに換装しなくても……。覇刃鬼も獄炎刀を取り出してどうしたんだい?二人とも怖いよ。ほらもっとニコッと笑って。ね?いやいやちょっと待って待って……!主、何でわざわざフレイムアタッチメントにフォームチェンジした!?覇刃鬼の方も笑いながら魔法繰り出そうとするな!笑ってと言けれども!暗黒微笑は頼んでない!やめろやめろ……!!僕に近づくな。ぼ、ぼぼぼ僕にちk」


 その日の朝のことをアンズーはこう語る。


『いやー、天魔のリアルミンチ肉なんて初めて見ましたね』


 そんな二人と現在ミンチ肉になりかけているエンリルをリビングでアンズーと一息つくミラは呆れたように眺める。


「男って馬鹿ばっか。ね?」


「キュ~」


 馬鹿は風邪をひかないと言うがあれは嘘だな。

 馬鹿は風邪をひいても馬鹿だった。

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骸装伝記カータヴァル 雪純初 @oogundam

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