第44話 (彩花さん、わたし輝き続けられてますよ。だから、見失わないでくださいね)

「鳩目先生、実はなんですけどね」

「はい? どうかしたんですか? 牧野さん」

「実は、来週には担当編集者が変わるんですよー。あー、鳩目先生はあたしの癒しだったのにぃ!!」

「え……ええ!?」

「いい反応しますね、大丈夫ですよ。次の担当もいい人なんで!!」


 クーラーをがんがんにきかせた中で温かいアップルティーとアップルパイ(アイス乗せ)を食べながら残念そうに牧野は言うが、2年間付き合ってきた唯子には通じない。声が笑っている。確実に何かを隠していて、面白がっているのだ。なにより手がサムズアップしている時点で隠す気ないだろうという感じだ。

 まあ、この2年間牧野と仕事をしてきた唯子は、その隠し事がなんであれ絶対に唯子に害を及ぼすようなものではないことを知っているから。もちろん見逃すのだが。そんな感じで9時に原稿を取りに来た牧野はたっぷり一時間くつろいで会社へと帰っていった。14時くらいに挨拶に行かせますね! と言って。

 嵐のような牧野に、半ば呆然としながらも見送った唯子は。作業場に戻ってくると窓の外を眺めた。いい感じに雲が映える青空だ。蝉も鳴いていた。もはや蝉時雨と言ってもいいくらいに声高にたくさんで。窓の外を呆然と眺めながら、唯子は呟いた。


「担当さんがこんな短いサイクルで変わるなんて……わたし、なにか取り憑かれてるのかなあ」


 うーっと小さく唸ると、目を閉じてため息をつくと。唯子は自分の両頬をにぱあんっと気合を入れて。椅子から立ち上がる。


「とりあえず、本屋さんに行こう!」


 悩んだ時は、小説や挿絵の勉強になるような本を探しに行くのがすっかり唯子の習慣となっていた。今日もとりあえず本屋に行きなんかいい本を探そうとさっそく着替え始めたのだった。


 肩ひもがいくつもある、細い白いリボンで結ばれた真っ白な裾にはこれでもかとレースのついたワンピース。ところどこにビーズで刺繍してあるのがすごいと思うこれは、もちろん彩花の母が送ってきてくれたものである。

 彩花がアメリカに行ってからというもの直接唯子当てに届くようになった。一度は手紙で断ったものの、結局丸め込まれていまももらい続けているものだ。こわいのは、丸め込まれたという事実を唯子が知らないところである。

 それに白いレースのカーディガンを羽織って、唯子はさっそく本屋へと出かけるため玄関の鍵を開けたのだった。



「あーつーいー」


 外は散々なほどに暑くて。だから冷房の効いた本屋に入った時には思わずほっとしたのと同時に道中でかいた汗が冷えて一気に寒くなったのだった。

 思わず腕をさすっていると、耳に入ってきた言葉は。


「あー! 鳩目におの新作でてる!!」

「え、まじ? 今度は現代の恋愛ものだって!」

「うそアタシ『アオハル×メイカーズ』超泣いたんだけど! アニメも映画も舞台も見に行ったし、今度ゲーム化もされるんでしょ? アタシ絶対やるわー」

「あんた鳩目にお先生の大ファンだもんねー」


 きゃっきゃと新刊という看板の下で、カラフルなポップの中でもひときわ目立つように赤いPOPに描かれた『カラフル・アクター』。もちろん唯子の新作ではあるが、まさか女子高生にまで広がっているとは思っていなかった唯子はとりあえずはしゃいでいる女子高生3人組の横を通り過ぎイラストのコーナーへと足早に行く。どきどきと高鳴る胸は嬉しさからだ。


(彩花さん、わたし輝き続けられてますよ。だから、見失わないでくださいね)


 そっと祈ったのは彩花への報告だった。結局、いい本も見つからずしょんぼりしながら本屋を出てまた暑さにめまいがした唯子は近くのアイスクリーム屋でアイスを買って食べながら帰ったのだった。


 お昼は大根おろしときゅうりたっぷりに揚げ玉を入れたたぬきうどんを、コー○できた麺を湯がいて作ったものを軽く食べて。14時に挨拶に来るという新しい編集者さんのためにマンゴーと生クリームのケーキを作って。13時50分に作り終えたそれを丁寧に切り分けて、白い皿にのせる。紅茶の準備もし終わって、あとは新しい編集者が来るだけというところで。


 ぴんぽーん


 間延びした音が唯子を呼んだ。はーいと返事をして、玄関まで走り鍵を開け扉を開け。

 唯子の目にうつったのは。

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