第34話 「あ、全然怒ってないんで大丈夫です」

「「初めまして、お嬢様」」

「は、はじめまして! ……あのあの、これからこちらが色々してもらう立場なのに頭なんて下げないでください! あとわたしもうお嬢さまなんて歳じゃ」

「「いえ、けじめですので」」

「そ、そうですか」

「「はい」」


 ぴんぽーんと間延びしたチャイムから、ぼくが出ますよと出てくれた彩花が引き連れて戻って来たメイド服姿の顔がそっくりな女性2人。しかもメイド服もそこら辺のちゃちな造りのものではなくクラシックなまさに良家に仕えるメイドといったいでたちだ。深々と90°に下がった頭にあわあわと弁解(?)すればぴしゃりとはねのけるように返された。しかも顔同様揃った声色に「隠れメイドすごい!!」と唯子は感心しっぱなしだった。

 しかし、この隠れメイドたちの態度が気に喰わなかったようで、メイドたちは彩花に睨まれていたが。まあ、メイドの方はぴくりとも反応しなかったが。


「「それではお嬢様、事情は聴いておりますので。まずは我が主人の不手前お許しくださるようお願い申し上げます」」

「あ、全然怒ってないんで大丈夫です」

「「……寛容であり些細なことに動じない性格の持ち主であると」」

「え?」

「当然です、ぼくの先生ですから!」

「「坊ちゃまの発言は置いておきまして。明日のメイクとドレスアップを担当させていただけるということでよろしいのでしょうか? 今日は予習とお聞きしたのですが」」

「はい、明日のための練習です。お手数かけますがどうかよろしくお願いします!!」


 ぺこりと唯子が小さな頭を下げると、一瞬だけ驚いたようにメイドたちが目を見開いた。しかしすぐに元に戻ると、「「まずは」」と2人で口をそろえると、不思議そうに頭を上げて首をかしげていた唯子の両側に1人ずつ立ち。

 その肉付きが決していいとは言えない幼い腕をおもむろにつかむと。


「え?!」

「「まずは湯浴みをしましょう。次にエステをしましてそれからお洋服などの着衣に移りたいと思います」」

「き、昨日もお風呂入りましたよ!? そ、それにエステって!」

「「日々老廃物はたまる一方でございますので適度に抜くのがいいかと。エステでしたらお任せください。アロマセラピストからエステティシャンの資格まで持っておりまますから」」

「そそ、そういう問題」

「先生、ぼく、いまよりも綺麗な先生見てみたいです」

「くっ、顔がいい!! ……わかりました、わかりましたよ! よろしくお願いします!」

「「承りました」」


 驚きに声を上げた唯子の腕を掴み持ち上げると、まるでわかっていたかのように風呂場へと連れて行かされそうになる。リビングから出る前にちょっと抵抗してみるも、きゅるんとした無邪気な彩花の声に歯ぎしりをしながら。唯子は隠れメイド2人に観念したと言わんばかりのぐったりしたポーズで叫んだのだった。それに対する反応は非常に冷めたものに聞こえたが、生まれたころよりこの2人に付かれている彩花は知っている。この反応は、弄るのを楽しみにしているときだと。




 お湯の張られたバスタブに3滴ほど柑橘系のバスオイルが垂らされたのを、唯子は他人事のように見ていた。いまからあそこに入るのは自分だというのに。服を全部剥かれたかと思うとそれからたっぷり20分はお風呂に浸けられ、全身の皮膚がふやけたところで脱衣所にいつの間にか運び込まれた簡易ベッドの上にねっ転がされ。

 柑橘系の香りのオイルをたっぷり塗られたり、いつも適当に伸ばしている爪のケアをされ透明なマニキュアを塗られたりと全身を磨かれて。

 顔には化粧水に乳液、からだにはベビーパウダーをたっぷりと塗られ。丁寧ながらも素早く着せられた服は、首もとから大きなレースで始まり、その下には薄青いスカーフをネクタイのように編んで。エプロンドレスは腰できゅっと……いや、語弊がある。ぎゅぎゅっと締められ、なぜか丸いふくらみではなく絞ったようなふくらみの薄青い膝丈のワンピースに縁はまるで絞ったチョコレートクリームのようにぐるりと一周布が覆い。その下を白いレースが覆っていた。足には膝からリボンを巻かれた茶色のハイヒール。頭には緑色の葉っぱのついたヘッドドレス。まるで、チョコミントのケーキのような仕上がりだった。

 それから当然のように隠れメイドたちが持参してきた大きな化粧箱から唇に透明感が増すというリップをつけられて。仕上げにこれまた薄青い大き目の真珠のイヤリングと茶色のチョーカーをつけて準備は終わった。

 唯子は、世の女性は綺麗になるために大変なんだなと思ったが、これが極めて簡単かつ軽度の化粧であることを知らない。自分から化粧をしたことのない唯子はしかし子ども肌なため普段からつるぷにで、唇も健康的なさくらんぼ色。アイラインもチークも口紅も必要のない美少女であった。短い髪を背中の方に流して完成だ。

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