第33話 「すいません、パーティーっていつでしたっけ?」

「えっ!? あ、彩花さん。いまなんて……」

「ですから、パーティーに行きましょう。先生」

「あ、あれですか? 一狩り行こうぜ! 的な。パーティー組みましょうみたいな」

「いえ、そのままの意味です。『カクヨムWeb小説コンテスト』最優秀賞作品の作者として、先生と俺。先生が呼ばれています。場所は東京都池袋にある『カクヨム』……といいますか角川が所有するビルですね、当日は車でお迎えがくるそうなのでここでドレスアップしていってもいいみたいですよ」

「『カクヨム』って儲かってるんですねー」

「……そういう目的で呼ばれたんじゃないですけどね」


 別に金銭的な象徴として呼ばれたわけではなく、ただ単に最優秀賞作品の作者として呼ばれているんだということを、ぽわぽわしている唯子にもう一度叩き込んで。彩花は手帳を閉じて、ビジネスバッグの中に仕舞った。彩花はいつも通りソファーに座っていたが、唯子までソファーに座っていることは珍しい。なんでも休息期間なのだそうだ。15時手前に来た彩花に、おやつにしようとしていた唯子が「一緒にどうですか?」と勧めたのがきっかけだが。今日のおやつはアールグレイとベリー多めのフルーツタルト、フルーツタルトは当たり前のように唯子の手作りだ。

 いつもだったら、唯子の手作りという部分に若干ほわほわしているその顔はどこか不満そうであり、なんとなく不機嫌オーラが漂っていた。それに気づいた唯子は、不思議そうに尋ねる。


「彩花さん、どうかしたんですか? なんか怒ってます? まさかわたしが今日のおやつフルーツタルトにしたから!? フルーツタルト嫌いでしたか!?」

「なんにも怒ってませんしフルーツタルトは好きですよ。……そうですね、ちょっともやっとしたことがあったのとこれから起こるのであんまり機嫌がいいとは言えないかもしれません。すみません」

「いえ! なにかあったんですか?」

「……内緒です。もう1つは、ぼくの先生だったのにと思いまして。このパーティーで多く視線にさらされるでしょう? いままでは先生のことをずっと見ていたのはぼくだけだったのに、これからはそうじゃなくなる。それが少し、不愉快なだけです」

「ごっふぁっ!!」

「先生!?」


 その理由、可愛すぎるぞ。殺す気か! 辞世の句を詠んで、我が人生に悔いなしと言わんばかりの安らかな顔でソファーのある横に向かって気絶しようとした唯子を。


「っ! 先生、いま寝ちゃダメです!」

「へぶうっ!!」


 彩花の軽いビンタが襲った。いまだかつてない暴力行為に、そのままの勢いでころんと転がった唯子が目を白黒させていれば。はっと我に返ったらしい彩花が謝る。


「すみません、先生にどうしても試着していただかないといけないドレスがあったので。ぼく、このあと会議があるのであそこで気絶されたら試着してもらえないかと思って」

「すいません、パーティーっていつでしたっけ?」

「明日です」

「彩花さんのばかー!! もっと早く言ってくださいよ! なんでぎりぎりになるまで! もうっ、ばかばかばかばか!! おこですよ! とってもめちゃくちゃエクストリームおこですよ!」

「すみません、伝えたつもりでした」

「今日一番のキメ顔……くっ、許す。っていうかドレスってまさか」

「はい、母が送ってきたものです」

「圧倒的感謝しかない」


 思わず真顔になった唯子にあわせるように、彩花も真顔になったが。本当いつも思うが彩花さんのお母様は慈愛の女神の生まれ変わりなんじゃないのかな!? と内心なにでお返しすればいいのかわからない唯子は怯えるしかなかった。いや、外着とかドレスとかすごく助かってはいるのだが。どうやって返礼したものか。

 そう彩花に伝えたところ、なんでもないように「気にしなくていいですよ、趣味みたいに思っててくれれば」とのことだったため、唯子の中で彩花母の慈愛の女神の生まれ変わり説が濃厚になったのだった。


「で、そのドレスって」

「ちょっと待っててください、玄関におかせてもらっていた段ボールの中に入っています」

「あ、わたしも手伝います!」

「え……あ、じゃあ靴とか装飾品の類をお願いします」

「靴はともかく装飾品まであるんですか!?」

「あの人の精神は基本Nobless Obligeですからね。……えーと、与えたがりなんです。だから気にしないでください」

「与えたがりなんて言葉ですまされないほど与えられてるので感謝しかないです。ありがとう、彩花さんのお母様」


 いやに発音の良い英語が流れてきたかと思ったら、与えたがりとは。一瞬悩んだ唯子だったが、息子である彩花がいいというならばいいのだろうとあたりをつけて。とりあえず。アッラーの神にでも祈るようにソファーの上で土下座したのだった。

 それからというもの、玄関にいつの間にか山をなしていた白い箱の小さい方。装飾品が入っているというそれらをおそるおそるリビングへと運び込んだ唯子だった。ちなみに彩花は平然とひょいひょい持っていたため、そのたびに唯子が悲鳴を上げそうな顔をしているのを見て楽しんでいた。慈愛の女神の生まれ変わりの息子はまさかの悪魔だった―――!? と内心ぐったりしている中で、唯子は気付いた。


「彩花さん、ドレスってわたしきっと1人じゃ着れないんじゃ……」

「……家からメイドを連れてくるのを忘れていました」

「メイドさんいるんですか!?」

「隠れメイドが2人ほど」

「か、隠れメイド!!」


 なにから隠れているのかとかそういう話をふっ飛ばしたパワーワードに唯子は目を輝かせたが。結局、その隠れメイドを呼んでから着替えることになったためそれまでお茶をして待っていることにした彩花と唯子だった。


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