第29話 「嫉妬、しましたよね?」

「あ……じゃなくて、るいくんはひどいです!! 非道です!!」

「はいはい」

「はいはいじゃなくて! わたしは怒ってるんですよ!」

「わかってます、ほら。もうすぐ映画館につくので怒りを沈めてくれませんか? ぼくの淑女」

「うぅ……うう、うー!」


 店を出て、同じ駅ビルの中にある映画館に行くまでに手を繋ぎながら。唯子は彩花に一生懸命先ほどの裏切り行為にも似たものについて抗議していたが、「ぼくの淑女」と言われて恥ずかしさから首まで真っ赤になって、うーうー言うことになった。

 しかし映画、せっかくのデート。楽しまなければ損である。服の代金はあとで支払えばいいとして、いまはこの瞬間を楽しむべきだと唯子は切り替えることにした。

 駅ビルの中でも最上階にある映画館までエスカレーターを乗り継ぎ、あっという間に最上階。自動ドアをくぐれば、もう初夏だからだろうか。クーラーがついていて微妙に寒かった。薄暗い映画ホールにはチケットを売っているところや、売店、いまやっている映画のポスターが張って合って。唯子は繋がれている方の手とは逆の手で、くいくいっと彩花の白いシャツをひく。


「るいくんるいくん。なんの映画見るんですか?」

「そうですね……。あ、あれなんてどうです?」

「あ! アイ×スピ無印の復刻版じゃないですか! 見た……あ、でもるいくんがつまらないんじゃ」

「大丈夫ですよ、行きましょう」


 アイ×スピ無印とは。唯子がはまっているアイドル×スピリッツの初代のことである。初代といういい方からわかるように、配信当時爆発的な人気を誇ったアイドル×スピリッツはいま、3ndまで配信されている。全員キャストが変わってしまっているが、いまだに人気を集めているのが無印のユメコとユメトの双子だ。

 そこからは実にスマートで、チケットを唯子に財布を出させることなく素早く買うと、ポップコーンの大を1つとコーラを2つ買う。ここにも唯子の財布のチャンスはなかった。かわりに、ポップコーンは絶対に持つと表明すると微笑ましそうな顔で「どうぞ」と渡してくれた。はたから見れば完全にお兄ちゃんのお手伝いをしたがるおませな女の子だ。

 そんなことをしていれば、元々近かった映画の時間がさらに近くなって。「上演の前にトイレに行きたい」とさりげなく伝えた唯子に彩花は頷く。


「荷物番していますので、行ってきてください」

「ありがとうございます! 行ってきますね」


 指先の見えないくらいぶかぶかなドレスシャツワンピースで手を振りながらふにゃりと笑うと、ふんわり笑顔が返ってきてまぶしかった唯子。急いで回れ右をすると足早にその場を去ったのだった。不思議そうに首を傾げる彩花を残して。



(彩花さんってば美少年なんだから、もう!)


 誰に向けるべきかわからないどこか幸福感の混じった怒りにハンカチをくわえながら、手を洗っていた唯子。手を引くと、自動で止まるタイプの蛇口だったため手を拭いてから。彩花が選んでくれた斜めがけのポシェットにハンカチを仕舞って。女性用のトイレを出る。


 と。


 一部に女性たちが集まっていた。きゃあきゃあ言っているため、普段がどうかは知らないが静かな雰囲気を壊されて不愉快そうに見ている人たちもいる。唯子はどちらかというと野次馬根性で、なにかやってるのかな? 有名人が来てるのかな? と遠いところから首を伸ばしたが当然圧倒的身長差で見えない。そこではたと気付いた。


(あの場所って……)


 彩花がいるところでは? と。そう、唯子は知らなかったがあまりの美少年っぷりに誰かが「芸能人かな?」と呟いたことをきっかけに人が……特に女性が集まりだしてしまったのだ。しかし、みな話しかけても彩花のそっけない態度に周りで傍観するようになってしまった。結果。集団ができあがってしまったのである。

 女性に囲まれているであろう彩花を想像して胸が痛んだが、それには気づかないふりをして。


(どどどどどど、どうしよう!! 合流したいけどでも……あー! アイ×スピ無印始まっちゃうし! お、女は度胸!)


 失礼しまーすと女性たちの間を潜り抜けて潜り抜けて、やっと見つけた。目を閉じて腕を組み壁にもたれかかっている彩花は麗しい。なんといえばいいのか、薄暗いホールなのにそこだけ真っ白な光で照らされているよう……スポットライトを浴びているようなのである。尊い、と思わず祈りそうになったがそれはおいといて。


「る、るいくーん」


 名前を呼ぶと、ゆっくりと目を開けた彩花と目が合う。そして潜り抜けてきたのはいいもの、最後の最後で取り囲んでいる女性の1人につまずいてしまった。床とキスする覚悟で目をつぶったのに、どこにも当たらずにすんで目を開ければ。彩花に横抱き……いわゆるお姫様抱っこをされていた。なぜこんな状態になったのかわからず、目を瞬かせていれば、彩花が小さくため息をつく。


「お願いですから、危ないことはしないように」

「だって、映画の時間もうすぐだし、るいくん女の人に囲まれてるし」

「……映画が先に来るのが腹立たしいですが、嫉妬、してくれました?」

「ふょ!? し、嫉妬なんて、そんなおこがましいことっ!」

「嫉妬、しましたよね?」

「は、はい」


 有無を言わせぬ彩花の無言の圧力には、はいかイエスしか選択は残されていなかった。思わずはいで返事した唯子を満足そうに見遣ると。そのまま姫抱きにした唯子を椅子に座らせ、コーラとポップコーンの袋を片手でもって、固まっている周りの女性なんか気にせず。彩花は座っている唯子に手を差し伸べて。


「行きましょうかMy Lady」


 柔らかく微笑んだのだった。

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