第28話 「通報してもよろしいでしょうか?」
そうして2日後。初夏というには暑さの足りない、そんな日だった。彩花の休み日である今日がデートだ。待ち合わせをしてみたいという唯子の希望のもと、東京駅に集合になった。デートプランは彩花が考えてくれるそうなので丸投げである。そんな唯子の今日の格好は。
首もとには青い大きなリボンのついた白いワンピースに、茶色のコルセットを締めて。白いワンピースの上には紺色のネットが縫い付けられている。それに濃い青のひざ掛けとしても使えそうな大きなストールを羽織って。茶色いニーハイソックスと、こげ茶のブーツを履いて。今日の衣裳は完成だ。ああ、最後にリボンで留める茶色の小さな手袋を忘れてはならないけど。他にも耳にはイヤリングや小さな真珠のペンダントをつけてきた。唯子精一杯のおしゃれである。
そわそわしながら待ち合わせ場所である時計柱の下でストールと同じ色に星が散ったように白が入ったバッグを肩にかけて待っていると。たったったと軽い音がした。そちらを見ると、額に汗を浮かべた彩花が走ってきていた。嬉しくなって唯子が無邪気に手を振るとなんだか力が抜けたように走る速度が遅くなった。やがて唯子の側まで来ると、かがんで彩花はすぐに深く頭を下げてきた。
「すみません、ここに来る前に編集部に寄るように言われて……。許していただけますか? Lady?」
「れ!? 許すも何も、わたしが楽しみすぎて早く来ただけなので気にしないでください! それに約束の時間までまだ5分ありますよ!」
「紳士が淑女を待たすことなんてありえないんですよ。お詫びになにか……」
「あっ! じゃあじゃあ、今日はいっぱい楽しませてください! お願いできますか? わたしの紳士さま」
「当然です、ぼくの
顔をあげると、柔らかく微笑んで。彩花は唯子の小さな手を取るとそこにはめた、茶色い革手袋の上から。そっと手の甲に唇を落としたのだった。
「まずは、確認しますが。その服、母が送ってきたものですよね?」
「はい! 普段ボロ布みたいな服しか持ってないので!」
「ボロ布は捨ててください。……予定変更です、まずは洋服店に行きましょう」
「えっ!?」
「……ああ、とってもお似合いです、お綺麗ですよ? でもぼく以外が買った服を着ているということが我慢ならないので」
「ふぇっ!? ふぁ、はい!」
彩花がさらっと放った言葉に、首筋まで真っ赤になりながら唯子は頷くことしかできなかった。その後もさりげなく手をとられ、心臓が跳ねたがよく考えてみればここは人の山。はぐれないようにしているだけなのかもしれないと考える唯子はやっぱり危機管理が薄くて、お子ちゃまで喪女だった。だからこそ、そんな行動をしていた彩花の耳がほんのり赤くなっていることにも気づかなかったのだが。
そして訪れたのは駅の中のデパート。
それも高級店が名を連ねるところで、そのうちの1つの洋服店に。たまたま見た値札の0の多さに戦々恐々としている唯子を連れて入る。
数歩入ったところで足を止めると、にこやかな笑顔の女性店員が近づいてくる。
「いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか?」
「彼女に似合う服を探しています、金銭に糸目はつけないのでコーディネートしてください」
「かしこまりました、これからのご予定に合わせて選びますので教えていただけると幸いなのですが」
「これからデートの予定です」
彩花がそう言った瞬間、すんっと女性店員の顔が無表情になり。首から下がっていたスマホに手をかけて、彩花に向かって言った。
「通報してもよろしいでしょうか?」
「よろしいわけないでしょう。ぼくが何をしたっていうんですか」
「こんな幼い女の子とデートなどとおっしゃいましたが?」
「事実ですし、年齢で言うなら彼女の方が年上ですよ」
「え゛?」
「わたし、29歳です」
ものすごく申し訳なそうに出された保険証を見て、生年月日から年齢を計算すれば幼女の方は29歳だった。対して、あきらかに機嫌を損ねた感じの少年の方から差し出されたパスポートには16歳と書いてあった。こちらの美しい少年は見たまんまだとほっとしたところで、女性店員はまたスマホに手をかけて聞いた。
「通報してもよろしいでしょうか?」
「だから、なんでですか」
「29歳が16歳とデートは十分通報案件かと」
「その歳の差も合わせて、ぼくは彼女を愛しているんですよ。なにか問題あります!?」
「はうっ!? ……う、ふぇえええ?」
「何奇声あげてるんですか、可愛いですよ」
「……わかりました、その心意気に。私ができる最高のコーディネートをご覧に入れましょう」
「よろしくお願いします」
そうしてたった10分後。
「いかがでしょう?」
「……いいとは思いますが、足が露出しすぎてませんか?」
「ここはこのニーハイソックスのサスペンダーで調整が可能でして……」
「なるほど、じゃあ靴はこっちの黒い……ああ、値札は全部切ってください、このまま着ていきます」
「かしこまりました、元のお洋服はこちらの紙袋に入れておきます。郵送もできますが」
「郵送でお願いします」
いまの唯子の格好は。首が隠れるほど大きな真ん中に青い石のブローチのついたリボン、手が隠れるほど大きなドレスシャツのワンピース。袖は白なのに薄い青でもあるという変わった色をしていて、絹でできているように手触りがいい。大きいのに丈はミニスカートほどで、ひらひらとなったリボンもついている裾にぎりぎり隠れる形で茶色いアーガイルのキュロットを履いている。ニーハイソックスには別ものとわかりにくいがサスペンダーがついており、それにも地面に引きずらない程度の長いリボンがついていて。ニーハイソックスに関しては黒と白のストライプ、靴は黒い若干ヒールのついたものだ。
もう値段が恐ろしくて見れない唯子だ。まず、ドレスシャツワンピースの値段からして0の多さに驚いたほどだ。
女性店員と話し合いが終わったのか、格好に満足したのか、彩花が近づいてきて。うつむいてしまっていた唯子の顔をのぞき込む。
「どうかしましたか?」
「あ、あ、あ、彩花さん、お願いします。わたしに払わせてください!!」
「却下です、今日はデートなのでぼくが支払います」
「そんな!!」
絶望した! とばかりにorzの姿をとる唯子に。長いリボンが彩花を誘惑するようにひらひら揺れていたが、ぐっと我慢して。彩花は口を開く。
「……じゃあ、1つだけ。お願い聞いてくれたら考えてもいいですよ?」
「なんですか、なんでも聞きます!!」
「今日、ぼくのことは名前で呼んでください。いいですね?」
「うぐっ……、はい。る、る……るい、くん」
「じゃあ……支払いはカードでお願いします」
「かしこまりました」
女性店員にさっと黒いカードを渡した彩花を、口を開けて信じられないものを見る目で見つめる唯子。さっきまでのやり取りはなんだったんだ、さっき、考えてくれるって言った……と言おうとして気付く。そう、彩花は考えるとしか言ってない。嘘なんて、これっぽっちも言ってない。
「~っ!!」
「なんですか?」
にやりと意地悪く笑って、なにか言いたいけど言えない唯子を見る彩花に。嘘はないけど悪気はあるんだということを知り。唯子は声にならない文句をぶつけるように、軽く彩花の腹をぽすぽすと叩いたのだった。彩花はその様子を見て愛おしそうに目を細めるだけだったが。
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