第26話 「戦場が……去った……」
「戦場が……去った……」
「にお、戦場は去らないから。どっちかって言うと、戦争が終わった、だから」
「結局買う側にはまわれなかったね……」
「……ねえにお、今度2人でタッグ組まない? そうすれば片方がまわれるし、本は売れるしでいいと思うんだけど」
「組むー、次は絶対ユノちゃんと一緒に参加するー」
こんな普段通りの会話を繰り広げている唯子とユノだが、実際はテーブルクロスの敷かれたテーブルにべったりと懐いている。窓の外は夕暮れで、一般入場者が帰ったあとだからかキャンプファイヤーをやっている。暖かくなってきたとはいえ、朝晩は冷えると思いがちだが校長室はさっきまで多く人がいたため人の熱で暑かった。
2人がぐったりしているのはなぜって? コンテストで名前が売れたおかげで客足は途絶えることはなく。1000冊発注していた本はぎりぎりのところで足りてラノベフリマの時間が終わった。唯子は初のラノベフリマを残数2冊で乗り切った。ちなみにユノは完売だ。ここら辺が素人と玄人の違いだろう。
唯子としては久々に人前に出たこととなれない接客業で疲れ切っていた。慣れているはずのユノもこの感じなのだから当然のことと言えば当然のことだが。
ふいにこつこつと革靴の音がして、がらりと校長室の扉が開く。唯子がそちらに向かって気だるげに視線だけを送れば、靴音が一瞬固まる。が、それも暫時のこと。すぐに近づいてきて、唯子に声をかけた。
「先生、お疲れさまです」
「彩花さーん、お疲れさまです! あのあと大丈夫でした?」
「作品を添削する人数が足りないとのことでの呼び出しだったので、特には。先生はキャンプファイヤー参加しないんですか?」
「疲れてへろへろなので無理ですー」
机に懐いたまま、うにゃうにゃと首を振った唯子に、悶えたくなる気持ちをぐっと押さえて。彩花は左手に2つさげていたビニール袋のうちの1つを唯子の前の机に置く。白い袋から透けて見えるに、四角い箱と見慣れた赤いパッケージの缶、コー○だった。
「そうですか。そう思って、はい。差し入れです。……俺。先生も、小宮山さんからです」
「捨てろ」
ユノは小宮山という名を聞いた途端、即答だった。
「ユノちゃんもったいないよー」
「あいつが私に好意で差し入れなんてしてこないわよ! 絶対何か入ってる!!」
「そ、そこまで警戒しなくても……」
彩花はどっちでもよさそうに、唯子に渡したわけだから何か入ってるなんてことはないだろうが。そんな思考がぶっ飛ぶほど、今日のユノはもう疲れていた。あるのはただただ小宮山に対する嫌悪感だけだ。唯子が動揺したようにそこまで、というが。ユノは疑わしきは罰せよらしい。そこでちょうどよくも、また革靴の音がしたと思ったら案の定。あっさりと会話に入ってきたのは。
「そうですよお? それはセンパイが選んだやつですし」
「そうなの、ありがとう美少年君」
「あれ? 俺へのお礼はないんですか? 俺。先生」
「美少年君が選んで美少年君が持ってきたこれのどこにあんたが関与してんのよ、引っ込め」
「あ、萩の○だー。彩花さん仙台に行ってきたんですか?」
「まさか。編集部長が持ってきて適当に持っていって良いって言ってたので2つくすねました」
「くすねちゃったの!? ダメじゃないですか!?」
どう考えてもくすねちゃダメでしょ!? と非難する目で見る唯子に、大丈夫ですよと何の根拠もなく彩花は返事をしてユノの方に行くと同じくビニール袋を手渡した。渡すだけ渡すとさっさと唯子のところに戻っていってしまうのが彩花らしいが。
唯子のところに戻った彩花は、いまだぐったりしている唯子に話しかけた。
「甘いものは疲労回復にいいですから、帰りの電車の中ででも食べてください。……初のラノベフリマ、いかがでしたか?」
「とっっっても!! 楽しかったです! みんな親切でしたし、結局買えはしませんでしたけど見本誌だけでもいろんな本があるなあって楽しめましたし!!」
「そうですか、よかったです」
どうだったかと聞かれた瞬間、ばっとからだを起こして。本当に楽しかったのだとわかる笑顔でさっきまでのだるさはどうしたのかと思うくらいに、立ち上がって拳を握り一生懸命に語る唯子に、「そうですか」と答えた彩花も幸せそうな顔をしていた。
「青春ねー」
「まったくですねえ。……ま、このままいければいいんですけど」
「は?」
「いえ別に? センパイ、スペース片付けるんで呼ばれてんでしょ俺ら。行きますよお」
不穏な言葉を呟いて、顔をしかめるユノを残し。彩花にスペースに戻らねばと声をかける小宮山。だいたいこういういい雰囲気の時に限ってなにか起こるのが定石である。
「……わかりました。先生、スペースは早めに片付けて今日は家に帰ってゆっくり休んでください。新刊、大切に読みますね。お疲れさまでした」
「お疲れさまでしたー。あ、そういえば聞きたかったんですけど、新刊4冊もなにに使うんですか? 鍋敷き?」
「なべ……違いますよ。1冊は読書用、2冊目は観賞用、3冊目は保存版で、4冊目は布教用です」
「お、おふ。布教とか……ありがとうございます?」
「どういたしまして。それじゃあ失礼しますね」
「さよーならー」
ぺこりと頭を下げて校長室を出て行く2人に手を振る唯子は、ランドセルさえ背負っていれば本当に小学生のようだった。一瞬、黄色い帽子とランドセルの幻が見えた気がして、ユノは複雑そうな顔をしながら。自分たちも片づけをするために唯子へと声をかけるのだった。
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