第25話 「うるさい、引っ込んでろユト」

 どわっと入ってくる、まさに大波と言っても過言ではないほどの若年層の人々に唯子は目を瞬かせた。「ここに鳩目先生がいるってほんとー?」「俺は俺。先生がいーなあ、『ドルフィン・アタッカー』最高だったし」「サインとかもらえるかな?」「本あるよね?」「俺。先生の新刊買おうぜー、鳩目先生のもー」そんな言葉が口々に吐かれる中で。唯子は泣きそうになった。

 こんなにも、こんなにも自分の本を欲しがってくれてる人がいる。そんなこと、思いもしなかった。唯子はただ、書きたいものを書いただけ。それがたまたま賞を取ってしまっただけと思っていたが、いつの間にかこんなに多くの人に応援され、期待されてきたんだと。

 そんな中、ユノが声を張り上げる。


「鳩目にお先生は反対側になりまーす、こっち側は俺。の作品になりまーす。新刊も既刊もご用意しておりますよ」

「あっ、い、いらっしゃいませー! 鳩目におです、えっと、その。し、新刊あります! よろしくお願いします!」


 唯子は、ただ大人っぽくて可愛いからという理由で服を選んできたが、その格好はメイド服に近く。しかもそこら辺の安っぽいメイドじゃない気品がある洋服に身を包んだ美幼女が、鳩目におと名乗ったことで客たちはざわついた。最初、一般入場者の人々はこの美幼女は鳩目におの妹か何かだと思ったのだが、まさかの本人だという発言に驚いたのだ。中には写メを取ろうとする人もいたが、そこはすかさず彩花が前に立って妨害した。その隙に、横をすり抜けた女性数人が唯子につめよる。


「お嬢ちゃん、嘘ついちゃダメだよ? 鳩目先生じゃないでしょ?」

「そうだよ、本当のこと怒らないから言ってごらん?」

「え……、わたしが鳩目におですけど?」

「そうですよ、この方は鳩目にお先生です。小説家になろう編集部が責任を持ちますよ」

「……じゃあ、なによ! あたしたちはこんなガキに負けたって言うの!? どうせ親か家族が書いたのを出したくせに!」

「わたし、両親も一人っ子なので家族もいないので違いますけど」


 負けた。彼女がそう言っているのはきっと、この人は抽選に落ちたか、なろうコンテストで落ちてしまった人なんだろうなと唯子にもあたりがついた。そして、負けたのがこんな子ども(のからだをした29歳)だと知って、その怒りが爆発してしまったのだろう。こんな風に絡まれるのも予想はしていたが、まさか盗作したんだろうと言われるとは思わなかった。まあ、小説家になろう編集部が責任を持つと言ったことでさらに怒りに油を注いでしまったようだが。

 そこで、さらりともう家族はいないと言った唯子に同情の目が集まる。たじろいだ女性たちはそれでもなお食い下がってきた。


「じゃあ!!」

「それに、29歳にもなって盗作なんてばかな真似しませんよー」

「「え」」

「え、29歳?」

「うそ、でも子ども……」

「ハイランダー症候群って言って、からだの成長が止まっちゃう病気なんです」


 たしか7歳くらいになったんですよねー。ほのぼの気軽に話す唯子に、どんどん同情の目が多くなっていく。家族もいない、自身も病気。それなのに小説を書いて、大賞を受賞するほどの才能がある。点は二物を与えないというが、本当にその通りだと頷くのが大多数の中。責める真似をしてしまったことについて、不愉快そうな視線を鳩目におのファンから向けられた女性たちは校長室から足早に去っていってしまった。

 残されたのは、別になんでもなく身の上話をしただけのきょとんとした唯子と不愉快気な顔をしている彩花。ユノはお客の相手をしていて騒動に気付かなかった。ただ、なんとなく静かになってしまった唯子側のファンに事情を聴いて頭を抱えていたが。さっそくやらかした馬鹿がいたかと。


「あの! わたし、今日すごく楽しみにしてきました! わたしのことはどうでもいいので、だからみにゃ……みなさんも、楽しんでください!」


 けして唯子が悪いというわけではないのに、にこっと笑ってメイド服じみたワンピースの両端をつまみあげてお辞儀した唯子に。その様子が無邪気で愛らしくて、思わずほんわりと和んだ雰囲気に。

 彩花はあの頃の、セーラー服を着た唯子の面影を見た。そうだ、先生はこんな風に周りを穏やかにする力がある。『えへへ、わたしも昔泣き虫だったんだー、一緒だね!』そう言って笑ったあの頃の彼女が、戻ってきた気がして。彩花は下唇を噛むほど嬉しかった。


「鳩目先生、新刊1冊下さい!」

「あ、あたしも! サインって描いてくれますか?」

「新刊にサインください!!」

「あの、『アオハル×メイカーズ』面白いです! 応援してます、新刊下さい!」

「えっとえっと」


 わっと押しかけて来たお客たちにあわあわとしている唯子。そんな唯子に助け舟を出すように鋭い声が隣から飛んでくる。


「皆さん一列に並んでください。先生が困っているでしょう」

「なん」

「なにか?」

「「「い、いいえ」」」


 突如命じてきた声に、何人かが反応したが。有無を言わさない彩花の口調と、その輝かんばかりの顔面に黙り込む。さっきから助けてもらってばかりだがずっと自分についていてもいいんだろうかと首を傾げた唯子は、お客をさばきながら。


「あ、彩花さん。そろそろ戻らなくて大丈」

「あー、センパイ発見。部長、すぐ戻りますんでー」

「夫じゃないですよね、すみません。ありがとうございます!!」

「いえ、先生のお役に立つことができたのならよかったです。戻りましょう、小宮山さん」

「俺。先生ー。頑張ってくださいねえ」

「うるさい、引っ込んでろユト」


 声をかけた途端に、校長室の扉の前で列になっているお客たちの合間を縫って。スマホを片手に小宮山が迎えに来た、相手はどうやら編集部長らしい。明らかにお偉いさんから呼び出しを食らってる雰囲気の彩花に、唯子はずっとここにいさせてしまった謝罪と、列など騒動を治めてくれたお礼を言う。が、そんなことは当然だとばかりに一瞬微笑むと、小宮山を連れて出て行こうとしたが。当の小宮山がユノにちょっかいを掛けた。まあ瞬殺で笑顔のまま親指を下にたてられていたが。


「鳩目先生、新刊1冊ください」

「サインください!」


 まだ、ラノベフリマは始まったばっかりである。


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