第24話 「……にお、後ろみてみなさい。もっとどきどきするから」

「彩花さん!!」

「先生!」


 お前ら恋人かよ。

 電車で約10分。ずっとうつむいて白い顔のまま沈黙していた唯子が、会場について。とりあえずあの美少年君に会せれば元気になるだろうと連れてきた出張「カクヨム編集部」のスペースで、抱きつきまではいかないもののお互いしか見えていない感じで駆け寄る2人にそんなことを考えたユノだった。頭の中に地図は把握済みである。とはいえ、唯子の方の外見が幼いこともあって、周りには兄妹か何かとしか思われなかっただろうが。


「彩花さん、わたし、わたし……出れましたよ! 彩花さんとの約束だけ、考えてここに来ました」

「さすが先生です、頑張りましたね。と言いたいのですが、あと30分で一般の方が入場してしまわれるのでスペースの用意した方がいいですよ。……大変不本意ながら慣れてらっしゃる俺。先生もいらっしゃることですし、用意してきてください。ぼくも早く並びたいので」

「……! はいっ!! あ、でもでもユノちゃんは不本意じゃないです!」

「そうよ唯子、この美少年君にもっと言ってやりなさい」

「俺。先生~、会いたかったですう」

「行くわよ唯子、ここ空気が悪いわ」

「え……あー、うん! 時間だもんね行こう、ユノちゃん」


 ちゃんと、出てこれたことを報告するあたり義理堅いというかなんというか。唯子がそんな報告をしていると、もう開場30分前になってしまっていたらしい。早めに出たかったが、唯子があの様子じゃ仕方ないかと割り切って、彩花の失礼な言葉に反応した唯子にいいぞいいぞとのったが、途端に不愉快な声がした。小宮山だ。急いで唯子の手を握ると、「ちっ」と2人……彩花と小宮山から舌打ちが聞こえたが気にしないで。

 小っちゃい手で一生懸命に握り返してくる唯子にユノは若干萌えながら、2人はスペースである校長室に向かってスーツケースを転がしながら歩き出したのだった途中で見本誌を見本誌コーナーに置くことも忘れないユノはちゃっかりしていた。



「お、終わったー」

「なにだらけてんのよ。戦いはこれからよ」

「うう、戦う準備だけで疲れたよー、ユノちゃん」

「いち……じゃなかった、にお。ここでは本名禁止だから覚えておきなさい。ちなみにこれ暗黙の了解ね」

「まじか!」


 用意された2個繋げた小学生が使うテーブルに、白いレースのテーブルクロスを敷いて。見本用の本を立てかけて。背後の壁にサークルキットと呼ばれる場所とサークル名……はないから「鳩目にお」と描かれたポスターをはって。POPを置いたり、1冊500円と本の金額が書かれた紙を机にはったりと。準備するだけで一苦労とばかりにイスに座ってぶらぶら足を揺らしながらため息をついた唯子に、同じく用意がし終わったユノが頬づえをついて注意する。比較的狭い校長室に2つ並べた机が壁際に向かい合うように並んでいる。2人とも直接搬入で頼んだため、背後には大きな段ボールがある。その中に本が入っているのだ。

 うにゃーと唯子がテーブルに懐いたとき、ぴんぽんぱんぽーんと木琴のような音がした。上に取り付けられているスピーカーからだ。たぶん放送室を使って全教室に流しているのだろう。


『あと5分で一般入場の方が入って来られます。各サークルのみなさま、ご自分のスペースにお戻りください。繰り返します。あと5分で一般入場の方が入って来られます。各サークルのみなさま、ご自分のスペースにお戻りください』

「はあ、どきどきするー」

「……にお、後ろみてみなさい。もっとどきどきするから」

「え?」


 ユノに促されるまま、唯子が後ろを振り向くと。そこには校舎の開場を待つ人たちがずらっと並んでいるのが窓越しによく見えた。この人たちが一般入場の方たちということだろう。中には校長室の方を見て、驚いたような顔をしている人たちもいる。ちょっと、びくりとした唯子だったが。そりゃあこんな(見かけ)子どもが販売のところに居ればびっくりするよね、と思った。が、実際はそれだけじゃない。校長室が鳩目におと、俺。の2人によって占められていることはWEBカタログで一目瞭然だった。なのにそこにいるのは小さな美幼女。どういうことかと首を傾げられていたのだ。

 まあそんなことは知らない唯子は、ぱっと顔をユノの方に戻して。ふにゃりと幸せそうに笑った。


「こんなにラノベ好きが集まるんだね、なんか仲間がいっぱいみたいで嬉しいな」

「気軽に読める本だからね、ライトノベルは。それが本屋よりも安く、色んな人が書いたものが売られてるから結構人気なのよ。ラノベフリマ。プロもアマチュアも参加できるし、逆にここからプロになっていく人もいるからね」

「ふえー」


 もうただのアホみたいな声を出すことしかできなかった唯子。しかし、そんな会話をしていれば5分なんてあっという間に過ぎてしまうわけで。また、ぴんぽんぱんぽーんと木琴で叩いたような気の抜ける音がして。


『開場します』

「わわ、列が動き出した!」

「そりゃあ中に入って来てるんだから動くで」


 しょうよと続くはずだったユノの言葉は、いささか乱暴に開けられた校長室の扉にかき消された。そして中に入って切ったのは―――。


「先生っ、お待たせいたしましたっ! 新刊4冊下さい! 全部サイン付きで!」

「あ、彩花さん! え、すっごい息切れして」

「走ってきたもので……」

「そんな、走らなくても彩花さんのサイン本残しておいたのに……、あっ! ええっと、いらっしゃいませ! 新刊4冊ですね、サインはいまお書きするのでお待ちください!」


 言いたいことは色々あったが、千円札を2枚握りしめて呼吸を整えている彩花は確かに初めての『お客さん』だから、後ろの段ボール箱から本を取り出してお金を預かると、4冊全部にサインを描く。ここ2、3日ずいぶん練習したから少しはへたっぴじゃないよね、と唯子は思いつつサインを描くためさげていた目線をあげると、彩花が目を覆って震えていた。


「彩花さん?」

「な……こ……、かっわいい、サイン、ですね」

「えへへー、にこちゃんマークは彩花さんに特別なんです。内緒ですよ?」

「~っ、はい」

「え……なんで真顔?」

「お気になさらず」


 筆記体で描かれた「Nio」というサインのOの部分に書かれたにこちゃんマークのところを指さしながら言う彩花に、まだ他の客は来ていないが声を潜ませて「彩花さんだけ特別です!」と嬉しそうに笑う唯子に、身体中を這いまわる圧倒的な悶え感にすんっと真顔になった彩花だった。意味が分からない。

 はい、どうぞとサインした本を重ねて立ち上がりながら一生懸命に渡すため腕を伸ばしてくる唯子に。彩花はまた内心悶える。そんなどこか甘い雰囲気の2人をユノは呆れた目で見ていた。

 ちょうどそんなときに、再びがらりと校長室の扉が開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る