第22話 「えへへー、不二子ちゃんスタイル!!」
「先生、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です! お部屋も綺麗にしたし、お茶菓子もお茶っ葉も皇室御用達のいいものを揃えたし……!」
「先生はどんな上客を相手にするつもりなんですか? ……というか望月ユメトグッズはあのままでいいんですか?」
「ユメトくんがいなくなったらわたしのアイデンティティがなくなっちゃうじゃないですか!」
「いえ、十分にあると思いますけど……」
隣でそわそわを隠し切れないで座っている唯子に、彩花は眉を少し寄せて尋ねるが。返ってきた答えはどこの上客をもてなすためのものだと言いたくなるような返事だった。しかも確かに部屋はゴミ1つないが壁や天井には望月ユメトのタペストリーにポスター、棚にはフィギュアやぬいぐるみ、缶バッジが並んでいる。
……またグッズが増えたなと思うが気にしない。所詮あれは二次元の存在、三次元で実際に存在している自分とはまるでに相手にならないと彩花は考えていた。問題はそこじゃない。そして、彩花の言葉に対して甘噛みついてきた唯子の格好を見て、彩花は言いよどむ。
青いカラコンはもちろんのこと。いつもの文字Tシャツに黒いタイツではなく、彩花が持ってきた服の中から選んだのか。首もとは白いレースに埋もれて大きな濃いグレーのリボンでくくられている、長くて指先の見えない袖の部分にも当然白いフリル。
どこか空気を孕んだように膨らんで裾の方のリボンと胸あたりから続くボタンによってとめられた全体的に灰色の縦縞のワンピースにニーハイソックス。
白金の緩くウェーブのかかった髪に白磁の肌は画面越しでしか会えなかった友人に会えると少し紅潮していて。すっかりおめかしした唯子は大人しくしていればお人形さんのようにも見えなくもない。そのことに、若干不機嫌さがぬぐい取れない。相手はあの「美少女を愛してる」と言ってやまない
ぴんぽーん
どこか間の抜けた平和なチャイムの音ともにぴょんっとソファーから飛び降りて、玄関に急ぐ唯子にまた胸の中にもやもやしたものを抱える彩花だった。が、ユノの手を引いて一生懸命に先導する唯子の姿を見て心癒されたので何も問題はなかった。
抹茶色と白の紙袋とバッグを肩にかけている右手と反対方向の手を引かれているユノも、苦笑して彩花と向かいのソファーに案内されるまで大人しくしていた。
座ると、唯子が小さいお盆にチョコレートと紅茶を乗せてえっちらおっちら運んでくる様子に、彩花とユノ2人して癒された。
なんとか運んできたそれをユノの前において、任務完了とばかりに額の汗をぬぐう仕草なんて最高に可愛かったと彩花は思っている。とてとて唯子が彩花の隣に戻ると、ユノが。
「いやー、あんた美少女ね。なによこの肌のきめ細かさ、画面も正確じゃないわー。あ、そうだこれお土産。この間静岡に行ったから、抹茶クッキー。試食したら美味しかったから買っちゃったわ」
「わあ、いいの!? ありがとうユノちゃん!」
嬉しそうに紙袋を抱きしめている唯子は大変幼女な唯子ちゃんだった。美少女好きのユノがん゛ん゛っと声を上げて思わず腰を上げローテーブル越しに抱き着きそうになるのを。
猫形の木のお盆でユノの顔面を叩いた彩花に、唯子が呆然となるまでが流れだった。まあ、すぐに復活したユノに文句を言われていたが、彩花はふいっと横を向いたまま無視していた。結局無視に呆れたユノが大人の対応でやり過ごして。
自分のバッグを漁り1枚の書類を取り出すと本題に入った。
「もういいわ。本題に入るわね。あんた、見本誌は?」
「作りました!」
「小銭の準備」
「OKです!」
「スーツケースは?」
「彩花さんに貰ったのがあるから大丈夫!」
「なんで美少年くん……あ、いいわ。説明しなくていいわよ。入場証は?」
「ここに!」
見本誌……入場者がブースに来る前にどんな内容のものを売っているのかを確かめるための本は? と聞かれて、見本用に1冊印刷所から届いていた本に入場証と一緒に印刷した見本誌ラベルがはられたものを作業場の方を指さして頷く。
小銭の準備は彩花にやってもらい、間違いはないはずだ。当日必要なもの……テーブルクロスやひざ掛け文具やごみ袋、値段が書かれた紙やPOPもあるといいと言われたため用意したものがつまったスーツケースは以前彩花が服を持ってきてくれたのを再利用してる。それを伝えようとしたところ、真顔で説明しなくていいと言われた。
さらに、入場証については。
「先生……っ!!」
「唯子あんた……」
「えへへー、不二子ちゃんスタイル!!」
「あんたの場合は胸の布が余ってたからできたんでしょ。むしろ唯子ちゃんスタイルよ」
「ふぐっ!!」
切れ目の入った胸元から入場証の入ったファイルを取り出した唯子に絶句する彩花とユノ。彩花に関しては完全に頭を抱え込んでいる。ユノは冷静に返してきたが。その冷静さが唯子の心を抉る。うう……と涙目になる唯子、誰も得しない唯子ちゃんスタイルだった。
「本は会場に直接搬入だし……これ以上は特に確認することもないわね。じゃあ明日、ここにちょっと早く朝7時に迎えに来るのでいいかしら?」
「うん!」
「今回の会場は大明小学校の廃校舎だから、池袋から近いしわりかしいい立地よねー。……ってことで、これ以上いると番犬くんがうるさそうだから帰るわね」
「番犬くん?」
「俺。先生……!!」
いまにも唸り声を上げそうな顔でユノを睨みつける彩花にべっと舌を出して。ひらひら手を振りながらチョコレートも紅茶もごちそうさま、と言いながらバッグを肩にかけなおして。
最後に1つ、ユノは。
「あ、唯子」
「なあに? ユノちゃん」
「赤い目も似合ってるわよ」
「!?」
最大級の爆弾をぶち込まれて固まっている唯子に優しく笑ってウインクしてから、帰ったのだった。
その後、唯子の前におかれた紅茶の中にどぎつい青のカラーコンタクトが浮いているのを発見した唯子は「ぴぃぃぃぃ!!」とひよこのような叫び声を出して、案の定隣から壁越しに「うるさい」のキックをもらったのだった。
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