第20話 「やあああ!! 彩花さんのばか!」
少女の、どこかゴシックがかった洋服だった。青いワンピースに白いフリルを重ねたドレスエプロン、青と白の縞々の靴下にヒールのついたミニブーツ。小さいそれは少女や幼女が着るようなものだ。それを、なぜ彩花が持っているのか。そんな疑問が顔に出てしまったのだろう。いや、顔というか首を傾げた時点で疑問は表に出ていたが。しかし、なにかに気付いてしまったかのように顔を青ざめさせた唯子に。眉をひそめた彩花。
「彩花さん、まさか女装趣味が……いいんです、わたしはどんな彩花さんも素敵だと」
「ぼくは着れませんと言ったのが聞こえなかったんですか? どう見てもサイズ合わないでしょう」
「そ、それはつまりサイズが合えば着る」
「先生、怒りますよ?」
「ひょえっ!」
すでに眉間に500円玉がはさめそうなくらいには深くしわが寄っている。そして怯えたように我が身をかき抱く唯子を見てから、片手で頭を押さえて大きくため息をつく。そんな姿も絵になるなあ、(美麗スチル日常編Ver3ゲットだぜ!)なんてもうえへえへ顔を緩めている唯子には。そのため息の意味は分からなかったが。
とりあえず、女装趣味疑惑だけは避けられたからいいとして。と気をとり直して唯子の方を見ると、なぜかにへにへ顔を崩していたためとりあえず現実に引き戻そうと頭に軽くチョップした。それでやっと我に返った唯子は彩花が片手で持っている服の出どころを聞く。
「彩花さん、その可愛いお洋服どうしたんですか?」
「……ぼくの母が送ってきました。担当している先生が身体の小さい方だと言ったら張り切ってしまいまして」
「……なんでからだが小さいと張り切るんでしょう?」
「さあ?」
(担当している先生じゃなくて、好きな人が。って言ったことは言えないな)
せめて両想いにならないと。と自分の心を奮い立たせ、猫のカーペット(血抜き済み)にぺたんと座り込んでしまった唯子の前にそれを置く。それからスーツケースを横に倒して、持ってきた服全部を唯子の前に重ねると軽い小山ができた。全部で21着。母は随分張り切ったらしいなと思えば、唯子が途端に慌てだす。
「ななな、なんですかこの量! 彩花さんのお母様は愛情の女神様かなんかですか!?」
「いえ、一般人です」
「じゃあなんでこんな見ず知らずの幼児体型アラサー寸前のこのわたしにこんなにお洋服くれるんですか!?」
「一度写メを送ったことがあるのでそれのお礼でじゃないですか?」
「んなっ!!」
いつですか、いつの写真を送ったんですか! とわめいている唯子は、それでも女子だった。可愛い洋服に目は釘付けである。子どもっぽい印象はない、ただ大人らしい可愛らしさを追求したようなそれらに胸が高鳴りっぱなしだ。
日常の写真ですよと軽く返して、彩花は。一番上にのっていた深い緑のシャツに茶色のコルセット、縦縞に深緑と白が入ったスカートを持ち上げて言った。
「焼却処分にしますか? それとも先生が着ますか?」
「う、うう……き……でも、もったいない……素敵だし……でも、こんなに受け取るわけには……せめてお金」
「受け取りませんよ?」
「うぎぎ、彩花さあん。お願いですよお」
「猫なで声を出してもダメです。受け取りません」
「でもでも!!」
「……じゃあ、今度この洋服を着てぼくとお出かけしてください。それでおあいこです」
それが唯子にとって、どれだけ難易度が高いことかは知らず。無言のままこくりと頷いた唯子に疑問を持ちながらも、彩花は約束を取り付けて。じゃあ早速着てみませんか? と声を掛ければ、目を輝かせた唯子が彩花の持っていた服を受け取りトイレに籠って着替え始めたのだった。
その間彩花がなにしていたのかというと、どっかのお母さんよろしく自分がスーツケースから取り出した服を再度畳み直してまたスーツケースに仕舞い。スーツケースごと先生に進呈しようと考えているのであった。
「うう、やっぱりわたしみたいなちんちくりんにこんな素敵なお洋服は……」
「大丈夫です、先生。絶対に似合ってますから、だからとりあえずトイレから出ましょう」
「でも……!」
「先生、うちの母は趣味が高じて一時期お針子してたんで。洋服に関するセンスはかなりいいです。だから……開けますよ」
「やあああ!! 彩花さんのばか!」
5分待った。10分待った。15分待って、さすがに長すぎやしないかと思い始め20分すぎたところで我慢ができなくなった彩花が廊下を突っ切りトイレまで行くと。トイレのドアは少しだけ開いていた。まさかこのまま着替えていたんじゃないだろうなと頬を引きつらせつつも近づくと。中から唯子のつぶやきが聞こえ、それからの攻防であった。最初、彩花に気付いた唯子はドアを閉めようとしたのだが、そこはがしっとドアノブを掴んで無理やり開けると、中から生娘に乱暴しようとしているような気分になる声が響いた。さすがにトイレは響くと思いつつ、唯子をとっさに抱きかかえリビングまで走る。そっと丁寧に降ろせば、内股に座り込んでうるうると目を潤ませた眉毛の下がった唯子に非難するようにみられた。
でも、そんな視線をはねのけ。姿を見つめると、まるで森の中に隠れて遊んでいる妖精のような印象を受けた。白金の髪、白磁の肌、ピンクの唇に普通の人間には特殊なオッドアイがさらにその印象を加速させ、思わず。
ぱしゃ
スマホを取り出して写メっていた彩花であった。が、それにあわてたのは唯子だ。立ち上がってスマホを取ろうとするが悲しいかな、身長差がありすぎた。一生懸命に背伸びしているのは可愛らしく、もう1度ぱしゃりと写メると両頬を膨らませた。それから、また内股で座るとぷいっと彩花から顔を背けた。雰囲気から言って怒ってますよ、話もしませんよと言っている行動が本当に子どものようで思わず口がにやけそうになる彩花だった。
「先生?」
「……」
「これは、母に送るように撮ったんです。実際着ているところを見せたいなと思いまして」
「……そうなんですか? じゃあ、いいです!」
彩花さんのお母様、喜んでくれるといいんですけど! さっきまでの怒っている感じはなんだったんだと言いたくなるくらいにわくわくしている唯子に若干呆れながらも。2枚めの写真には言及せずそれでいいのか危機管理! と頭を抱えそうだったが、とりあえず台所から新しいフォークを取ってきた唯子が幸せそうに再びパンケーキにかじりついたから。いいことにしようと彩花は軽くため息をついたのだった。
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