第19話 「ぼくは着れませんし、焼却処分で」
それから数日。家ということもあり、カラーコンタクトを外していた唯子のもとに。
それは唐突にやってきた。
15時を過ぎたころに、急にパンケーキが食べたくなった唯子はなぜかスーツケースを持ってやってきていた彩花の分まで合計6枚の分厚いパンケーキを焼いて。たっぷりのバターとメープルシロップ、生クリームとジャムを乗せてローテーブルのあるリビングに甘いにおいを漂わせていたときに。
ちなみにもう写メりずみで、あとでスカイプ越しに夜中にユノちゃんに送ろう! と飯テロする気満々の唯子だ。
唯子がちまちま小さい口でパンケーキを食べていると。ぴろりんぴろりんと軽い音がして、つけっぱなしだったパソコンの画面が明るくなる。唯子のパソコンは10分以上触れないと暗くなる省エネ設計である。
画面にはメールのマーク。「先生、マナーが悪いですよ」とソファーに座って同じくパンケーキを食べる彩花に怒られつつも、フォークをくわえたまま画面に近寄り。迷惑メールか、もしくはユノちゃんか、なろう編集部かと数少ない送り元のことを考えつつメールの画面を開くと。ぽろりとフォークが口から落ちる。
『件名:厳選なる抽選の結果』
『厳選なる抽選の結果、サークル名鳩目にお様におかれましては校長室B-2が当選いたしましたことをお知らせします。1ブースお申し込みということだったので、入場証は3枚、イスは1つ、出店料は3500円になります。入場証は印刷して当日入場する際に係員に渡してください。また、webカタログ登録をお願いいたします。
下記のURLより出店に関するご質問、振込先などをご覧ください。
https://ranobehurima-tokyou.net』
「あ、あ、あ、彩花さん! ラノベフリマ受かっちゃいました! しかも校長室! ユノちゃんと一緒のとこ!」
「え……あのぎりぎり申し込みで校長室!? んんっ……運営が企んだのか先生の引きが異常なのかはわかりませんがおめでとうございます。原稿、ちゃんとやってたかいがありましたね」
「はい! 彩花さんが魔法もかけてくれましたし、わたし、ラノベフリマ参加出来そうです! ありがとうございます、彩花さん!」
「別に……ぼくは大したことはしてませんから。……あ、あと先生。これ差し入れです、すっかり忘れていました」
「?」
美味しいパンケーキ、しかも唯子が作ってくれたものを味わって食べていたら。すっかり自分がここに本当はなにしに来たのかを忘れていた彩花は、いつも通り持ち歩いているビジネスカバンの中を探る。そして出てきたのは。長方形の細い箱だった。よくよくみれば、青い目の模様や、網膜を覆うなどの文字が見える。カラーコンタクトだろう。
「魔法の控えです。前回は1回分しか持ってこなかったんですけど、1dayのものなので何日かぶん持ってきました」
「何日かぶんって……これ1箱10日分って書いてありますよ!? それが1,2、3ってことはほぼ1ヶ月分じゃないですか! い、いくら彩花さんの魔法でもこんなに受け取れません!」
「ぼくがいいと言ってもですか?」
「言ってもです!」
確かに1dayのものだから、1日で外してくださいね。と鏡を見てはしゃいでいた唯子に優しくかけられた言葉は覚えていて。だからちゃんと1日で外してしまったが。
その後は執筆したり挿絵を描いたりと色々忙しく創作活動をしていたためそれどころではなかったし、ユノからもスカイプが来たりすることもなかったから。鏡を見るたびに一時的にも魔法をかけてもらったことにふやけてしまうような感じだった。
それを約1ヶ月分。唯子だって馬鹿じゃない、カラーコンタクトがそんなにひょいひょいプレゼントできるようなものではないと調べたし、網膜を覆うタイプについてはそれこそ目玉がとび出るくらいの値段がしたはずだ。
あわてて胸の前で両手を振る唯子に、あっさりと真剣な顔のまま彩花は言った。
「じゃあ、あとで捨ててきますね。ぼくは先生からお金は1円……いえ、1銭たりとも貰う気はないので」
「あうっ! そ、そんなもったいないこと……!!」
「でも先生は受け取ってくれないんでしょう? ぼくが使っても意味ないですし」
「ううう……、そういう言い方はずるいと思います! もったいないお化けがでちゃいますよ!!」
「もったいないお化けって……」
恨めし気に下からみてくる唯子がさっきとは真逆に手を逆さにしてぶらぶらと揺らしながら彩花に近づいてくる。が、どうみても小学生低学年並みの身長しかない29歳がそんなことをしているのが子どもっぽい。さらに言えば言葉の方も子どもっぽい。「もったいないお化け」(いまどき『もったいないお化けって!』)と内心愛おしさに震えた彩花だったが、魔法の控えなのだからつまり唯子への密かなる貢物である。さらに言えば、今日やってきたのはこれを渡すためともう1つ。ソファーの横に置いておいたスーツケース上の部分のジッパーを外し、中にずぼっと手を突っ込む。
「じゃあこれももったいないお化けがでちゃいますね」
「え?」
「ぼくは着れませんし、焼却処分で」
そう言って取り出されたのは。
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