第2話 「とても、きれいな色ですね」
「改めまして、先生。担当になりました彩花るいです。年齢は16歳と若輩者ですが海外で大学は卒業しています。来月から創刊の『カクヨム』WEB月刊連載誌K:yom-zで」
「ぐっはあ!!」
「先生!?」
鋭利系天使がいたとの証言はのちの唯子談である。
上着を脱いだスーツ姿の10代後半の美少年……というのもおこがましいほどの顔面が眩しい美少年がいたからだ。さらっさらの襟足の長い前下がりマッシュボブの灰色に近い銀髪に青いクールな印象の瞳、そして白い肌に薄い唇が酷薄そうで。それをずれた眼鏡を直して認識した途端。
突然足元で爆弾が爆発したような勢いで後ろ向きにロケットのごとく飛んでいった唯子に、彩花と名乗った少年があわてて扉を開け放ち。靴のまま玄関マットに上がりその倒れこんだ小さなからだを抱き抱えた。その際、あ、いい匂いがすると唯子が思ったのは内緒である。
「だ、え? ど、どかしましたか先生!? 鳩目にお先生!?」
「先生なんておこがましい身の上です、そこらの、ゴミ、クズとお呼びください天使さま」
「いえ、一般人ですが。というか、ぼくは先生に付かせて頂く編集者で……じゃあクズ?」
「ためらいがない! って編集者!?」
そんなところも素敵! と鼻血が出そうで鼻を押さえていた唯子。16歳で編集者とか天才かよ、っていうか飛び級。天才だな(確定)これどんな少女漫画設定だよ!! と内心ややキレめに百面相している唯子を。
すぐに大丈夫だとわかったのか、彩花はあっさりと手を離した。そして唯子は頭をフローリングに打ち付けふごっという女性らしくない声を漏らした。
そのときだった。打ち付ける前に風圧でふわりと浮いた左目をおおう髪の毛が浮き上がる。とっさに隠そうとしたもののばっちり左目があってしまった。
あってしまったのだ、彩花の青い目と対照的な真っ赤な瞳が。彩花の青い瞳が大きく開かれる。その態度に白磁の肌は瞬時に青ざめ、左目だけをおおう髪を眼鏡の上から押さえる。ばくばく高鳴る心臓がうるさい。神経を圧迫されたように吐き気までしてくる始末。
どうしようどうしようどうしよう、また。気持ち悪いなんて言われたら―――。
そんな言葉を心のなかでのみ込みながら。小さく震えていると。
「びっくりしました。目が充血してるのかと心配しましたが、瞳の色だったんですね」
「は……い」
小さなころから、奇異の目で見られてきた。赤と青のオッドアイ。この瞳の色が原因で父と母はいつも喧嘩をしていた。そんなおりに事故にあい両親とも亡くなったが、親戚は財産は欲しがっても小さな唯子だけは欲しがらなかった。
高校では大好きだった、親友だと思っていた女の子がこの瞳について陰口を言っていた。赤なんてありえない、気持ち悪いと。だから、あの時から、16歳の時から両親が残してくれたマンションの一室で一人暮らしてきた。
そのころから左目を隠すように髪を伸ばし始め、いまではもう惰性で全体の髪ごと伸ばし続けていた。そんな面白いとも思えない過去を振り返りながら、唯子は胸の前できゅっと両手を握って。目をきつく閉じた。
「とても、きれいな色ですね」
「え……」
「? とても鮮やかで美しい色だと思ったのですが……」
なにか問題でも? と傾げる首は細いながらも無駄な肉なんてなく、女の子のようにか細いわけでもなく。ただ未発達な幼さを残している。顔については不思議そうに眉をひそめてはいるがそれがかえってクールな印象に似合っているというか。ただまばゆいばかりの美少年である。
(これが神の創りたもうた芸術品よ……!)
唯子は心の中でサンバを踊った。というか、踊った自分を想像したが無茶すぎてやめた。まず衣装が似合わない。正直いまなら喜びと感動でワンホールの苺タルトを食べられそうな気がする。ただ悲しいことに唯子は苺アレルギーであったが。ちなみにタルトも嫌いだ。
『あんたが今日の主役』と書かれたタスキでも斜めにかけてほしい気分である。ついでに王冠もあげちゃうなんて思っていた唯子は。そんな内心の思いで、どこか泣きそうな認めてくれたと安堵する声をかき消して。だって、また信じて裏切られたくないから。人間には、裏と表があると唯子は知っている。もしかしたらこの人も裏では唯子を嘲笑っているのかもしれない。そんな、考えたくないようで考えてしまう考えを潰して。
とりあえず彩花に靴を脱いでもらい、ずるずると長い髪を引きずりながら作業場のあるリビングへと案内したのだった。その時に、彩花が引きずられる髪の毛を何を思ったのかぐわしっと先の方を掴みあげたことで。
「ぎゃおん!!」
「ぎゃ……もっと大人っぽい悲鳴あげてください、先生」
「あ、あはーん?」
「もう意味が分かりませんから」
頭皮を引っ張られ痛みを覚えた唯子が痛みのあまり涙目になりつつ悲鳴を上げればすかさず文句がついた。だから出来る限り大人っぽい、色っぽい声を上げてみれば即座に却下されたが。いや、唯子も悲鳴であれはないとは思っていた、が。悲鳴に大人っぽさを求めるのもいかがなものかと! と反論したい気持ちもある。しかし。
じっと彩花の方を見つめる唯子。髪の毛の先に絡まった糸くずを仕方ないですねと言いながらとってくれているのが現実だが、唯子フィルターにかけると髪の毛を持ってくれているだけのように見える。そう、まるで花嫁衣裳のヴェールを持つ少年のような……清廉さがある。
(ヴェールボーイ×花嫁の禁断愛萌え!!)
ただしその場合は花嫁はお家のための政略結婚で花嫁側には愛はなく、ヴェ-ルボーイはたまたま欠員が出たために無理やり連れてこられた幼なじみで。花嫁を巡って起こる恋のトライアングル、いいね!! イイヨ!! ここまでの妄想1秒である。29歳の喪女の妄想力をなめてはいけない。えへえへと口もとのにやけを両手で半分かくしていると。
「先生、なに1人でにやにやしてるんですか。連載について大事なお話があるので早く行きますよ」
「この部屋の家主わたしなのに……」
呆れたような視線を飛ばしてから、ヴェールというか髪を軽くつかみ唯子を追い越し部屋へと進む彩花に。後ろ髪を軽く引かれている様子はまるでリードを付けた犬のようだったが、そこらへんには気付かない唯子だった。そして、実際には髪は前に引かれているという。
本当は、部屋に誰かを入れるのは嫌だった。友達のユノちゃんだって入れたことはない。そもそも唯子以外は入ったことのない部屋だ。それでも、この赤い瞳を綺麗だと言ってくれた彩花を、気持ち悪いではなくまず心配してくれた。裏があるかもしれないけど、でも。そんな優しい人を招き入れたことに戸惑いはないから。ゆっくりと唇を緩めていたのもつかの間。
(あ、リビング片付けしてない……)
「ちょちょ、ちょっと待ってください! リビング入るのタイム! 片付けますから5分ほど待ってください! クールタイム、クールタイム!!」
「何がクールタイムですか。Cool Time。発音が間違ってますよ」
「発音はどうでもいいんです、とりあえず待っててください! 5分……いや、3分でいいんで!」
戸惑いはないけど、躊躇いならあった。なぜなら。美少年の眼前に汚部屋をさらすのは忌避感があったから。という理由だけで十分だろう。
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