第3話 「……どんな人体構造してるんですか?」

「改めまして、4月より創刊される『カクヨム』発足のWEB小説誌月刊K:yom-zの編集者の1人である彩花るいです。鳩目先生におかれましては今回カクヨ厶Web小説コンテストにご応募された『アオハル×メイカーズ』で大賞を取られたことはもうご存知……みたいですね」

「あ、はい。いまパソコンでの通知見てました」


 ちらりとローテーブルに唯子と向かい合って正座で座りながら、作業場のデスクトップパソコンの画面に流し目をやる彩花。唯子はその流し目まじでカメラに収めたかった!! と悔しくて横を向きながら涙した。ちなみに作業場は見れる程度には片付いている。というか、片付けた。何を賭けたのかと聞かれたら迷わず唯子は命と答えよう。


 そのかわり、ごみを詰め込んだクローゼットの中が大変なことになっているが。唯子の頭の中の0.01%分くらいの容量しか占めていない。こんなすんばらしい絵に描いたような美少年を前に他のことなんて些事である。


 彩花が唯子に視線を戻す前に涙を拭きとりきりっと彩花と視線を合わせようとするが、悲しいかな座高の差で見下げられているように見えた。別に彩花が高いわけじゃない、7歳の子の身体が小さすぎるのだ。この見下し感たまらねえ!! ソシャゲの第一部クリア報酬のUR主人公よりもレアと噂されるSR並みじゃんか! 唯子は心の中で叫んだ。


 ついでに無言でガッツポーズを決めた唯子に彩花は不審者でも見るようなまなざしを送っていたが、心の声を聞いていたら余計ひどいもの……それこそ見下し満載になること間違いなしだろう。唯子は喜んだだろうが。


「画面付きっぱなしなので見ればわかります。ただ詳しいことはまだご存じない?」

「はい、見てのとおり閲覧してる途中だったんで」

「では詳しい説明をしますね。先ほども申しましたが、創刊される『カクヨム』発足の新感覚ライトノベルWeb雑誌K:yom-zに連載されることが決まりましたので。担当編集者としてぼくが挨拶に参りました。文庫本として発刊はもちろんのこと、最終的にはコミカライズやアニメ化される可能性も視野に入れて」

「ちょちょちょ、ちょっと待ってください! 文庫本はわかりますけど! 漫画化やアニメ化なんて夢のまた夢で」

「ぼくは!」


 きりっと真剣な顔をして、持ってきていたビジネスバッグから数枚の書類の入ったファイルを取り出しその紙に目を通しつつ。丁寧に淡々としゃべっていた彩花に、とっさに悲鳴のような声を上げたのは唯子だった。だって、連載、文庫化だけでも夢のようで。


 本当の自分はまだ目覚めてないのかもしれないなんて考えるほどに、受賞という言葉ですらあやふやなのに。

 さらにコミカライズやアニメ化なんてたんぽぽの綿毛くらい儚い期待だというのに、この担当編集者の少年はなんて恐ろしいことを言うのか。あ、美少年は。そんな気持ちで声を上げた唯子だったが、それ以上の声量で叫ばれてびくっと肩を震わせた。


 小さく震えたか細い肩に、はっとしたように彩花は「申し訳ありません」とローテーブルのぎりぎりまで頭を下げた。

「でも」と次に顔を上げたときには、その一見冷ややかにも見える青い瞳に燃え上がるような感情を宿らせて食い気味に反論した。


「ぼくは、この作品はアニメ化……今の時代なら舞台化ですら不可能ではないと思っています」

「だから!」

「ぼくの仕事は、先生から原稿を受け取りそれを雑誌にすることです。売れるように努力はしますがそれ以上は作品を読む読者さんたち次第でしょう。でも! それでもぼくは他人に本を勧めるとき、『アオハル×メイカーズ』が一番面白い。次に流行がくるのは間違いなくこれだって、自信をもって言えます! だから、この素晴らしい作品を書いている先生が、夢のまた夢なんて言わないでください」

「……」


 面白い、とは何回も感想、レビュー、評価の通知欄で見かけたことはあった。それが誇らしくて、嬉しくて。自分が手掛けた作品が評価されるのは喜びしかなかったし、初めて感想がついた時は1人小躍りしたほどだった。


 でもそれ以上に、ここまで熱烈に。『アオハル×メイカーズ』に心を傾けてくれた人はいただろうか。そこまで、この作品を肯定してくれた人はいただろうか。ここまで直接的な言葉で、熱い気持ちをくれた人はいただろうか。


 見つめてくる青い目はどこまでも真剣で真摯で本当に心から、思ってくれているのだとわかった。その言葉だけで、唯子は。


 どろっと溶けた(比喩)。


「先生!?」

「……はっ! やめてくださいよ! わたし褒められ慣れてないんです、軽率に褒められると溶けます!」

「……どんな人体構造してるんですか?」

「それに顔が近いです! 一瞬ほんとうに楽園は地上にあったんだって思ったじゃないですか!」 

「申し訳ありません……?」


 あわててローテーブルを退けてまで心配したのに謝る意味が分からない、みたいな微妙な顔で首を傾げた彩花はけれどやっぱり瞳だけはどこまでも真剣に。床に膝をつきながら、手を差し伸べた。


 起き上がろうともがいていた唯子は、彩花の背中に白い翼、頭には金環、差し伸べられた白魚のような手と真剣な瞳に唯子のフィルターのかかった耳と視界は混乱を極めた。


『先生、逝きましょう?』


 よ、よろこんでー!! と幻聴に鼻血を噴出して中途半端に起き上がった体勢からぶっ倒れた唯子に、彩花はぎょっと目を見開いて。


「先生ー!?」


 と叫んだのだった。その声色が心配よりも困惑の方が優っていたことは仕方のないことだ。

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