アラサー寸前幼女小説家と予測不可能な天才美少年編集者

小雨路 あんづ

第1話 『件名:おめでとうございます』

 アニメ、ゲームそして漫画。どきどきする物語にかわいい男の子たち。好きなものは決して触れることはできない画面の向こう側にいる。


 はずだったのに。


「こんにちは、先生。担当になりました彩花あやかるいです」


 顔面ド好みまっしぐらな美少年に挨拶されてるのはなぜ?




 2月の中頃、夕方にて。


「まっじかあああああああ!?」


 思わず叫んだ唯子いちこは悪くなかったかもしれない。ただ、その声が大きすぎて隣の部屋にまで聞こえたのか。たまたまなのか、どんっと壁を蹴られたことには元々ばくばくしていた心臓がより跳ねて。つい土下座したが。誰にも見られてないけど。多分あげた声が大きすぎてうるさかった説が唯子の中で有力だが。

 唯子はラノベ……いわゆるライトノベル作家だ。といってもプロではない。カクヨムという大手Web小説サイトに投稿することで日々満足感を得る、たまにコンテストなどに参加してみようかななんて考えるワナビという人種だった。

 つい先程までは。ちなみに実際にコンテストやカクヨムとコラボして行われる大賞などに参加したことはなかった、自分の作品はかわいい我が子であるし、それに優劣をつけるなんて……と思っていたから。

 そう、それがどうしてなにがどうしてマンションの隣の部屋の住人の迷惑になったかというと。


 パソコンにメールが届いたからだ。曰く。


『件名:おめでとうございます』

『鳩目にお先生へ。第29回カクヨムコンテスト(以下、本コンテスト)にご応募いただきまことにありがとうございます。先生の作品におかれましては非常に完成度が高く、これまでの青春ループものの歴史を塗り替える勢いでした。本コンテストにおける最優秀賞受賞という形をとらせていただきたいと思います。つきましては』


「なにこれ、さんかしたおぼえな……いや、まさかあのとき……」


 ここまで読んで思い返されるのは、枝豆をつまみに宅飲みをしていたとき。テンションが上がりすぎて大好きなソシャゲである『アイドル×スピリッツ』というリズムゲームの最高難易度ランクに挑み、惨敗し。

 ふわふわとした酒の酔いと悔しさからパソコンをいじっていた記憶がある。そして、何かを見てわたしと同じ29だーと考えた記憶もある。なにが同じだったのかはわすれてしまったがまさかあの時にコンテストに参加してしまったのでは!? あわわわわと口元を押さえて一人震えることしかできない唯子にぴんぽーんとどこか間の抜けたチャイム音がアパートの1室に響く。


「まさかお隣さんがあまりのうるささに我慢できず、乗り込んできたとか……!?」


 うるさくしたのは1回だけなのにとやや涙目になりつつ、唯子はずるずると自分では作業場と呼んでいるパソコンののったデスク。その前にあるイスからもたもたと滑り落ちる。その間にもチャイムの音は鳴りやまずに激しくなってくるばかりだ。恐ろしい。


 一瞬、姿見に映った自分をみてこの格好ででても大丈夫かなとは思ったものの。相手はクレームをつけにきている相手だと瞬間的に興味をなくす。そんな唯子の格好は。

 ぶかぶかでワンピース状態の、真ん中に大きく焼肉定食と書かれた文字Tシャツに黒いタイツのみである。これが成人女性のする格好かと言えば大いに違うと言わざるをえないが、これが唯子の部屋着であった。ここで補足しようと思う。唯子がこんな痴女めいた格好をしていても平気な理由はただひとつ。


 ハイランダー症候群というからだの成長を止める病気を7歳の終わりの頃に患ってから、唯子のからだは7歳で止まっているからだ。普通のサイズのTシャツを買ってもぶかぶかで、ズボンやスカートなどを子どもと同じものを着ること嫌がった唯子が唯一妥協した結果なのだった。

 とはいっても、そのタイツは両親が生きていた時にしまむろの子ども服コーナーで買ってもらったものなのだから、どこが境界線なのかはわからないが。そのタイツも穴あきをアップリケや刺繍で埋めているため、無駄に可愛いが。


 子どもに欲情する変態ではないだろうということを願うばかりである。いや、そしたらこのマンション出ていかなきゃなー。なんて、出来もしないことを考えている唯子の容姿はぼっさぼっさの左目だけ妙に長い前髪とうねった床に引きずる白金の髪の毛。青い瞳の右目。白磁の肌。異国情緒漂う少女の姿だった。まあ明らかに大きすぎるずれた太い黒ぶち眼鏡とがしがし頭をかくおっさんじみた態度で台無しだったが。


 ずるずる髪を引きずらせながら、ゴミがそこら中に散らばったフローリングの上を歩きつつ玄関へと向かう。

 もうこの頃には連打というにも生ぬるい、瞬打というくらいの勢いでピンポンされていたからぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴんぴんぽという感じでいい加減騒音である。いや、早くでない唯子も悪いのだが。


 内心ガクブルと震えながら、子ども用サンダルをつっかけて一応チェーンをつけ……つけ……つけようにも身長が足りなくて届かなかった。鍵を背伸びをしてなんとか外して、おそるおそる開いた先には。

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