僕の恋は許されない

柊八尋

僕の恋は許されない

 僕は許されない恋をしている。


 僕の思い人--有村郁ありむらかおるは、クラスのアイドルだ。可愛い顔に、長い黒髪がよく似合っている。明るくて誰にでもやさしく、彼女の周りには人が絶えない。勉強はトップクラス。家事も得意。ピアノが弾ける。クラスのまとめ役等々、その他長所満載。短所はあっても、化粧の仕方が分からない、運動音痴の二つ。そもそも前者は化粧が必要ないからで、後者はドジをしても、皆に微笑ましく見守られるだけで済む。同じ運動音痴の僕には舌打ちのオンパレードだが。


 対して僕--高崎京たかさききょう。地味・眼鏡・オタク、以上。


 どっからどう見ても不釣合い。恋心なんて抱くつもりはなかった。


 なのに、僕が彼女を好きになってしまったきっかけは、彼女と『友達』になったことにある。しかも、お友達からはじめましょうの『友達』ではなく、クラスで一番、下手をすれば学校で一番仲の良い『友達』である。ひょんなことから漫画の話をして、妙なことに息が合って、そんなこんなで紆余曲折あって、今やお昼をご一緒させて頂ける仲だ。幸い変な噂は立ってない。


 クラスのアイドルだもの、当然意識する。意識していくうちに胸が苦しくなる。苦しくなるほど彼女の近くにいたくなる。そうしてようやく恋に落ちてたことを知る。


 恋心に気づいたけど、告白はしていない。する予定もない。したら、確実に今の関係が壊れてしまう。それは嫌だ。僕は彼女と友達でいたい。お昼休みに彼女と話せるだけで充分満足している。


 そう自分に言い聞かせて、気持ちを抑えながら、一週間を過ぎたくらいの頃だった。いつものように机を向い合せて喋っていると、郁がこう言った。


「ねぇ好きな人いないの?」


 僕はミルクティーを吹き出しそうになった。


「い、いきなり何?」


 僕は様子を伺うようにしながら尋ねた。


「別にー? 興味があっただけ」


 そう言う郁は、顔を興味津々と輝かせていた。どうやら僕の気持ちに気づいたわけではないらしい。心の中で安堵しながら答えた。


「いないよ。いても振られるだけだし」


「そんなことないよ。ちょっと前髪切って、眼鏡はずせばモテモテだよー」


「そうやってすぐからかう」


「からかってないってば」


 会話が途切れる。そのタイミングを見計らって、気になっていたことを聞いた。


「そういう郁は……好きな人いるの?」


 郁ははにかんで言った。


「いるよ」


 僕はまたミルクティーを吹きそうになってむせた。まさかこんなあっさり答えるなんて。


「大丈夫?」


「げほっ……大丈夫。それより、誰? 誰が好きなの?」


 彼女は答えなかった。ただ、代わりに僕の方をじっと見つめている。


「えっ?」


 *


 昼休み終了のチャイムが鳴った。


 「--それで、放課後、屋上に来て欲しいんだけどいい?」と郁は言った。


 僕は頷いていた。 


 郁は自分の席に戻っていく。僕は放心気味に彼女を見ていた。


 禿頭の先生が入ってきて授業が始まる。しかし、内容は一つも入ってこない。僕の目は黒板を見ているが、僕の意識はまるきり違うものを見ていた。


 放課後の屋上。そこに向かい合って立つ二人の姿。それから二人は--


「おーい」


 空想の屋上にいた僕は、現実の教室に引き戻された。


 後ろを振り向く。案の定、高宮翔たかみやかけるの無駄に爽やかな笑顔があった。


「次、お前さされるから準備しとけよ」


「あ、ありがとう」と、どもりながら答える。


「次から気をつけろよ」


 こくんと頷きながら、頭の中で彼に対する嫉妬がひょっこり顔を覗かせる。


「そっちは何も知らず、気楽でいいですね」

 と心の中で、八つ当たりの毒を吐いて前を向いた。


 時計はだいぶ進んでいる。彼女と約束した放課後までもう少し。


 *


 放課後になった。約束通り彼女は屋上に来ていた。


「私、あなたの事が好きです」


 その一言は、静かな屋上によく響いた。後に続く言葉がなかった。少し不安になってこっそり隠れている彼女をちらりと見る。彼女は「大丈夫」と言うようにこくんと頷いた。


 そして「私と付き合ってください」と新しい言葉が響き渡る。


「驚いた」


「いきなりだったよね?」


「それもあるけど、まさか、告白されるなんて」


「で、その、返事は……?」


「あ、そうだった。俺も有村の事が好きだ。だから、よろしく」


「ほんと⁉︎ よろしくね翔君」


 私は少しだけ、翔君から視線を写して彼女の事を見た。彼女は大きく息を吐いていた。


 *


 僕はため息をついた。彼女の告白が上手くいったことで安心したからか、彼女を翔にとられることにがっかりしたからか分からない。


 お昼に彼女がこっちを見たとき、ちょっぴり期待した。結局は後ろの翔を見ていただけだけど。


「一人だけだとうまくいけるか不安なんだ。それで、放課後、屋上に来て欲しいんだけどいい?」


 それが彼女のお願いだった。僕がいてなんになるのかと思っていたけど、彼女が言葉に仕えた時に頷くぐらいの仕事は辛うじて出来た。我ながらファインプレーである。


 郁は、翔だけを先に帰して、こっちに小走りで来た。かなり嬉しそうに。


「ありがとう‼︎ おかげで上手くいったよ」


「よかったね」


「うん。京ちゃんのおかげだよ」


 彼女の笑顔はとても輝いて見えた。その時、強い風が吹いた。僕はを抑えて、空を仰いだ。

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僕の恋は許されない 柊八尋 @HRG8hiro

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