呪われ人に祝福を

赤紅絹 螺子

第1話

「頼みがあります、レド」


 老婆はそう言ってレドの小さな手を握り、乞うように額に当てた。

 伏せられた目と声はわずかに震え、その表情は硬く険しく、何かに耐えているようだった。

 レドは老婆の様子がいつもと違うことにに気付いたが、何も言わなかった。老婆が自身の動揺をレドに悟らせまいとしていることにも気付いたからだ。


「いいよ。おれ、ばあちゃんの頼みならなんだって聞くよ。どうしたの?」


 レドは勤めて平常どおりに振る舞った。

 にぱ、と屈託なく笑うレドを見て、老婆は僅かに表情を緩める。


「貴方にしか出来ないことです。これは私の……いいえ、私達の悲願です。長い間、このことだけを願って生きてきました。ですが、とうとう私達の力ではどうすることもできなかった。でも、貴方ならきっとできる。レド。貴方だけなのです、どうか……お願いです……」


私達って、誰のこと。願いって何。おれ、そんなの一度も聞かせてもらったことない。どうして教えてくれなかったの。なんで、そんなに悲しそうな顔するの。


問いたいことは沢山ある。けれど、レドはその言葉達を全部飲み込んで、老婆に笑いかける。


「うん、おれ、やるよ。ねえ、おれどうしたらいいかな?何をすれば、ばあちゃんの願いは叶う?」

「――殺してください」


 息を呑み、目を見開いた。

 その言葉の意味を図りかねて、縋るように老婆を見つめる。

 殺す?誰を?

 ―――誰を?


「魔王を殺してください。塵の一片も残らぬよう、この世から消し去ってください」



 レドは目を瞬かせ、繰り返す。


「……まおう」


 ほぅ、と吐息を零す。

 ――よかった。違った。おれ、てっきり……いや、ばあちゃんがそんなこと願うわけないもんな。そっか、魔王か。

――そいつが、ばあちゃんを悲しませてるのか。なら、殺そう。そいつが死ねば、ばあちゃんは喜ぶ。大丈夫、殺すのは得意だ。魔王を殺すのなんかすぐにできる。


「わかった。おれ、絶対に魔王をぶっ殺す」


 老婆はその言葉を聞くと、安堵したように微笑んだ。

 嬉しいのに悲しくて、泣いてしまいそうなのを我慢しているような苦しげな笑み。

 けれど、レドにはその笑顔の理由を尋ねることはできなかった。

 どうしてかはわからないけれど、聞いてはならない気がした。

 老婆は笑ってくれている。だったらそれでいいのだ。レドは自分に言い聞かせる。

 それでもまだ胸の中に残ってなくならない不安をかき消したくて、きゅ、と老婆の手を握った。

 老婆もそれを握り返した。


「約束ですよ」

「うん」

「ありがとう、レド」

「うん。……あのな、ばあちゃん」


 老婆の顔を見れず、かわりに握り合った手を見つめて言葉を紡ぐ。


「……やっぱ、おれにも教えてほしいなって」

「……レド」


 困ったように眉を下げた老婆ちらりと窺い、また目をそらす。

 じわ、と鉛色の瞳が滲んだ。


「……ぃ、今じゃなくてもいいから、いつかでいいから、だから、おれにも教えてほしい。……俺だけ仲間外れは嫌だ……」


 ポロポロと零れ落ちる涙を拭ってやりながら、老婆は悲痛に顔を歪めた。


「ええ、教えます。必ず。仲間外れなんかじゃありませんよ、大丈夫です」

「ほんとう」

「本当です」

「――わかった。今は、我慢する」

「いい子ですね」


 本当にいい子、そう言って老婆は優しくレドの頭を撫でる。

 レドは涙の跡を袖でぐいと拭いながら、へへ、と恥ずかしそうに笑い、心地よさそうに目を細めた。



「もうすぐで魔王を殺せるよ、ばあちゃん。待ってて」


 遠くにそびえたつ古城を見つめ、勇者は呟いた。

 辺り一帯には草も木も殆どなく、ただ延々と荒野が広がっている。


「思ったより時間かかっちゃったや。ごめん、ばあちゃん」


 吹きすさぶ風が勇者の鈍色の髪と漆黒の羽の髪飾りを揺らす。

 じっと古城を睨み続けながら、勇者はこの場にいない誰かに話しかけ続ける。


「殺す。殺すよ。絶対殺すから……もうちょっとだけ待ってて、」




魔王ばあちゃん

 

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