第33話 『未来へのプレゼン〜その2』

 データーポンポコ社での『イボリューション・ストーリー』のプレゼンテーションに対する反応はあまりかんばしくなく、意見や質問も否定的なものばかりでした。


 でも、ぼくとモグリンさんはへこたれません。それら、すべての否定的な意見や質問に対し、すべて前向きな回答で返しました。だって、『森のげえむ屋さん』のみんなで考えて考えつくした企画ですから、負けるわけにはいかないのです。


 どんな否定的な意見や質問に対しても情熱をこめて前向きに答えるぼくらに対して、カネポン社長をはじめ各部署のリーダーたち全員が黙りこんでしまいました。


 「あのう……、ぼくも発言してよろしいでしょうか?」


 プレゼンを見学していた10匹の若い新入社員の中の1匹が、遠慮ぎみに手をあげました。カネポン社長は(おまえはだまってろ!)と言わんばかりの目つきでその社員をにらみましたが、それをヌラリンさんが手でさえぎり発言を許可しました。


「ありがとうございます。ぼくはゲーム企画部の新入社員のピコザと言います。ぼく、この企画、とてもおもしろいと思います。たしかに『剣と魔法の世界観』のファンタジーも楽しいですが、進化の歴史自体をファンタジーにするというこの企画の発想には、正直、ビックリしました。そして、どんな世界になるんだろうとワクワクしてしまいました」


 すると、それを聞いていた別の新入社員も手をあげて発言しました。


「わたしもそう感じました。たしかに、まったく問題点がないと言ったらウソになりますが、でも、それ以上に、この企画が持つワクワク感は否定できないと思いました」


 ぼくは意外なところから好意的な意見が出たことに驚きました。そして、社員ではなく普通のお客さんから応援されたような不思議な気持ちになりました。もしかしたら、ゲームの女神さまが彼らにそう言わせたのかな? ――なんて、思ってしまいました。


 意見を言った2匹の新入社員がすわると、進行役のヌラリンさんが立ち上がりました。


「それでは、そろそろ時間も押してきましたので、今からこの企画の合否を挙手による多数決によって決めたいと思います。参加者は全員で20匹。10匹以上の賛成があれば合格となります。棄権は認められません。みなさん、よろしいですか?」

「了解!」


 カネポン社長や各部署のリーダーたち全員が緊張した表情で答えました。


「いよいよ裁判の判決がくだるぞ。有罪になりませんように……」


 また、いつもの調子にもどったモグリンさんが、小声でぼくに冗談っぽく言いました。でも、その手は緊張で小さくふるえていました。


「では、この企画に賛成のかた、挙手をお願いします!」


 手があがりました。賛成してくれた社員は……5匹でした。


「賛成が5匹。残りの15匹は反対とみなし、多数決により『森のげえむ屋さん』が提案された企画『イボリューション・ストーリー』は却下となりました」


 ぼくはショックで目の前が一瞬まっくらになりました。


「まぁ、当然の結果だろうな。家庭用ゲームはアーケードゲームとわけがちがう。まぁ、プロレスも冒険だったが、この企画はあまりにも冒険しすぎて危険すぎる。」


 カネポン社長がそう大声で言うと、反対したまわりのリーダーたちも、ウンウンと社長に合わせるかのようにうなづきました。


(おわった……。ミーちゃん、ゼロワンさん、ピコザさん。プレゼン失敗しちゃってゴメンね。みんな一生懸命がんばってくれたのに。どうやら、女神さまはほほえんでくれなかったみたい……)


 ぼくは涙がこぼれそうになりましたが、プロとしてみっともないのでグッとがまんしました。いつもならメソメソするだろうモグリンさんも、ぼくと同じことを思ってたみたいで、ひきつった顔で涙をがまんしていたようです。


「どうも、本日はありがとうございました!」


 ぼくとモグリンさんは立ち上がり、データーポンポコ社の社員全員に向かって深々と頭を下げました。そしてプレゼンの資料をかたづけ始めようとした時、ヌラリンさんがぼくらに向かって「ちょっと待って!」と言った後、カネポン社長の耳元で何かを話し始めました。


「う〜む。新入社員の教育のためかぁ……。まぁ、プレゼンの結果もでたことだし、いいだろう」


 カネポン社長はそう言うと腕を組んでイスにふんぞりかえりました。ヌラリンさんは、このプレゼンを見学していた10匹の新入社員たちに大声で言いました。


「きみたちも、今の企画に賛成か反対か挙手してほしい!」


 プレゼン会場がどよめきました。

 ゲーム企画部の若いディレクターが立ち上がってヌラリンさんに抗議しました。


「ヌラリンさん! 彼らはまだゲームという商品のことがよくわからない素人しろうと ですよ。はっきり言って、そこらへんにいるゲームユーザー(客)と変わりません。そんな連中にそんなことをさせて何の意味があるんでしょうか?」

「そこらへんにいるゲームユーザーと変わらないから、君たちよりも参考になるんだよ」

「えっ?」

「みんな、今の彼の意見は気にしなくていい。さぁ、社員であることを忘れ、ユーザーだったころの気持ちにもう一度もどって、正直に賛成か反対か手をあげてみなさい」


 見学していた10匹の新入社員たちは全員ビックリしておたがいの顔を見合わせました。


「反対のもの!」


 10匹の新入社員たちは、だれも手を上げませんでした。


「賛成のもの!」


 10匹の新入社員たち全員がいっせいに手を上げました。


「お〜っ……」


 各部署のリーダー全員のどよめきがプレゼン会場にひびきました。

 ぼくと、モグリンさんと、そしてファルコン社長は、その信じられない光景に驚きました。ぼくはなんか目頭が熱くなってきて、10匹の新入社員たちがゆがんで見えました。

 ヌラリンさんがカネポン社長に話しかけました。


「社長、この結果をどう思われます?」

「どうって……。ゲームのことがよくわからん新入社員が全員賛成しただけだろ」

「さっき、あのディレクターはその新入社員がそこらへんにいるゲームユーザーと変わらないと言いましたが、それについてはどう思われます?」

「そのとおりだろ、違うか?」

「ぼくもそう思います。社長。ゲームって、いったいだれが楽しむものだと思われます?」

「そりゃぁ、ゲームユーザーに決まってるだろ!」

「ということは、そのゲームユーザーと変わらない新入社員の意見を無視することはできませんよね。社長?」

「あ……」


 カネポン社長は、ヌラリンさんの単純な理屈にまんまとはまってしまったことに気づき、口をポカンと開けました。


「社長、もう1度、あの企画にチャンスをあたえてあげましょうよ。あの企画には可能性があります」


 カネポン社長の眉間にしわがよりました。


「あのゲーム、きっと社長を大もうけさせてくれますよ」

「なにっ、大もうけ!? ……ん? これって、どこかでやったような会話だな」


 カネポン社長は腕組みして、ちょっと考えこみました。そして何かを決意したかのようにスクッと立ち上がり、プレゼン会場にいる社員全員を見回したあと大声で言いました。


「今回のプレゼンは、もう一度やりなおす!」

「えーっ!?」


 会場がまたどよめきました。


「社長! 各部署のリーダー全員が多数決で決めたものを、今さらくつがえすのはいかがなものかと」


 さきほどのゲーム企画部の若いディレクターが不満そうな顔で言いました。


「かまわん! いやなら、君は次のプレゼンに参加しなくていい。ほかのリーダーも不満があるやつは参加しなくていいぞ。じゃぁ、ヌラリンくん。あとのことはたのんだ」


 そう言うと、カネポン社長は会議室からスタスタと出てゆきました。他のリーダーたちも社長のあとを金魚のフンのようにゾロゾロとついて出てゆきました。そして、ひとり残った若いディレクターはあっけにとられた顔で立ちつくしていました。


 ヌラリンさんがニコニコしながらぼくらのところまで歩いてきて、ファルコン社長に向かって言いました。


「と、いうことで今回のプレゼンはやり直しとなりました。ファルコン社長や、ブブくん、モグリンくんには、またお手数をおかけしますが、もう一度チャレンジしていただけますでしょうか?」

「あ、ありがとうございます!」


 ファルコン社長はヌラリンさんに深々と頭を下げました。


「お礼を言うなら、彼らに言ってください」


 そう言ってヌラリンさんは、まだ会議室に残っていた10匹の新入社員の方へ向かって頭をふりました。新入社員たちはぼくらの方を見てニコニコしながら立っていました。


「みなさん、ほんとうにありがとうございました!」


 ぼくらは新入社員に向かって頭を下げました。すると、それに答えるかのように新入社員の1匹が「お礼なんかいいですよ! そのかわり、次回はぜったい企画をとおしてくださいね〜!」と言って応援してくれました。


 ぼくは頭を上げて10匹の新入社員たちを見ました。彼らの後ろに『ゲームの女神さま』がほほえんでいたような気がしました。

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