第19話 『もう1匹の自分』

「なるほど。どんなゲームかだいたいわかりました。ずいぶん斬新 ざんしんなゲームですね」


 データーポンポコ社のゲーム開発部長のヌラリンさんが、ぼくにそう言いました。


「ふん、斬新ざんしん だからいいってもんじゃないよ! 今までにお客が慣れ親しんだゲームの遊び方を素直に引きついで、それを今風にアレンジするのが一番お客に受け入れられやすいんだ」


 カネポン社長はどうもこのゲームが気にいらないようです。


「社長。たしかに社長のおっしゃることは正しいと思います。とても現実的な考え方だと思います。だからと言って、いつまでも似たようなゲームばかり作っているとお客さんが飽きてしまって、ゲームからはなれてしまう危険性もありますよ」

「うっ。ま、まあ、たしかにそれも言えなくはないが……」


 カネポン社長はエヘンとせきばらいをしながら、『ザ・クマさんプロレス』が表示されているテレビ画面のガラスを指でコンコンとたたきました。


「しかし、このレスラーの絵はどうにかならんか? ちょっと、わかりずづらいぞ」


 カネポン社長が指差しケチをつけた絵は、ぼくがかいた2匹のレスラーが組み合っているドット絵でした。ぼくは、もうさっきまでのようにカチンとくる気力もなくなり、ただ落ち込んでゆきました。すると、ヌラリンさんがぼくに向かってこう言いました。


「たしかに、このドット絵はわかりづらいですね」


 ぼくはショックでした。だって、ヌラリンさんはこのゲーム……というか、ぼくらの味方だと思っていたので、まさかケチをつけるはずはないと思っていたからです。ぼくはいよいよゲームに対する自信をなくしました。


「カン違いしないでくださいね。わたしはケチをつけているんじゃありませんから」


 ヌラリンさんはそう言ってぼくにほほえむと、話を続けました。


「たぶん、この絵を描かれた方には、これがレスラーが組み合っているカンペキな絵に見えるかもしれません。でも、それはあくまでかいた方の『思いこみ』なんです」

(思いこみ?)


 ぼくは初めてそんなことを言われて、ちょっととまどいました。


「つまり、この絵をかかれた方は『これは組み合っているレスラーなんだ』と思いこんでいるので、絵のおかしいところになかなか気づけないんです」


 ヌラリンさんはニコニコしながらぼくの目を見ました。(たしかにヌラリンさんの言ってることはあたってるかも……)ぼくは自分の欠点をスバリと指摘されたような気がしてはずかしくなり、ヌラリンさんから目をそらしました。


「でも、それは仕方がないことなんです。私だって、むかしはそうでしたから。だから訓練するしかないんです」

「くんれん? どうやって訓練するんですか? ひたすらデッサンの勉強をするんですか?」


 ぼくはその答えがほしくて早口でヌラリンさんにたずねました。


「もっと簡単な方法があります。もう1匹の自分を持つんです」

「もう1匹の自分?」

「そう、自分の中にもう1匹の自分――つまり、自分の絵をとてもきびしい目で批評する『さめた自分』を作って、そいつに批評させるんです」


 自分の絵をとてもきびしい目で批評できる『さめた自分』——。ぼくは、ヌラリンさんの言っている意味が最初はよくわかりませんでした。でも、言われたとおりに自分のかいたドット絵を(これは自分がかいた絵じゃないんだ)と思いながらさめた目で見てみると…。 あらあら、不思議! たしかにヌラリンさんが言ったとおりに絵のおかしい部分がわかってきたのです。


「このゲームは斬新でヒットの可能性をもっていると思います。ただ、注意しなければならないのは、斬新で今までにないタイプのゲームだからこそ、普通のゲームの何倍もわかりやすいものにしなければならないんです。遊び方も絵もうんとわかりやすくして、そしてどんなお客さんにも楽しく遊んでもらえるように何倍も努力する。それが新しいゲーム作りを目指すゲームクリエイターの義務だと思います」


(ゲームクリエイターの義務……)


 ぼくは、ヌラリンさんのとてもわかりやすい話に、目からウロコが落ちる思いでした。そして、なぜカネポン社長がヌラリンさんの言う事を素直にきくのか、その理由もわかったような気がしました。

 ヌラリンさんは、べつにむずかしい事を言っているのではなく、ただ『あたりまえのこと』を言っているだけなのです。でも、カネポン社長のような性格の動物さんは、つい、その『あたりまえなこと』を忘れて判断を誤ってしまうことがあるかもしれません。だから、カネポン社長はヌラリンさんみたいな動物さんを必要としているんでしょう。


「わかっていただけました? えっと、お名まえは……」

「ブブともうします。おっしゃられたこと、とてもよく理解できました。アドバイスありがとうございました」

「参考になったようでよかった。じゃあ、ブブくん。そんなかんじで絵の修正とゲームバランスの調整を進めてもらえますか?」

「はいっ!」

「では、社長。そういうことでよろしいですよね?」

「う、うむ。まぁな……」


 カネポン社長はヌラリンさんに対し、ちょっと煮え切らない返事をしました。


「このゲーム、きっと社長を大もうけさせてくれますよ」

「なにっ!? 大もうけ?」


 カネポン社長は『大もうけ』という言葉を聞いて急に機嫌がよくなりました。


「それじゃぁ、ファルコンくん! ひとつよろしくたのむぞ!」


 カネポン社長はそう言いながら、ぼくらを無視してさっさと会社を出て行きました。そのあとについて会社を出てゆこうとしたヌラリンさんが、ぼくらの方を振り返ってこう言ってくださいました。


「若さは挑戦だからね。応援しているよ、がんばって!」


 ぼくはとてもうれしくなって、出て行ったヌラリンさんに向かって深々とおじぎをしました。


「ふぅ〜……。ブブくん。たのむから、もう2度とあんなマネはしないでくれよ。心臓が止まるかと思ったぞ」


 ぼくが声の方を振り向くと、そこにはすっかり安心してヘナヘナになったファルコン社長が、イスにすわって苦笑いをしていました。


「すみません、すみません…」


 ぼくは、米つきバッタのように社長に何回も頭を下げました。

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