第20話 『音の哲学者ピコザさん』
「サンプリングデータが使えるよ」
ゲームサウンド担当のピコザさんが、ぼくに言いました。
「サンプリングデータってなんですか?」
「録音した本物の音のことだよ。本物のレスラーの声や観客の声とかが出せるよ」
ぼくはビックリしました。だって、今までのゲームってピコピコという電子音ばかりで、本物の音がでることはなかったからです。
「と、いっても合計でたった10秒ぐらいだけどね」
「10秒? いやいや10秒もあればレスラーやレフリーカウントの声なんかも、ギリギリで入りますよ。わぁ〜! ゲームが盛り上がるなぁ。ぜひ使いましょう!」
なんか本物のプロレスみたいになりそうで、ぼくはとてもワクワクしました。
「ところで、レスラーやレフリーの声はどうするんですか?」
すると、モグリンさんがニヤニヤしながらぼく向かって言いました。
「それは君の担当だよ」
「えっ、ぼく? ぼくの声を録音するんですか?」
「それが企画屋の仕事っちゅーもんだ」
「ほんとですかぁ? 恥ずかしいなぁ、トホホホ……」
――と、いうことでレスラーやレフリーの声はぼくが担当することになりました。プロレス会場の声援はプロレスのテレビ中継の音声から録音することになりました。
「じゃあ、ブブくん。はじめようか。とりあえずいろんな声のパターンを録音してみて、その中から1番いいやつを使おう」
そう言いながら、ピコザさんは安物のラジカセにつないだ録音マイクをぼくの口元に差し出しました。ぼくは恥ずかしくてたまらなかったのですが、これも仕事だから仕方がありません。
「ウッシャーッ!」
「フンガッ!」
「アチョーッ!」
「ドスコイ!」
ぼくが思いつくだけのレスラーの気合の声を叫びまくると、それを聞いていたみんながいっせいに笑い始めました。すると、社長室のドアが開きファルコン社長が顔をのぞかせました。
「なにしてんの?」
最初はキョトンとした顔をしていた社長も状況が理解できたのか、「おつかれ!」と言ってニヤニヤしながら社長室にひっこみました。
(も〜! ぼくはシンケンなのに!)
ひととおりの声を録音し終わり、ピコザさんはそれらの声をパソコンにとりこんで、その中から使えそうなものを選び始めました。フンイキがあり、かつ、秒数が短めの声がポイントです。
「お、これがいいな」
ピコザさんは選んだ声を再生しました。
『ワン! ツ〜! スリヒィ〜〜!!』
それは、緊張して声がひっくりかえってしまったレフリーのカウントの声でした。よりによって、どうして失敗した声なんかを選ぶんだろうと、ぼくはピコザさんのセンスを疑いました。ところが、モグリンさんやミーちゃん、ゼロワンさんまでもが口をそろえて、その声がいいと言うのです。
「いい感じじゃん! モグッ!」
「フンイキがでてるわね!」
「気合が入ってグッドですワンッ!」
ぼくは納得できない顔をしました。すると、ぼくの表情を見ていたピコザさんが言いました。
「いい声かどうかを決めるのはブブくんじゃない。それを聞く側が決めるんだ」
「聞く側?」
ぼくはピコザさんが言った意味がすぐにわからずポカンとしました。
「どうせなら、ゴングの音も本物を使いたいな。モグ」
無責任なモグリンさんの言葉にゼロワンさんがのってきました。
「それはグッドですワン! でも、本物のゴングはここにはないので、テレビ中継の音声から録音したらいかがでしょうワン?」
「うん、それしかないね。モグ」
すると、その意見に対してミーちゃんが言いました。
「でも、会場の声援とまざって聞きづらくならないかしら?」
モグリンさんとゼロワンさんは「それもそうだね」と言って黙ってしました。
「ゴングならそこにあるじゃないか」
ピコザさんはそう言いながら立ちあがりました。みんなは、どこにあるんだ? という顔をしながらいっせいに仕事場の中をキョロキョロと見まわしました。
「みんな、ちょっと目をつぶってくれるかな?」
ぼくたちはピコザさんの言うとおりに目をつぶりました。
(カ〜〜〜ン!)
ぼくは驚きました。その音はまるで本物のゴングの音みたいだったからです。思わず目を開けるとそこには右手にボールペン、左手にアルミの灰皿を持ったピコザさんが立っていました。なんと、ゴングの音の正体は『アルミの灰皿をボールペンでたたいた音』だったのです。まるで手品の種を見てしまったお客さんのように、なるほどと感心しているぼくらの前でピコザさんが言いました。
「ゴングの音に聞こえるかどうかを決めるのは、この灰皿じゃない。君たちの耳が決めるんだ」
(なるほど、そういう意味だったのか。聞く側が決めるって。さすがピコザさん。たくさんのライブ演奏をして、たくさんのお客さんたちの反応を見てきただけあって、言う事が深いなぁ……)
ぼくは、なんだかピコザさんが哲学者にみえてきました。
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