第五話 世界を越えて

 世界を越える魔法は簡単ではない。ある一定の魔力が必要だし、どこでも好きな所へ旅立てるかと言えば、そう自由に選択できるわけではない。転移者と転移先に類似点や繋がりがあるなど、引き寄せる何かが必要なのだ。


 さらに魔法で使う『アスレイの灰』が貴重なこともあって、度々試すこともできず、現在では過去の魔術になりつつある。私もあの研修以来の転移だ。


 以前は転移先にいるナオを目印にすることは容易だった。集中しさえすれば彼を探し出すのに時間はかからなかった。なぜなら、当時、彼は十代で、幼い日に夢であっていた頃とそう月日がたっておらず、あの世界にもあるはずの魔力が彼の中にもわずかに残っていたからだ。


 ただし、魔力は成長と共に薄れる傾向がある。

 記憶が消え、あれから十三年経ったいま。

 果たして、私に彼を探し出すことができるだろうか。


 他にも不安材料はある。会いに行ってなんになるのか。

 悲しい現実が待っているかもしれない。

 誰かが彼と共に人生を歩んでいるかもしれないのだ。


 また、これは違う角度からの心配だが、すっかり見違える、いや、別人のように以前の見る影もなく、ナオが歳を重ねていたら……、見たくないかもしれない。


 思い出はキレイなままで。

 王女さまには悪いが、やっぱりやめた方がいいかもしれない。


 魔法の準備をしながら、ため息をつき、手を止めては悩んでいると、ドアをノックすると音がした。王女さまだろうか、と振り返ると、彼女と、さらに試験官だったエイダの姿があった。


「まぁ、時間がかかってるんですね」


 エイダはひっつめて一つにまとめている白髪交じりの髪に手を当てると、ヤレヤレというように首を大げさに振った。


「覚悟を決めなさい、リリス。これも修行ですよ」


 なんの修行でしょうか。問い返したくなるのを飲み込み、準備の手を早める。

 それでも不安が募り、エイダに、「衰弱し始めたら、すぐに知らせて下さい。向こうにいると、自分じゃわかりにくいから」と話す。


 するとエイダは、「今回は大丈夫でしょう」なんて、あっさりと言ってのけた。


「どうして? 前回はどんどん魔力を吸われてしまったんでしょう。楽しみにしていた予定もあったのに」


 花火……、かき氷……、しゅんとなる。


「大丈夫です。なぜなら」


 エイダは言って、ニヤリと意地悪げに笑った。


「前回、向こうはあなたに惚れ込んでいたわけでしょう。惚れられれば、誰だって浮かれます。今回はそうはいきませんよ。彼はあなたを覚えていないし、年月も経過して、どうなってるか。きっと、幻滅して帰るのがオチ。だから、良い修行になりますよ」


「まあ、エイダったら」


 怒ったのは王女さまだ。私は呆れて笑っていた。


「そんなことない。もっと素敵な再会をイメージしましょうよ」

「それなら」


 エイダは軽く詫びるように、王女さまに頭を下げると、


「前回は試験のため、彼の心を奪うことが目的だった。だから、魔力を失いかけたのだと思います。ですから、愛を奪おうではなく、与えようと思えば大丈夫ですよ。今回、あなたの目的は、騙すことでも奪うことでもないのだから、正面から彼に会って、言いたいことを伝えたらよろしいのでは?」


「奪うではなく、与える!」


 あら、うっとり。となっているのは、やはり王女さま。


 私はというと、エイダの発言に頭をガツンとやられていた。なぜなら、なんだかんだで試験の為とは言え、ナオを騙し、恋心を奪ってきたんだということに、この時になるまで思い至らなかったのだ。


 どうしよう。一番、のんきものは私自身かもしれない。

 どの面下げて、という場面ではないか。


「ど、どう顔を合わせればいいかな。いや、声はかけなくてもいいのか」


 ぶつぶつ言いながら動揺する私に、エイダは「姿を見せなくてもいいのでは」と提案した。魔力の調節でそれは可能だ。ナオにも姿を見られないようにして、こっそり様子をうかがってくることもできる。


「ダメよ」

「お、王女さま」


 そんなことに使うんなら『アスレイの灰』は返してもらうわよ。

 真剣に怒る王女さまに、私もエイダと口をしっかり結んで黙るしかない。


「いいこと? 彼は憶えてないでしょうけど、それでも話しかけるの。それが課題、いいえ、命令です!」


「はぁ」


 仕方ない。せっかく行くのだ。声をかけて、変な目で見られて帰ってこよう。

 美しい思い出にしようとするから、前に進めないのだ。

 前って、どこに進もうとしているのかわからないが。谷底か?


 幻滅して、それから新天地で心機一転。王女さまは、そんな新しい私が仕えることをお望みなのかも。だったら、忠誠心もこめて、当たって砕けろだ。


 覚悟を決め、エイダに手伝ってもらいながら、最終確認を済ませる。

 息を整えると、床に描いた魔法円の上に寝転び、目を閉じた。

 独特の匂い、『アスレイの灰』が燃える香りに、部屋中が包まれる。


「では、リリス。いってらっしゃい」


 エイダの声に見送られ、私の意識は浮遊を始めた。

 眠りに落ちるように世界が遠のき、そして、ある一点を目指して泳いでいく。

 ナオ。あなたの探しに、私は再び、世界を越える。


 きっと会える。見つける。

 意識を集中して。探して。


 風が吹いた。肌に生暖かい空気を感じて、目を開ける。

 世界を越えた。無事に成功したようだ。

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