第二話 恋

 魔女の資質のひとつに、感情、中でも特に恋愛に関する感情を操ることが出来るかが問われることがある。これは薬草や術による腕よりも、持って生まれた才のほうが重要になる。試験ではその有無が試されていたのだ。


 この世界では防御魔法も進んでいる。だから、実生活で魔力によって誰かをコントロールするなんてことは不可能に近い。よほどの魔力と知識がなければ、まじない程度にしか、相手に影響を与えることはない。


 しかし、他国、さらには他世界にまで対象を広げれば、条件は変わってくる。上級魔女のほとんどが、他国・他世界へ派遣され、あらゆる感情を盗み取ることで、成果を上げていた。この国は魔女のこの能力に支えられているといっても過言ではない。戦争も政治も。かけ引きに魔女不在なんてあり得ない。


 だから、研修先で、魔法の耐性がない相手とはいえ、あの純度の「恋心」と封じ込めてきた私は、外交方面で重宝されるようになった。


 といっても、ふしだらなことに魔力を使ったりしない。

 周りには期待されていたようだが、勉学に励んで結果を出すことで抵抗した。

 多少、「たぶらかし」程度には魔力を使ったが、正直、効果があったかどうか。


 なぜなら、私はナオに魔力は使っていない。ノートの記録を見る限りでも、私の「たぶらかし」魔法は、彼に「短気・礼儀がない」なんて一蹴されている。


 私の魔力は強大だけど、恋愛方面に発揮しろと言われても、正直困ってしまう。

 それでも、周りには、私は冷酷で情のない魔女だと思われている。

 研修期間を早めに切り上げて帰還した本当の理由を知るのは、当時私を担当していた試験官だけだから。


 ナオに話した帰還理由は、ある部分では真実だった。


 私はあの世界からここへ戻ることが出来ず、そのまま消えてしまう危機に陥っていた。試験官からの連絡で、本体の衰弱ぶりを知った。驚いた。もしかしたら、このまま試験不合格になるんじゃないかと思った。


 魔力を使いすぎたことが原因ではない。

 惑わし、恋心を奪おうとしたターゲットに、恋したことが原因だ。


 魔女だって恋はするものだが、どうしてだか、魔力のない相手に恋をすると、元来持っていたはずの魔力を奪われることがある。まさか自分が、と信じられなかったが、衰弱ぶりは日に日に激しくなっていった。


 早く戻ってくるように言われ、逃げるようにして帰ってきた。

 そうして、戻って来てから、私は気づいたのだ。

 ナオに恋していたんだと。

 体がすっかり衰弱したあとで、いまさらのように自覚した。


 世界が違う、ましてや魔力のない相手。

 もう二度と会うことはない。たとえ、夢の中でも。


 ナオに、私と過ごした数日間の記憶はない。

 恋心もすべてノートに封じ込めてきた。

 私に見せた、あのナオの優しい姿は、もう存在しないのだ。


 私は偉大な魔女になることだけを考え、良き思い出としてあの日々を心の奥に押しこめると、がむしゃらになって勉強して努力して、ここまで上りつめた。


 そうして、今回。自分へのご褒美じゃないけれど、軽い気持ちでノートを読んでみたいと思ってしまった。あくまで、良い思い出を振り返ろうと、そう思って。

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