十三年後

上級魔女 リリス

第一話 真実

 ――私はノートを閉じた。


 保存状態が悪く、色あせ、白かったページは黄ばみが目立つ。古びた紙特有の匂いがするそれを、私はぎゅっと腕に抱えた。


 息が重いと書いた彼の気持ちがわかる。あれから、十三年が経った。忘れかけていた記憶がノートによって鮮明によみがえった。過去に置いてきたと思っていた感情も、色あせることなく私の中で渦巻いている。


 私はあのあと、無事試験に合格し、学校でも安定した成績で卒業した。

 その後も、順調にキャリアをつみ、最年少で王宮付き魔女になると、それまで、しぶとく付きまとっていた結婚話も立ち消えになった。


 いまでは第三王女さまのお抱え魔女として信頼され、その地位を確固たるものにしている。第三王女さまは来月、隣国に嫁がれるが、私も同行していくことが決定していた。


 祖国を離れるのは寂しいが、感傷に浸るほどの思い入れはない。家族はすっかりそれまでの冷たい態度を変え、私に頼るようになったが、嬉しさはなく、こうして物理的な距離が出来るのはありがたかった。


 また、王女さまが嫁がれるのは、王位継承権第一位の王子だ。のちのち王妃となるかたに付き従えるなんて、下級市民出身の魔女としては異例中の異例だ。王女さまのことは、姫が幼い頃より知っており、その人柄も敬愛している。これ以上、望むことがないほどの順調な毎日に、震えあがりそうだ。


 王宮が結婚祝いに盛り上がる中、王女さまから「何か欲しいものはないか」と聞かれ、申し出たのが、このノートを見せてもらうことだった。


 試験に提出した「記録」は保管され、受験者が見ることはないのが通例だったが、さすがに王女さまだ、あっさりと私の要求は通り、こうして手元に置くことができた。ノートは再び保管されるかと思ったのが、王女さまの計らいか、このまま私物にしてよいとのことだ。


 私が研修先のホストに選んだ『クラタ ナオ』には、いくつか秘密にしていたことがある。このノートもただの「記録」ではない。彼には「書いてもうらことが重要」との認識を与えていたが、実際には、これにある感情を封じ込めることが大切だったのだ。


 文章の出来は関係ない。ノートに込められた感情の強さが重要なのだ。

 それは恋心だ。私は彼に惚れてもらう必要があり、その想いを、このノートに記してもらう必要があった。


 私が読むとわかれば、彼が本音を書かないと思った。だから、彼には「ノートを見ることは出来ない」「決まりだから」と強く主張して、困っている様子にも、つれない態度に出て突き放すことにした。


 本当は彼が眠った後、何を書いているのか、逐一チェックして、恋心が順調に育っているか確かめていた。


 彼をターゲットに選んだ理由は、夢で会ったことがあるからだ、という理由に嘘はない。まったくの初対面より、運命的なものを感じさせた方が、都合がいいだろうから。


 私の魔力は幼い頃から強大で、夢でなら世界を越えて誰かに会いにいくことができた。もちろん、誰にでもというわけにもいかないが、波長が合えばわりと容易な能力だった。しかし、どの魔女もそれが出来るわけではない。


 試験では、ターゲットの情報だけ与えられ、研修直前に相手を選ぶ受験者も多い。その点は、他の受験者より私は優位だったわけだ。


 ただ、上手くいくかは自信がなかった。


 彼は感情が見えにくいタイプで、さらに恋愛にも興味のない様子。容姿がいいこともあってか、年頃にしては女の子に対し、さばけた態度ばかりで、彼の気を引くのは難しそうだった。夢で会っていた時より、性格に陰りも見え、選んだのは失敗だったかと焦った。 


 それでも一週間が経つ頃にはだいぶ打ち解け、思い切ってノートを書かせてみることにした。すると、早い段階で可能性があることに気づいた。普段の様子からは考えられないくらい、私を心配し、尽くそうとしている。


 やはり夢のことが効いていたようだ。淡泊そうな見かけとは違い、ずいぶんロマンチストで、真面目な性格であったことも、功を奏したようだ。順調にノートには「恋心」が溜まっていき、研修期間満了まで待たなくとも十分になった。


 だから、私はそうそうにこの世界に戻って来たし、その順調な成果から、好成績を収めることが出来た。かなり純度の高い「恋心」だというので、私の魔女としての評価もうなぎのぼり。最高のスタートを切ることが出来たのである。

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