page 41 いやな奴
――こんな昔の話。リリスに打ち明けるもりはなかった。
それでも、自然と言葉が流れ出て、気づけば最後まで語ってしまった。妹はあれから友達を誘い、プールではなく映画を観に行った。夕方は回転寿司でも食べに行こうか、という予定で、六時には落ち合うことになっている。
俺はこの「記録」の続きを書こうと椅子に座り、リリスは床に寝転がって漫画を読んでいたのだけれど、なぜか過去の話になり、美丘が言っていた「あの話」とはなんだといった流れで、迷いながらも結局は、すべてを吐きだしていた。
リリスはけっして聞き上手というわけじゃない。途中で割込み、自分の話に持って行きがちで、だからといって、こちらが興味を持つと、「べつにいいでしょ」といった具合で話を変える。
そんな相手だが、他人というか、いずれ去ってしまう相手だという思いがあったのだろう。どうせ俺はこうして話してしまったことは、この二週間の記憶といっしょに消されてしまうのだ。
だから、話しやすかったし、同時に、俺はずっと誰かに聞いてほしかったのだと思う。迷ったのは最初だけで、言葉は無理なく流れ出て、最後まで到達してしまった。
「死んじゃったのは、つらいね」
リリスは後半、黙って話をきいていた。キリがついて黙った俺に、リリスは同情の素振りはあまりなく、あっさりとした感想だった。
「まあな」
つらい、というのは誰の気持ちだろうか。俺か萩谷か。それとも城田たちか。
ぼんやり思考をめぐらせ、それ以上言葉がなかった俺に、リリスは、「でも、あなたはよくやったんじゃない?」と言って、にこりと笑った。
その笑みが。なんだか刺さった。
自分は、リリスにそう言ってもらいたくて、すべて打ち明けたのかもしれない。同情ほしさに萩谷の死を利用したのだろうか。否定はできなかった。他の誰に「あなたのせいじゃない」と言われても響かなかった言葉が、リリスだとぐさりと心に刺さってしまう。
暗い顔をしていたのだろう。リリスは立ち上がると、椅子に座る俺の前に立った。少しかがむ。アメジストのような瞳がきらめいている。
「悪いのはね、シロタだっけ? そいつだと思う。ま、わからないこともあるだろうけどね。少なくとも、あなたがそんなに悔いる必要はないと思う。というか、もう十分だよ」
「許されるとでも?」
誰に。萩谷に?
「そうね。許す。私が許そう」
うんうんと曲げていた背を伸ばしてうなずく姿に笑いがこぼれる。
リリスは「なによう?」と顔をゆがめて頬を膨らませたが、そんな姿がよけにおかしくて、こらえようとした笑いが噴き出た。
「まあ、そんなに気にはしてないんだ。話してると、しんみりしてきたけど。俺は……、そりゃあ、もっと何かしてやればって思う。ぜんぜん、気づいてなかったんだ。それが、ショックなのかもしれない」
城田たちが萩谷をいじめていたと知って、一番によぎった考えは「まさか、冗談だろ」だった。大人たちや周りが大げさに扱って、いじめなんて言い出したんだと思った。ちょっとトラブったかもしれないが、まさか「いじめ」はないだろうと。
それでも、耳にする噂の数々に真実が見え隠れするようで、いつしか俺もいじめを信じるようになった。とはいえ、実際に城田らに話を聞こうとは思わなかった。そうしたほうがいいかと考えて悩んだが、そして、いまからでも問い詰めてみたい気持ちがあるけれど、何も行動は起こしてはいない。
たぶん、真実が怖いのだろう。なんとなく、そうなんだろうとおぼろげに思っているのと、目の前に突き付けられるのとでは、重みがちがってくる。その重さを、俺は自分でとうてい受け止められないと知っていた。
「それにしても、いやな奴って、どこにでもいるのね」
リリスは俺のベッドに腰掛けると、足を投げ出しながら息を吐いた。
「そのシロタって人みたいなの。私の世界にもたくさんいる。そういう人って、あなたみたいに後悔しないのよね。残酷に人を追い詰めても、手柄みたいに喜んで自慢するんだから。私、もっと卑怯な奴も、いっぱい知ってるよ。ナオはいい人。さすが、私がホストに選んだだけはあるわ」
「いい人か」
「うん、いい人。自信持ちなさい」
リリスはにこやかだ。くもりなんてない、まっすぐな目をして。
つられて、俺も笑顔になる。ま、ぎこちなかっただろうが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます