Page 40 だから

 どこから広まった話なのか。


 母さんの話では「夕飯におりてこず、兄が呼びに行くと部屋で亡くなっていた」となっていたものが、「兄が見つけて、救急車を呼んだ」。さらには「親は病気で死んだって。でも、お兄さんが自殺だと友達に話していた」となり、こちらの情報のほうが、真実味を帯び始めていた。俺もこっちを信じて、でも、病気なんじゃとも思い、振り子のように揺れた。


 部の練習中。バスケ部全員から話を聞きたい、ということで、クラスの担任と学年主任、それから部の顧問が集まる中、ひとりずつ呼ばれた。三年では、俺が最初だった。同時に、一、二年も話を聞いているらしいが、個別ではなく、数人ずつとのこと。うらやましい。


 俺はひとり、三人の先生と向かい合い、いきなり呼ばれたから、何を言われるのか不安で緊張していた。他の奴らは今ごろ、どうするか対策を練っているに違いない。こういうとき、めちゃくちゃ結束するんだ。


「萩谷くんとは、普段、どんな会話してた?」

「べつに。クラス違うので。会えば、声かける程度です」


「たとえば?」

「あいさつ、とか」


「萩谷くんとは仲良くない?」

「普通だと思いますけど」


「相談されたりは?」

「そういうのは、ないです」


「もし相談されたら?」

「もし?」

「話は聞いた? いやだなって思う?」

「いや、とは。聞いたと思います」


「萩谷くんと仲がよかった生徒は、誰か知ってる?」


 城田と飯島の名を言いそうになり、

「わかりません。クラスの人に聞いた方がいいと思います」

 もし、名前を出したら。

「倉田くんの話だと」

 と、城田や飯島に、先生は言うとだろうと思ったのだ。


「じゃあ、次は佐野くんを呼んでくれるか」

「はい」


 それで、終わった。


 先生たちの尋問中、試合は出場停止になるんじゃないかって話でもちきりで、俺もそう覚悟していたんだけど、結局は、不安定な精神状態で出場した試合でぼろ負け。三年は引退。盛り上がっていたのが嘘のように、あっけない最後だった。


 新学期、始業式のあと、クラスにボールペンが配られた。萩谷の親が用意したものらしい。息子と同学年の生徒全員に、とのこと。ボールペンには、学校名と学年、クラス、それぞれの名前が印刷してあった。「息子と仲よくしてくれた感謝に」ボールペンを作ったらしい。よく、意味が解らなかった。


 さっそく使いだす奴や、近い席の子と何か含みのある顔をして笑い合う奴。さっさとカバンにしまう奴もいれば、ペンケースに入れる奴もいた。


 俺は、箱から出して名前を確認すると、あとは、母さんに、「もらった」と言って、渡した。次の日、ボールペンは電話横に、メモ帳と一緒に並んでいた。


「城田が中心だったらしいよ」


 こう話していたのは誰だったろう。真実はわからないが、城田たちが中心となって、萩谷を追い詰めていた、が定説になった。暴力があったのかどうか、それはあいまいで。ふざけていたら、ケガをしたことはある、というのは、やや本当らしい話ってことで、信じるやつは多かった。


 それに、これは「マジだから」という内容には、教科書を隠したり、萩谷が好きだった子を呼び出し、「萩谷はお前のこと好きらしいよ」と、勝手に告白して、その場に萩谷もいた、だとか。


 金を借りたって言って、何円かと思えば、せいぜい五百円とかで。遊びにいったときは、いつもおごってもらっていた、とか、無理やりおごらせた、とか。夜中に電話した、遊びに行き、なかなか帰らなかった。その結果、親に怒られるのは、萩谷なんだ、というものも。


 それくらいで。そう言って、笑う奴がいた。「他には?」好奇の目で続きをうながす奴も。部員だけじゃなく、クラスメイトや同級生。男子も女子も、詳しく事情を知ろうと、躍起になっていた。


 俺も興味がなかったとは言えない。ただ、自分から話の輪に入ることはなかった。耳に入るのは仕方ないが、それ以上、不確かでバカげた情報にふれたくない。それに、どう反応していいかもわからないから。


 渦中の城田たちは、平気な顔をしていた。一時は、遠巻きに見ていた奴らも、あまりに彼らの反応が普通で、気まずげでも、動揺している風でもないものだから、噂は全部、嘘。自殺じゃないだろう、自殺でも原因は「いじめ」じゃない、という話で落ちついてしまった。


 学校でも、特に動きはなく、「ボールペンをもらった」だけ。三学期には、受験が本格的になったこともあり、誰も萩谷のことは話さなくなった。


 俺は進学先を変更した。スポーツ推薦を断り、電車で数駅かかる高校を選んだ。反対するかと思った親も、「もったいない」とだけ言い、あとは深く追求してはこなかった。それよりも、担任の方がしつこかったくらいで、三者面談の時、母さんに「息子の好きにしたらいいと思うので」とはっきり言ってもらった。


「バスケより、勉強がしたいらしいんですよ。国立目指してもらえば、こっちも授業料が助かりますし」


 ね、と笑顔。こくんと俺はうなずいた。

 高校受験前に、もう大学の話なのか、と思ったけれど。


 うちの中学からは、あまり進学先には選ばれない高校だったから、同じ中学出身の生徒は数人しかいなかった。その内の多くは女子で、男子の方でも関わり合いの少ない奴らばかり。


 それでも、俺が誰で、どこ出身で。そういう話は伝わるらしい。「ああ、あの話か」と、他校の生徒にも萩谷のことは知られていたようで、会話の中で何度か、俺の名前があがっているのを耳にしたことがある。


 積極的に動かなかったこともあり、高校で新しい友人ができず、中学まで仲が良かった奴らとも卒業と同時に縁を切った。そして、俺の交友関係はすっかり寂しくなったまま、夏休みを迎えた。

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