Page 39 そして

「あほくさ。気にしすぎだろ。じゃあ、バスケ部は続けたいけど、あいつらがいるから、お前、部に出たくないって?」


「べつに」


「べつに、じゃなくて。どうなんだよ、はっきりしろよ。あれか、『ごめんなさい』しろって、俺、あの二人に言えばいいわけ?」


「そんな」


「いいよ、仲直り手伝ってやるから。でも、向こうは仲悪くなったとは思ってないんじゃない? 普通の顔して部に出れば、べつに何も言わないだろう。っていうか、気にしてるの、お前だけ。みんな、待ってたんだ、ずっと。でも、お前、出てこねーから」


「無理だよ」

「は?」

「できないよ」


 なにが、と聞き返そうとして、相手に会話する気がないのを読み取った。うつむいてばかり。背はますます丸くなる。殻にこもってこっちを見ようともしない萩谷とは、まったく話が進まない。


 次は城田や飯島を呼んで、それから、四人でゆっくり話を聞かないとダメってことか。「何があった?」とか言って。俺、先生みたいなこと、しなくちゃいけないのかな。


「萩谷」


 めんどうだ。練習がしたい。

 試合があるのに、なんで、このタイミングでもめるんだ。


「おい、きいてんのか?」


 イラついた。萩谷に。周りの身勝手さに。

 うんざりして、萩谷を見る目つきも厳しくなる。


「もう、いい。わかった。とりあえず、お前は帰っていいよ。部活にも出なくていい。退部もしなくていいから。でも、このままはダメだから、次、俺入れて四人で話そう。いいな?」


 萩谷は首をすくめるだけ。なんだよ。嬉しいのか、嬉しくないのか。いやならいやと言え。何も言わないで、それでどうしたいかなんて、俺に分かるわけがないのに。他に考えたいことがある。試合が近い。それだけでも神経が尖る。なのに、萩谷のことまで。うざい、うざい。なんだよ、こいつ。お前のために、俺がどれだけ……


「萩谷。俺、部に出るから。またな」


 返事なし。数メートル離れた先で、もう一度、「萩谷」と呼んだ。

 彼は同じ場所に、同じ格好で突っ立ったまま反応しない。気味が悪かった。

 丸まった背、うつむく頭。動け。なにやってんだ。


「おい、萩谷。銅像にでもなるつもりか。部に出ないんなら、早く帰れよ。ぼさっとしてると、誰かにいじめられるぞ」


 ふり向かない背。頭一つ動かさない。


「じゃあな」


 なんだよ。無視か。動けよ。


 無理やりでも部に引っ張り出そうか。「連れて来た」って、みんなに言おうか。手っ取り早いかもしれない。そうしようか。顔を出せば、何かかわるかもしれない。少なくとも、俺は「何かした」わけで、その結果は萩谷次第だ。そうだ。連れて行こう。


 先を行きかけていた足を止め、振り向く。でも、萩谷はいなくなっていた。

 なんだよ。なんだよ。なんだよ。

 いらつく。

 結局、次の日。昼休みにクラスに行くと、萩谷は休みだと言われてしまった。


「風邪じゃない?」


 そう彼は言って、なぜ俺が萩谷を気にするのか知りたがった。


「部のことで」

「部?」

「バスケ」

「萩谷、バスケ部?」


 知らないのかよ。クラスでも地味なんだな。


「萩谷、試合、出るの?」

「いいや。スタメンじゃないし」

「倉田は出るんだろ?」

「出ないと思う?」

「うわぁ、言ったな」


 笑い出す相手に、こっちも笑う。それから、会話はべつのものへと移っていった。萩谷の名前が再び上がることはない。周りに人が集まる。試合の話。「応援に行くよ」ありがとう。「頑張って」楽しみにしてて。


 もう一度、萩谷のことを聞こうなんて、頭に浮かばなかった。一瞬も。


 その後。俺は、城田や飯島にも、何度か声をかけていた。でも、そのたびに、「萩谷? べつに放っておけばいいじゃん」と返され、「ケンカしたんだろ」と話を振れば、「ケンカ?」と不思議そうな顔。なんだか、ひとりで奮闘しているみたいで、バカらしくなる。


「四人で話そうと」

「なんで?」

「萩谷が」

「もういいじゃん。萩谷、辞めるんだろ?」


 ある部員からは「萩谷をどうにかしろ」とせっつかれ、何かしようと動けば、「放っておけば」と突き放された。何も進展することなく、時間ばかりが過ぎた。

 試合が近づく。

 そして放課後。練習中、放ったシュートがリングで跳ね返った。難しい距離じゃない。でも、続けて五度も失敗して、誰かが「あぁあ」と声をもらす。


「萩谷より下手じゃん」


 それから。俺は、バスケにだけ集中して、萩谷のことは、忘れた。

 思い出したのは、二か月後。


「あんた、知ってるの?」


 教えてくれたのは母さん。母親つながりで、連絡が回って来たらしい。

 夏休み。試合には順調に勝ち進み、何事も上手くいっていると思っていた。

 部は活気づき、俺は自信に満ちていた。


「同級生の子。萩谷くん。知ってる?」

「萩谷がなに?」

「亡くなったって」


 自宅で。部屋で。


「熱中症だろうって。あんたも、気をつけてよ」


 それから、葬式に出る出ない、お金はどうすんだ、手ぶらはダメかというような話があり、俺は部を代表して、ひとり参列することになった。


 先生たちはいて、萩谷のクラスメイトも何人かいたようだ。でも、参列者の数はすくなく、人の出入りも激しいので、葬式でイメージするような暗い雰囲気というよりも、「忙しない」という言葉が似合った。


 声をひそめることもなく、話し声があちこちでして、談笑はないにしても、それに近いものは、起こる。涙、涙。そんなイメージは一蹴だ。泣いたらどうしよう、恥ずかしい、なんて心配していたけれど、そんな気配は全くなくて、気づけば、俺は自宅に戻り、「暑かった」と母さんに伝えただけだった。


「制服、洗う?」

「汗、かいた。全部、洗濯して」

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