Page 36 中学時代

 萩谷は中学で俺と同じバスケ部だった。色白で左目の下にほくろがあり、どちらかと言えば、運動より勉強が得意そうなタイプ。どことなく、控えめなお坊ちゃんというのだろうか、金持ちそうな雰囲気があって、バスケ部より文化系の部が似合いそうな奴だった。


 二年でスタメン、三年では部長だった俺とは違い、萩谷は、いつまでたっても、練習試合のスタメンにすらなれない奴だったけれど、退屈な基礎トレーニングにも熱心に取り組み、目立たないが、ふてくされて愚痴っぽくなる部員とは違った。


 部は市内では負けなし、県大会は常連。もしかしたら、今年は全国だって行けるかもしれないってレベルだった。親や先生たちはもちろん、なにより、俺たち自身が「最強世代」なんて盛り上がり、熱気に満ちていた。


 ひとつ下の学年とは険悪になる奴が多い。理由は「一年にはやさしいけど、二年には厳しい」という妬みからくるいざこざ。三年の側からすると、「一年は素直だけど、二年は生意気」ってことになる。


 そんな中、萩谷は、三年の中では、気さくに話せる先輩として慕われ、学年の橋渡し的な役割もしていた。萩谷はバスケが好きだし、なにより部活が好きなのだと。俺はそう、思っていた。


 それが、六月も半ばになった頃、萩谷が部活に顔を出さなくなった。クラスは違ったが、学校には来ているようで、病欠とは違うらしい。三日ほどは気にしながらも、俺は部の練習優先で、わざわざ出向いてまで、彼に声をかけようとは思わなかった。


 三年になると、受験勉強優先だ、と言って、部活をやめる奴がいる。まあ、一年でも二年でも、「合わない」って理由で辞める奴はいるわけで、三年だから「受験」を持ち出したにすぎない。


 それでも、やめる奴というのは、だいたい五月頃に辞める。萩谷はタイミング的にずれていた。萩谷は三年だがスタメンでもサブメンバーでもない。いなくても試合に向け不都合というわけでもなかったから、そのうち、来週くらいには何事もなかったように顔を出すだろうと考えて、放っておいた。


 大事な試合を控えていた。だから、翌週になっても、俺は試合のことばかりに気が向いていて、正直、彼のことは忘れていた。それが、同じクラスの部員に昼休み、「あれでいいのか?」と問われ、初めて萩谷の不在が部に影響してるのだと気づいたのだ。


「あれ?」

「萩谷だよ」

「萩谷?」


「そうだよ」トゲのある声。俺はハッとして気を引き締めた。


「あいつ、辞めんのかな」

「辞めないだろ?」


 べつに鈍いふりをしていたわけじゃないが。

 相手は「お前な」と鼻で笑う。


「萩谷、ぜんぜん、部に顔だしてねーじゃん。あれで、こんどの試合のときだけ、来るってことないよな?」


「来ても、スタメンじゃないだろ?」


 こいつは何を怒っているんだ。

 俺は相手の不機嫌さになじめず、疑問ばかりが浮かんでいた。


「スタメンじゃなくても、来たら、うざいだろ」


 何がうざいんだ?

 つい、言い返しそうになり、相手のしかめっ面を見て、言葉を代えた。


「来ないんじゃない?」

「ぜったいか? 来たら、追い返そうぜ」


 すねたような言い方に、吹き出しそうになるが、相手のマジな態度に笑いも薄れた。そう言えば、と思い出して、彼が言わんとすることをさぐる。彼はいつもスタメンだったが、次の試合ではサブになることが決まっていたのだ。そのことで、少し、イラついているのかもしれない。


「萩谷さ。部活、辞めんなら、さっさと辞めてくんないと。あんな休んでばっかじゃ、俺たちが二年にナメられるじゃん」


「そうか?」

「そうだろ」


 バカなのか、と言いたげな目。俺は、「まあ、ゆるい部だとは思われるかな」と答えた。サボリが増えると言いたいのか。萩谷ひとり、しかも後輩に慕われているとはいえ、目立つタイプじゃないあいつ一人抜けたくらいで、特に部の雰囲気が変わるとは思えなかった。それでも、彼は本気でそう思っているのか、眉間にしわを作り、噛みつくような話しぶりをする。


「あいつ、一年にもへらへらするだろ? 片付けも手伝ってさ。去年は三年にこびてたしよ。よっぽど、あいつ、スタメンになりてぇんだろうな、とは思ってたけどさ。次はサボるとか、ふざけんなよ」


「サボりってわけじゃ」

「サボってんじゃん。あいつ、来てねーよ」


 お前、部長なのに気づいてねえのか、と、俺は相手ににらまれて、言葉が続かなくなった。刺すような視線。その、あまりのきつい眼差しに、「そうか、こいつ俺が部長ってこと、納得してないんだ」と察して、胃のあたりが重くなった。


「最近、来てないのは知ってたさ。でも、どっか痛めたとか、家の用事があるとか。萩谷が来てないからって、そんな、深刻になることかよ。部の雰囲気だって悪くないだろ。みんなプレーの調子はいいし、試合に向けて盛り上がって来てると」


「それ、お前だけだよ」

「は?」

「盛り上がってんは、お前だけ」


 ふんとあごを上げ、言い放った態度に、さすがにカチンとくる。でも、もめごとを起こした結果、試合に影響するのは困る。全国大会に行く気だった。他の部員も、同じ想いだと、そう信じていた。


 俺は夏休みには、高校生に混ざって、合宿に参加することになっていた。強豪校から、誘いがあったのだ。バスケ漬けの日々。とても充実しているんだと、満足していたはずだった。


「あのさ」


 冷たい声。六月。湿っぽいはずの空気が、体を強張らせた。


「陸上とかと違ってさ、バスケはひとりだけ上手くったって仕方ないだろ。お前が、すげーのはわかってるよ。超、すげーって。才能あるもんな、倉田は。でも、もっと周りを見たほうがいいと思うね」


「なにが言いたいわけ?」


「だから、空気読めってこと。お前もだけど、萩谷もそうだ。お前ら、ぜんぜん、空気読む才能ないだろ?」

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