Page 35 踊る魔女
「エロ反対! 魔力を奪おうったって、そうはいかないのよ。ナオ、私は肌を見せない生き方をするつもりなのよ。なぜって、こう、手をね」
リリスはベロンとシャツをめくると、白い腹に手を当てた。
「こうやってね、手を当ててね、魔力を奪うの。あんのエロオヤジ。私、何度か会ったことあるんだけど、風邪気味のときに、診察だって言って、あいつにお尻さわられたことあるのよね。スカートの上からだけどさ。きっもち悪いったら」
どうして診察で尻をさわられたのか気になる内容だったが、美丘がいるのでリリスと話し込むわけにもいかない。リリスはエロが地雷だったらしく、「こう、お腹をまさぐって魔力を」と腹を突き出してくる。つい先ほど、「肌を見せない生き方」うんぬん語っていたはずだが。バカなんだろうか。バカなんだろうな。
俺は、なんとかそちらを見ないようにして、美丘に、「ああ、違う、違う。おたく系でもない」と訂正した。
「好きな子はいるけど、だからってどうしようって気もないんだ。ただ、ずっと好きだし、これからも好きだと思う。それに、安易な気持ちで彼女作ろうとか、そもそも、彼女ほしいって気持ちもないんだ。わかった?」
「わかんない」
「わかって?」
笑顔の俺に、美丘も笑顔で返してくる。しぶとい。
美丘は、「すず、その子より倉田くん、しあわせにしてあげるよ」と怖いくらいの満面の笑みで言ってくる。俺は首を振り、「結構です」と断る。
「照れないで」
「照れてません」
美丘は相変わらず笑顔で、「すず、倉田くんとラブラブしたいの」
「俺は無理」
「無理じゃない」
「無理です」
困った。ぜんぜん、日本語が通じない。どうしよう。
すると。
「イエーーーイっ。ハッピーでーーす」
ぱんぱん。
何事かと思えば、リリスが発作を起こしていた。
手をぱんぱん打ち鳴らし、足はどんどん床を打つ。
「ぱんぱん。らっきーがーる、らっきーぼーい」
どんどん
ぱぱん
「待て。狂ったか」
ぐいと腕を引いてリリスのヘンテコ踊りを止めると、美丘が「すず、本気よ」とわけのわからん返事をする。
「あのね、ナオ。いま、魔力がざわざわっとしたの。だから発散させてるわけ。どうも、あのエロおやじのことを考えると、血が騒ぐっていうか魔力がうずくの。ダメね、これじゃ。魔力をコントロールしてこそ、魔女!」
ぱんぱん
どんどん
ジャンプ。着地。つるん。ドテ。こけた。
「ら、らっきーがーーる、まけないがーーる」
すぐに復活して歌い出すリリス。魔力が爆発したら家が吹き飛ぶらしいから、発散させてくれるのはありがたい。ありがたいが、だからって歌いだすのもダメなんじゃないのか。人、というか、魔女として。
それでも、リリスは、ひたすら「ぱんぱん。ぱんぱん」と手を鳴らしては、足を踏みしめる。
「ナオ、なんだか、まだイライラするから、さっさとその女追い出してよ。このうち、吹っ飛ぶわよ」
「それは困る」
「すず、ぜったい、良い彼女になるよ」
「いや、望んでないから。彼女とかいらない」
「でも」
でも、じゃない。俺は悩んだ末、リリスは、ぱんぱん手拍子していて話はまともに聞いていないだろうと思い、美丘に言った。
「彼女のことはずっと好きだし、これからも好きだと思う。いままでも探していたし、これからも探し続ける。そうやって、年取っていくと思う。だから、いわゆる『幸せ』ってやつ、俺には無縁なんだよ」
心にずっといる存在が、現実と重なる日がくるかもしれない。そう思いながら、目の前にいる子よりも、記憶にあるだけの子を追い求めて。
それは空想で、妄想で。現実を求めているんじゃなく、いつも夢の続きを追っているだけで。そんなことに満足して。この先も、生きて。
「だから、ごめん。適当に付き合うとかも無理。だいたい、俺のどこがいいの? 暗くて、うじうじしてて。バスケ辞めてからは、体力落ちて太ってきたし」
「え、だってカッコイイもん。ぜんぜん、太ってないよ。すず、ムキムキより、倉田くんみたいに細いほうが好き」
「俺は」と、目の前の小柄な美丘を見つめた。
美丘は何を勘違いしたのか、かしこまった顔をして、固まる。
「俺、背が高いほうが好きかな。あと、いきなり歌いだすようなタイプ」
「歌?」
戸惑う美丘の後ろを、ちょうど「らっきがーる」なんて口ずさむ魔女が通り抜ける。リリスはぐるぐると部屋を回りながら、踊り歌っていた。
「そ。可愛いじゃん」
笑う俺に、首をかしげる美丘。
リリス、お前には聞こえてなかったんだろう。
そうであってほしいと思う。秘密にしたいから。
たとえ、この二週間を忘れても。
俺はあの夢を忘れない。
だったら。
この恋も、ずっと続くんだ。永遠に。
君が気づかなくても。
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