Page 34 好きな子は誰?

「すず、彼女、頑張るよ? 一日だけでも! ね?」


「そういう嘘に付き合う気ないから」ため息。

「バスケ部にも顔出さない。この話も誰にも言わない。だから、なかったことにして、今日はもう、帰ってくれるか?」


 今日は、というか、もう二度と来んなと思うものの。美丘の周囲に群がる男どもを思い浮かべると、多少はこちらも気が引けてくる。


「どうして、すずはダメなの。あの噂はほんとなの?」

「自殺の?」

「違う! 好きな人がいるってほう」


 またまた、ため息。どさりとソファに座る。リリスは、「恋バナ!」ときゃっきゃと喜びだし、同じように、どさっと隣に座った。


 美丘はプライドが傷つけられたというように口を尖らせ、俺を見下ろしていたが、「話してよ」と高飛車に言うと、向かいに腰を下ろした。じとっとにらんでくる視線に、「出ていけっ」と怒鳴りつけたくなるが、深く息を吸って、耐える。


 さて、どう話そうか。

 リリスの好奇の目に背を向け、肘掛に腕を置いて体を傾けた。


「……まあ、好きな人はいるよ。つきあってはないけど」

「やっぱり、ほんとなんだ」

「うん、まあ」


 美丘は納得がいかないらしい。

 ウウッと、低い声を出すと、腕組みをし、首を振った。


「つきあってないってどういうこと。あ、もしかして」

 と、何を思ったのか目を丸くして、

「妹か!」と叫んだ。


「えっ、ミクなのっ」


 隣でも魔女が叫んでいる。違う、違う、違う。


「妹は妹。そうじゃなくて、そうじゃ……」


 説明するのか? ここで、このタイミングで?

 横目で見るとリリスが、「だよねぇ」と言いながら、眉間にしわを寄せていた。


「ううん。誰だろなぁ。たぶんねぇ」


 そうやって考えて、リリスは誰か思い浮かぶんだろうか。

 美丘は美丘で、「噂が本当なら同じ中学とか。ううん、小学校から同じ子?」と名探偵ぶりを発揮するつもりらしく、ぶつぶつとうるさい。


「小学校も幼稚園も違うって。もう、いいだろ。話す気はないから」

「幼馴染じゃないってこと? じゃ、親戚とか?」

「親戚じゃない」


 美丘が粘る中、リリスも息を止める勢いで、うーむと考え込み、それから突然「ピンコーン。ひらめいた!」と跳びあがった。


「わかった! お母さんね。ママン、恋しや」

 ザビエルポーズ。または天使のポーズ?

「なんでだよ」


 あんなに考えて浮かんだのがマザコン説とか、魔女の脳内を調べてもらいたい。美丘はまだ諦める気がないらしく、「歳はどれくらい?」と探りを入れてくる。


「だから、話す気はない。あのさ、俺は誰とも付き合う気がないってことだけ、わかってもらえたら嬉しいんだけど。好きな子がいるとか、もうそういうのさ、興味持たなくていいから」


「無理。だってライバルだもん」

「私も無理ね。この謎は解いてみせるわ」


 どうやったら、こいつらは黙る?


「近所のおねえさん?」

「ペットの鼻上向いた犬?」

「先生とか?」

「かき氷機のペンペンかも」


 しんみり作戦でいこう。ふうと長く息を吐き、首を振る。

 そして、「死んだ子に恋してるようなもんだから」とつぶやく。


「えっ」


 効果あったんだろうか、美丘は素っ頓狂な声をだし、リリスは「なぬっ」と身をのけぞらせ、パシリと俺の腕を叩いた。


「ちょっとちょっとちょっと」


 どこのおばさんだ。リリスはがぜん食いつき、美丘は「どういうこと」と言ってからハッとしたのか、口を両手で押さえると、「え、うそ」と小さく声を上げる。


「自殺した子?」

「や、違うから」


 まさかの萩谷説もやめてほしい。そこは触れちゃいけないデリケートな部分だ。なんで持ち出すかな。美丘は、「そ、そうね。マジで死んでるもんね」と、いつものキャラらしからぬ辛辣さで納得する。


「じゃあ、どういうことなの? あ、え、あ??」


 名探偵美丘は再び、ひらめいたようだ。もう一人の名探偵は「ええ、誰、誰?」と推理を放棄して食いつく。


「倉田くん、二次元好き?」


 ああ、そっちね。力の抜けた笑いが洩れる。


「ニジゲンって何?」


 リリスは俺と美丘を交互に見やった。それから、俺にしがみつき、「ニジゲンって?」とぐらぐらと揺さぶってきた。こうして揺れている俺の動きは、美丘にはどう映るんだろうか。特に変な顔をしないまま、美丘はぐらんぐらんしている俺を見ているけれど。


「二次元っていうのは……」俺は言って、

「これくらいの小人で」指を十センチ程開く。


「はげた頭で、腹巻を愛用している小さいおっさんのことだ」

「倉田くん?」

「ほうほう」


 怪しむ美丘に、興味津々の魔女。

 お前が持っているデータはどうなってる。

 いらない情報ばかりで、こちらの基本情報は入ってなさそうだ。

 それとも、リリスの予習が足りなさすぎるのか。


「お金が好きなやつだ。たとえば自販機の下で」

「自販機って、ゴトンって飲み物が落ちてくるやつ?」

「そう、それ。あれの下にいて、小銭が落ちたときに」


「く、倉田くん?」

「ああ」


 もうこんなやつ無視して帰ろうって思えばいいのに。美丘は体を屈めながら、俺に探るような目を向けている。


「いや、冗談はさておき」

「冗談?」ドンと肩を殴るリリス。

「あんた、私に嘘ついたの?」


「嘘はおいといて」俺は咳き込むと、美丘に笑いかけた。

「俺って変だろ? 関わらない方がいいんじゃない」


「え、ううん。すず、独り言多くても平気。倉田くん、カッコイイから。コスプレ希望なら、すず、やったげる」


 やってくれなくていい。

 なんだろう、「カッコイイ」と言われて、屈辱に感じる、この気分。


「倉田くん、何が好きなの? エロいのはちょっと……、すず、頑張る!」


 頑張るな。エロに反応したのか、リリスが「やだっ。なにする気」と立ち上り、急に熱く抗議を始めた。

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