Page 32 あの話
「ごめんね。でも、どうしても」
言葉はそこでしぼむ。美丘は顔を伏せてしまった。
沈黙がつづきそうな気配に、俺は軽い調子で話しかける。
「あの話は知ってるんだろ? 俺が中学の時のこと」
美丘はぎくりとしたのか上半身を跳ねさせると、気まずそうに上目づかいをする。めずらしく彼女の演出ない反応に、俺も多少は美丘を信頼してもいいような気分になった。
何が目的かはっきりしないにせよ、連日、真夏の電車に乗り、そこから、日中、歩いてここまで来ているのだ。なにをどう報いてやるかは考えるにしても、ただ追い返すのは忍びない。
「俺はさ」
調子に変化を感じとったのか。美丘はわずかに身を乗り出した。でも、これから話そうとしているのは、彼女を喜ばせるものじゃない。
「バスケもそうだけど。部活とかクラスの奴らとつるんで遊ぶとか。そういうの、うんざりなんだ。美丘がきらいとかじゃないよ。他の誰だって同じっていうか、誰とも仲よくしようって気分じゃない」
口にしながら、「寂しい奴。なにひねくれてんだ」と笑いたくなるけれど、これが本音。美丘が校内で人気の女子だということを抜きにしても、誰かが自分に近づいてくるのは、叫び出したいくらい苦痛だ。
リリスもそうだ。例外じゃない。でも、あいつの場合は、いやだのなんだのと言えるような近づき方ではなかった。それに、現実ではない存在、もしかしたら、俺の妄想かもしれないという存在だからか、抵抗感は少ない。
でも、学校という生々しい現実の中で、誰かと仲よくしたり、話したり、遊んだり。そういったことを想像するだけでも、吐きけがする。
「その話は知ってるよ」美丘は遠慮がちに言った。
「でも、だからこそ、私、倉田くんのせいじゃないよって思う」
「俺のせいだよ」
お前のせいじゃない。もう何度も聞いた。何度も、何度も、繰り返し、バカみたいに。でも、そんな言葉が投げられるたび、俺は自分のせいだと確信していく。あいつが死んだのは俺のせいだって。
萩谷は俺が殺した。あいつがいま、この世にいないのは、俺があいつを死に追いやったからだ。萩谷は自殺した。中三の夏。まだやっと一年経とうかという時期に、「そうか。俺のせいじゃないんだな」とは、ならない。
「学校行くのやめようか、って思ったくらいなんだ。だからさ、美丘」
こんなこと言うと彼女が傷つくだろうなと思いながら、俺は口にしていた。悪者になりたくないなんて感情を抱くなんて、それこそいまさらだから。すでに悪者だ。いい人ぶって、何を逃げようとしているんだ。
「美丘がさ、熱心に誘ってくれるのはありがたいよ。でもさ」
そうやって美丘が話しかけてくるたびに、俺は。
「学校辞めようか。誰とも会いたくないって考えるんだ。夏休みもさ、訪ねて来てくれて、悪いなって思うけど」
はっきり言って、苦痛。
家出て行こうかとすら思う。
「あいつ死んだの、俺のせいなんだよ。もちろん、そうじゃないって言ってくれるだろうし、逆の立場だったら、俺だってそう言うかもしれない。けど、死んだってのは、重いんだ。日に日に重くなってきて、なんであんなことしたんだろうって、苦しくなる」
「でも」
美丘は食い下がろうとした。いい言葉を探したんだろう。視線が上を向いて左右に揺れたが、「でも」とだけしか続かなかった。
「わかってる。たぶん、美丘の言いたいこと、全部わかってると思う。はっきり言っちゃえば、後悔してるって言っても、じゃあ、俺も死んで詫びようは思ってないんだ。萩谷の葬式には出たけど、熱心に墓参りしてるかっていうと、一度も行ってないし、今年に入ってからだって、彼のために、俺が何かしたかっていうと、それこそ、忘れてのんきに過ごしていた時間の方が多い」
それでも、じゃあ「バスケしよう」とはならない。
楽しく高校生活を送ろうとは思わない。
そもそも、皆と群れて、それで楽しいと思わない。
でも、俺のせいであいつが死んだんだから、自分が楽しい高校生活なんて送ったらダメだ。そう思っているわけでもない。
ただ、前のような生活は送りたくないし、もし、誰かが、前のようになれと、昔の倉田に戻れと言うのなら、本当に心の底から苛立って、その言い訳で「萩谷」の名前を出してしまう自分もいる。
「かわいそうな奴とか責任感じすぎとか、そういうのも違うと思うんだ。なんていうか、俺はこの状態が楽でいい。だから、美丘には悪いけど」
もう、話しかけないでくれ。
そう言おうとして、口を閉じた。目を向けた先にリリスがいたから。
体を丸め、泣き出しそうな顔をしている美丘の後ろで、リリスが怒った顔で腕組みしていた。
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