Page 31 妹vs美丘

「おにいちゃん」


 妹の目は俺じゃなく、美丘にロックオン。

 美丘は「うふふ」と相変わらずにこやかだが、目がどす黒くて怖い。


「あら、ミクちゃんたら、お兄ちゃん子なんだ」

「あたしたち、血はつながってないの」


「え?」「は?」

「うん、義兄弟の禁断愛よ」


 腕にしがみつき、すりすりしてくる妹に、美丘の完璧なはずの笑顔が崩れる。ピキッと音がしたかも。


「え、と。倉田くん?」

 すりすりすりすり

「や、こいつ、ふざけてるだけだから。完璧、俺の妹。ほら、目とか似てるだろ」


「似てないもん」

 すりすりすり、ぎゅうっ

「ううん。ミクちゃん、お兄ちゃんとそっくり。目だけじゃなくて、鼻も似てる」


 鼻は似てないと思ったが、「だろ?」と答える。


「ほら、ミク。暑くるしいだろ。部屋に行け。宿題たまってんだろ」

「うぎぎぎ」

「は、な、れ、ろ」


 やっとこさ、腕から引きはがし、背を階段へと押した。

 でも、妹は、「ヤダ。麦茶飲む」と、どかどかと足を踏み鳴らし、リビングへ。


「ごめん。なんか妹が、さ」

「ううん。お兄ちゃん、大好きなんだね。これは私、頑張らなくっちゃ」


 なんてね。ペロッと舌を出す美丘に、「ずきゅーん」とやられる俺なら、話は簡単なんだけどな。


 ソファに座る俺。隣には、妹のミクがべったりと並ぶ。ローテーブルを挟んだ向かいでは、ひきつり笑いの美丘が。まだ、先ほど飲んだ牛乳が腹にたまっているとはいえ、ひとつだけも変かと思って出した麦茶が三つ、誰一人手を付けずに置いてある。


「ほんと、仲良いのね」

「うらやましい?」

「うふふ」

「ふんっ」


 さっきから会話と言えばこればかり。俺は窮屈な態勢をなんとか楽にできないかと身をよじるのだが、妹の腕が伸びてきて、ぐいっと服をつかむ。合宿でますます腕力に磨きがかかったのだろうか。鬼のような強さだ。ケンカしたら負けそう。


「あのさ」

 なんとか地獄から抜けだしたい。

「俺、勉強っていっても美丘より出来るとは思わないよ。有島とか杉野のほうがいいんじゃない。あいつら、テスト、いつも上位だからさ」


「うーん。有島くんはちょっとね」


 美丘が軽く首をすくめて眉を下げる。「ちょっとね」に色々含まれていそうだったが、わざわざここにいない人間をつつく必要はあるまい。「じゃ、杉野は?」


「杉野くんも、ね?」

「ね、って?」

「ミク、いいから」


 バチバチな敵対心。さっさと美丘を追い払い、部屋で「記録」を書きたくて焦っているってのに、どうしてか、俺が二人をとりなさなければいけない状況だ。


「美丘、今日、部活ないの?」


 たびたび訪ねてきて、バスケ部はどうなってるんだと、マネージャーである彼女に問うと、「実はね。そのことで来たの」と思ってもみない返事があった。


「うちのバスケ部って、強豪ってわけじゃないでしょ?」

「まぁ、そうかな」


 全国目指すとかインターハイだと盛り上がっている部活ではない。

 部員数は多いが、半分以上はマネージャー目当てだと噂されているような、熱血さとは無縁の部である。


「でね。練習、倉田くんにしてみたら、緩すぎてつまらないんじゃないかなって、思ってはいたの。でも、倉田くんは本格的にバスケがやりたいわけじゃないでしょ。それだったら、ほら」


 美丘は俺から視線を外し、妹を見て口ごもる。妹も察しはいいほうなので、それまで俺に寄りかかっていた体を離すと、「兄貴はバスケやんないよ」と短く言い放った。


「それでいいと思う?」


 なにやら親みたいな口調で美丘が妹に問いかける。俺は話が嫌な方に転がって行ってるなと、どうにか話題を代えられないかと頭を絞った。


「美丘。お茶じゃなくて、ジュースの方がよかった?」

「え?」


 立ち上がり、冷蔵庫へと向かった。レモンスカッシュが残っているはずだ。リリスが飲んでいたが……と、ここで今朝のやりとりを思い出し、牛乳パックを手に取った。ずしりと重みを感じる。減ってない。あんなにガブ飲みしていたのに。そうだ、魔法で減らないんだった。すぐに忘れてしまう。ずんと心が沈む。


 リリス。俺は窓へと視線を投げた。青い空の中、まるで彼女が見えるかのように駆け寄る。雲一つない。降り落ちてきそうなほど、迫りくる色濃い色彩に、眩しさを覚えて目をそらした。


 リビングでは、「その話は禁句。やめてよ」と低い声。ミクか?


「どうした」


 本当は何の話をしているのか、予想はついていた。陽気なふりをして、レモンスカッシュが入ったグラスを、美丘の前に置く。美丘は「ありがとう」とは答えたものの、手は伸ばさない。


「兄貴にバスケ部に入ってほしいって。無理だって、話してたんだ」

「そうか」


 妹はまだ何か言いたそうな顔をしたが、口を閉じた。俺と美丘を、すばやく見やり、「数学しよっと。わかんなかったら、兄貴に聞くから出かけないでよ」


 腰をあげて、スタスタとリビングを出て行く。しばらくして、トントンと軽快に階段をいく足音が響いてきて、美丘が明らかに肩の力を抜いたのがわかった。

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