Page 28 思い出作り

 起きているときは、どうしても、いつもリリスの瞳に視線がいってしまう。紫色、アメジストのような輝き。どこか、ニセモノめいてみえるほど、リリスの瞳は鮮やかできれいだ。


 だからだろうか。俺はまぶたをとじているリリスを見ると、どこかホッとして、親しみを覚えたりする。いつもはいかない箇所に視線がいき、不躾だけど、ぼんやりしながら、ゆっくりと眺めてしまう。


 あごの先に、よく見ないと気づかない程度の傷あとがあるんだ。矢じりみたいな形で、そこだけ肌の色がわずかに違う。出来た経緯は知らないけれど、小さいころからやんちゃだったんだろうかって、想像した。木登りなんか楽勝で、田舎育ちらしいから、野山を駆け回ってたんじゃないかって。


 それに、生え際には、ふたつほど、ぷくっと膨らんだニキビがあるのを見つけたときは、血の通った、同年代の女子なんだな、って、変ないい方かもしれないけれど、安らぐような気持になった。


 ここにいて、ここにいない。本当のリリスは別世界にいるとしても、俺の目に映し出されている姿は、作り物ではなく、同じ場所の空気を吸っている相手なんだと思えて仕方がない。


 スヤスヤと寝ている。いつもそう。大いびきは聞いたことがない。たまに、「うがっ」と詰まるような音はさせているが。基本は寝相も良い。


 それにしても、睡眠が必要というのは面白い。だって、そちらの世界でも、リリスは眠っているんだろ。そうして、こっちの世界に、意識だけ飛ばしてるんだって。リリスの本体は向こうにあるんだ。向こうで眠っている。それなのに、こちらでも寝るとは。べつに好きなだけ寝てくれていいんだけど。


 本体が向こうにあることが関係しているのか、リリスはこちらでいくら太ろうが、痩せようが、研修が終わったとしても影響はないそうだ。


 老いるには老いるらしいが(二週間でどう老いるのかは微妙だが)、日焼けをしても、軽い傷を負っても大丈夫。ただし、死に至るほどの怪我はさすがにマズいらしい。大量出血とか、体がこっぱみじんレベルまでいったときは、本体にも影響して、同じように衰弱するとか。


 普通に生活していて、この平和な現代、体が爆破されるようなことはないだろうが、まあ、危険なことはしないにこしたことはない。


 それでも、リリスは二階の窓から平気で飛び降りるし、軽くジャンプしただけでも数メートル向こうに着地して余裕の顔をしている。魔力の影響だろう。常人よりは頑丈で身軽で、おおよその危険は自分で対応できるはずだ。


 じゃあ、ホストである俺の役目ってなんだ。衣食住の提供だけ? でも、リリスはどう上手くやるのかわからないが、外に出ては、食べたり飲んだりしている様子だ。服だけは相変わらず俺の服を着ているけれど、食べ物以外も入手できるのかもしれない。いまだ、謎ばかり。解決する日はこないんだろうな。


 リリスが来て、数日。ほとんど外出していない。暑いし、特に用もないから。エアコンのきいた部屋でのんびりしてればいいじゃないか、夏休みなんだもの、と思っていたけれど、妹も帰宅して、リリスがいる残り日数が減り始めると、何かひとつくらい思い出らしい思い出を作りたくなった。


 まあ、俺の方では忘れるんだけど。でも、リリスは憶えているだろうし、この「記録」にはちゃんと書き残せるはずだ。といっても、何をするのかは思い浮かばない。リリスはいつも、ひとりぶらりと散歩に出かける。でも、すべて歩きだろうから、近場ばかり回ってみているはずだ。


 どうだろう。遠くまで行ってみようか。海は? そちらの世界にも海くらいあるだろうけど、夏だし、いいかも。でも、混んでるだろうな。行っても人に酔うだけなんじゃ。うじゃうじゃいるかも。屋台のかき氷を食べるのも楽しそうだけど。でもなぁ……、ぜったい暑い。


 それに、俺はこの「記録」を仕上げないと。何を書いてるんだか、わかんなくなってきてるけど、それでも、これがないとリリスは困るんだ。人生かけてるんだから。夢なんだ、あいつの。試験に合格。ぜったい、合格。はぁ、かわいそうに。こんなノートが、役に立つんとは思えないけど。でも、必要だっていうからな。書くしかない。


 何か思い出を作りたい。リリスが好きなものって?


 ま、こんなこと考える前に、さっさとノート書けって言われそうだな。あいつが一番欲しいのは、この「記録」だろうから。……寝よ。今日はおしまい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る