Page 26『愛のミラクル☆ファンタジア』

 どうやら、カミナリはリリスの魔力を増幅させるらしい。彼女は自分から溢れ出す魔力を抑えようと、さっきから苦心していたようだ。


「ああ、集中しないと、この家、爆破しそう」


 ぶっそうな発言だが、俺は信じた。リリスの髪がメラメラと燃えるように逆立ち、細い束になって、蛇のようにうねりだしたんだ。


「お、落ち着け。カミナリか? これがマズいんだな。音か、光か?」


 とりあえず耳をふさいでくれと頼み、リリスはそうした。でも、メラメラと髪は踊り、全身は紫色のオーラに包まれ始める。光は鈍く発光して、雷雨に合わせてブルブルと振動しながら、次第に大きくなっていった。部屋中が紫の光に照らされ、中にいるリリスの姿が霞んでくると、ゴロゴロピシャーンとカミナリが落ち、地響きと同時に、床が小刻みに震えた。


「目、目を閉じろよ。あと、ど、どうしよ。落ちつけ。他のことを考えろ。なんだ、楽しいこととか? 素麺、かき氷、『愛のミラクル☆ファンタジア』」


 俺はなんとかしようと必死だった。とにかく、リリスをなだめて落ち着かせないと、とんでもないことが起こりそうだった。


 で、思いつく限り、口走ったわけ。


『愛のミラクル☆ファンタジア』というのは、妹が持っている少女漫画のタイトルだ。かなりコテコテで古風な王道恋愛少女漫画で、リリスは全二十巻あるそれをすでに読破している。


「え、兄貴、『愛ミラ』読んだの?」

「ち、ちがっ」


『愛のミラクルファンタジア』


 魔法の国からやってきた十六歳の魔女・ガーネットが、入学した高校で出会った生徒会長で御曹司の男子生徒・大門寺ミキヤと出会い、切なくも激しい恋に落ちる様子を、きらびやかなタッチで情熱的に描いた作品。


 微妙に設定がリリスとかぶっているあたりが、彼女の心をとらえたらしいが、俺が読むには、ちょっとこれまでの趣向とは違いすぎる。


「ついに、兄貴も『愛ミラ』のファンに!」

「え、読んでないから」


「照れるな、兄貴。あたしも友達には秘密にしてるけどさ。あれは名作だよ。世界に誇る、少女漫画の古典だよ」


「……そう、『愛ミラ』は名作」


 ぼそりとリリスがつぶやく。気を紛らわすのに成功したかに見えたが、残念、メラメラは収まるどころか、ますます情熱的に燃え上がっていく。


「何度涙したかわからないわ。あのセリフなんて最高よ。『君さえ幸せなら、僕は命だって惜しくない』。カーッ、たまんねーな」


 ぼわんっと紫の光が弾けるように大きくなり、ピッカピッカと点滅。雷雨の音がいいBGMのような盛り上がりを見せ、どこからか風が吹いてくると、部屋中が嵐のさなかのような状態になった。


 カーテンは引き千切れそうになりながらはためき、クローゼットの扉が開いては閉じてを繰り返す。リリスは、気分が盛り上がって来たのか、歌まで歌い始めた。どうやら、歌詞から想像するに、『愛ミラ』の主題歌らしい。


「らーららーらー。ぱぱぱっぱぱぱぱ。あたしはーー、まほうのーーくにーかーらー。あなーたーにーー、あいにーーきーたー。るるるーー」


 いつの間に、漫画だけでなくアニメまで観たのか。それとも劇場版?

 知識のない俺は、初めて聞く壮大な愛のバラードに唖然として、もうこのまま家が崩壊してもいいんじゃなかろうかとさえ、思ってしまった。


「あーいのーためー、こーいのーためーー。あたしはーー、故郷をすてーるのーー」


 魔力が溢れ出すリリスと、さっきまでの怯えはどこへやら、怖がるどころか、身振りを交えて『愛ミラ』愛について語り出す妹。さらには、妹にはリリスの声が聞こえないはずなのに、二人はなぜか調子よく主題歌を合唱する。


「たーーとえーー、まほうがーー、つかーーえなくーーてもーー」

「あたーーしはーー、まけなーいーー。あーーいのーー、まじょー」


 らららららー

 るるるるー

 てぃららーら、とぅるーるーー

 じゃじゃーん、じゃっじゃっじゃっ だーーーん

 ひゅーーりらららー


 歌が終わるころ。気づけば、先ほどまでの嵐が嘘のように、真っ青な空には白い雲が浮かんでいた。ピッと音がして、エアコンが運転を再開した。

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