Page 25 怯える妹

「兄貴、平気?」


 お前が平気じゃないよね、っていう姿の妹が立っていた。タオルケットを頭からかぶり、即席おばけのような恰好で、ビクビクとした足取りで近づいて来ると、ぺたりと座り込む。


「カミナリ、すごかったね」

「ああ。近くに落ちたかもな。停電してんのかな。冷蔵庫、やばくない?」


 確認しに行こうと立ち上がると、シャツの腹の部分がつっぱった。


「い、いいじゃん、溶けても。たいしたもん入ってないでしょ」


 俺のシャツをつかんだまま、妹が見上げてくる。必死の形相だ。


「まぁ、たしかに」と、なだめるように、背を叩く。

「ほぼ空だけど。アイスがあったかな。いま、食べちゃうか?」


 雨が降り始め、叫ばないと会話ができないほどの激しさで屋根を打った。カミナリも、先ほどよりは小さいが、それでもピシャピシャと光っては、不気味な音をとどろかせている。


「い、いいよ。欲しくないって。そ、それより、大人しくしてたほうがいいんだ。あのね、兄貴。部屋の真ん中にいるべきなんだ、カミナリのときはさ。家電の近くはダメ、感電するから」


「ほんとかよ」

「テレビで観た気がするもん。真ん中で、大人しくしてるの」


 ぎゅっとつかみ、シャツを放しそうにない妹。しかたなくその場に腰を下ろす。リリスに目をやると、ずっと、同じ態勢でぴくりともしない。顔色はますます悪くなり、まばたきすらしない目は一点ばかりに集中していて、人形みたいだ。


 喜怒哀楽の激しい奴だけど、こんな姿、初めて見る。妹に怪しまれてもいいやという気持ちになった俺は、リリスに話しかけた。


「リリス。おい、リリスもカミナリだめなのか?」

「兄貴、あたしはミクだよ」

「おーい、リリス」


 反応なし。心配になって立ち上がろうとすると、しがみついていた妹も、それに合わせて体が浮く。


「おい、放せって。シャツが伸びるだろ」

「う、動かないほうがいいんだって」

「おい、リリス。なんか言えよ。どうした、大丈夫か?」

「だから、あたし、ミクだって。兄貴のほうが大丈夫か?」


 リリス、リリスと呼びかけても、返事をするのは妹だけ。立ち上がれないので、体を倒して手を伸ばすと、妹は子ザルのように抱きつき、重くて仕方がない。


「頭の狂ったにいちゃんから、離れたほうがいいぞ、ミク」

「狂ってて心配だから、そばにいてあげる」


 妹はしがみつき、リリスは無反応。俺はズルズルと妹を引きずりながら膝で進み、やっとリリスの肩に手が届くところまで移動した。


「おい、しっかりしろ、リリス」

「兄貴ぃ、しっかりして」

「リリス、リーリース」


 ゆさゆさ肩を揺さぶるが、リリスはされるがまま。そのままバタリと倒れることはなく、じっと動かないだけなのだが、十分、不気味だ。


 妹も、俺の行動を怪しんで不気味がり、「あーにーきー」としがみつつ、肩や背中を叩いて来る。不安がるなら、放してくれと思うのだが、カミナリと俺とで天秤にかけ、どうやら俺のほうがマシだと思ったのか、「しっかりしてくれー」と半泣きで叫びながら、足まで絡めてきた。


「ミク、ちょっと静かにしてろよ。おい、リリス。魔女、おいっ」


 ……で、ここからのことを書くかどうか、俺は迷っている。

 もしかしたら、これはリリスの秘密かもしれないから。


 それでも、試験官さま。書いてしまえば、リリスはカミナリが苦手というわけではないらしい。それに、リリスがこの悪天候を呼んだ、といわけでもない。じゃ、なにかというと。


「うるさいっ」


 やっと口を開いたと思ったら。

 リリスは殺人鬼ばりの恐ろしさで俺をにらみつけた。


「邪魔しないで。いま、必死に抑えてんの」

「な、なにを」


 驚く俺に、リリスはきっぱり。


「魔力!」

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