Page 22 貧乏魔女
リリスからは、この「異世界研修」らしき十四日間について、あまり詳しくは教えられていない。俺はリリスにとってこの世界のホストであり、衣食住を提供して、日々を充実させる必要があるということだけは、初日から今日にいたるまで、クドクドと説明され、しっかり叩き込まれているけれど。
研修期間は、「上級魔女試験」のひとつで、研修後提出する「記録」、つまり、いま俺が書いているこのノートが、重要になるって話だ。
「私はいま中級魔女なの。中級魔女は、王宮で働けないどころか、近づくことも許されないし、なんとか、国の関連施設に就職できても下っ端。安い給料で働いて、弟子も持てない、貧乏魔女生活ってわけ。でも上級になれば王宮で働けて、関連施設以外の職だって選び放題なの。段位によっては弟子だってたくさん抱えられるし、もっと上位になれば、教員にもなれて、貴族と同じ扱いになるの」
教員っていうのが、魔女たちにとっては「憧れの職業」らしい。リリスは教員の中でも難しいとされる、王立魔女学校の教員を目指しているとか。
「上級っていうのは初段以上の魔女がそれにあたるわけ。でも段位をとるには王立魔女学校に通う必要があるんだけど、うちは下級市民だから、まずは上級魔女試験に合格して、実力を示す必要があって。と、ここまで理解した?」
リリスは、いったん口を閉じて俺の反応を待ったけど、こちらとしては「はあ」くらいしか返事できない。段位とかいわれて、すでに魔女って何? と思っているわけで、そこから詳しく聞かないと、どうにもさっぱり、ついて行けそうにない。
「魔女試験は難しいって評判だけど、私の実力なら余裕なの。小さいころから上級魔女試験なんて楽勝レベルの魔力を持ってたからね。でも研修に行くには十六にならないとダメって決まりがあるから、いまのいままでずっと我慢して、やっと、こうして最終試験に必要な記録を手に入れようってところまできたわけ」
「つまり俺の書くこれが」ノートを振って見せる。
「お前の将来には重要ってわけだな?」
「そうそう。あ、でも自由に書いてちょうだい。気づかいはいらないの。変な小細工すると評価が下がるから。もう、ほーんと自由でかまわないから。なんなら、私をバカ魔女呼ばわりしてもいいの。でも、嘘はダメよ、嘘は。だから、まぁ、バカ魔女と書くことはないだろうけど」
うるさい魔女とは書くだろう。心のだけでつぶやいた俺は、めずらしく話してくれるそちらの世界の情報がもっとほしくて、先をうながした。
「それで、研修ってのは、具体的にはなにすんだ。お前を見ている限り、ただ、食っちゃ、テレビ見て、マンガ読んで、散歩行って、エアコンガンガンで、ぐっすり寝てるだけじゃん」
「だから、それでいいんだって。全部全部、貴重な経験なの。わかるでしょ、この世界は魔法がなくて、人間は人間としか会話をしない。私はこの世界を見て回って体験して、で、あなたに記録を書いてもらえればそれでいいの」
「研修というより、バカンスに来てるみたいだな」
本当は、他になにかあるんじゃないか。異世界から来たスパイってこともありえる。こちらの情報を伝えて、あとで軍を率いて侵略……なんて途方もない想像をするが、いちいち口には出さなかった。
リリスは、「こっちは楽しい。自由だもん」と笑い、それから、さっきまでの調子より、ややテンションを下げると、大きく肩で息をついた。
「うちは魔女家系じゃないの。私の他には、大叔母がひとり魔女だけど、それも貧乏魔女。村では変わり者扱いよ。だから、ママもパパも、私が魔女学校に行くのは反対なんだ。ほんと、まいっちゃう。せっかくお金持ちになれるチャンスなのに」
「貧乏なのか、お前んち」
なんとなく想像していたが、やっぱりそうらしく、リリスはコクリと以外にも素直にうなずく。俺としては、「誰が貧乏よ」などと反論があるだろうと思ってついた言葉だったから、もうちょっとべつの言い方をすればよかったと、戸惑ってしまった。でも、リリスは気にしている様子もなく、ふうとため息をつくと話を続けた。
「おんぼろ。雨漏りはするし、すきま風で冬は凍りそう。近所の馬小屋より、小さいんだから、大家族なのに。私、三歳のときから補強魔法を使ってるのよ。じゃないと、崩壊して生き埋めよ。家族は誰も感謝してくれないけどさ。唯一、才能を認めてくれた大叔母も、結婚話には大賛成。魔力が消える前に、早く結婚しろって。うんざりする」
「魔力って消えるのか?」
「稀にね。成長と共に失くしちゃう子とか、あと、恋するとにぶったり、出産で子供に移ったり……、いろいろ。ま、私はちょっとやそっとの魔力じゃないから、失うはずないけどね」
ふふん、と胸を張るリリス。
俺に自慢してもな、と思いながら、「そりゃ、すごい」と喜ばせてやる。
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